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名将言行録 / 『名将言行録』織田信長 強者と結び弱者を攻める

○五年、上杉輝虎曰く、方今敵と目すべき者は、信長なり。信長を伐平げ、旗を京都に建んと。乃ち使を安土に遣り、來年三月十五日越後を發すべき旨を言遣りければ、信長返事に委細承屆けたり、此比諸國を、信長一分の働にて手に入り候上は、別に望み之なし、安土邊へ、御出馬に於ては、信長髮を削り無刀にて罷出、一禮を申し、其上にて關東三十三ヶ國は、進上致すべくとのことなり。輝虎之を聞て偖々信長は拔群の將哉、とて殊の外感歎せりとぞ。竟に出馬なくして卒せり。 ○信長、思へらく、天下の大計は、天子を挾みて四海に令するに在り、當今甲越は强く、濃江は弱し、强きに交りて、弱きを攻めば、則ち地得て拓くべく、京師得て通ずべしと。爰に於て詞を卑うし、幣を厚うして、以て甲越に交り、德川と和し、家康をして專ら東面に當らしめ、乃ち力を西路に專らにし、美濃を取り、近江を平げ、手に唾して京師に入れり。晴信、輝虎狺々として相噬みし中に、信長の旗旣に東山の上に建てり。

新字:○五年、上杉輝虎曰く、方今敵と目すべき者は、信長なり。信長を伐平げ、旗を京都に建んと。乃ち使を安土に遣り、来年三月十五日越後を発すべき旨を言遣りければ、信長返事に委細承届けたり、此比諸国を、信長一分の働にて手に入り候上は、別に望み之なし、安土辺へ、御出馬に於ては、信長髪を削り無刀にて罷出、一礼を申し、其上にて関東三十三ヶ国は、進上致すべくとのことなり。輝虎之を聞て偖々信長は抜群の将哉、とて殊の外感嘆せりとぞ。竟に出馬なくして卒せり。 ○信長、思へらく、天下の大計は、天子を挟みて四海に令するに在り、当今甲越は強く、濃江は弱し、強きに交りて、弱きを攻めば、則ち地得て拓くべく、京師得て通ずべしと。爰に於て詞を卑うし、幣を厚うして、以て甲越に交り、徳川と和し、家康をして専ら東面に当らしめ、乃ち力を西路に専らにし、美濃を取り、近江を平げ、手に唾して京師に入れり。晴信、輝虎狺々として相噬みし中に、信長の旗既に東山の上に建てり。

書き下し

○五年、上杉輝虎曰く、方今敵と目すべき者は、信長なり。信長を伐平げ、旗を京都に建んと。乃ち使を安土に遣り、來年三月十五日越後を發すべき旨を言遣りければ、信長返事に委細承屆けたり、此比諸國を、信長一分の働にて手に入り候上は、別に望み之なし、安土邊へ、御出馬に於ては、信長髮を削り無刀にて罷出、一禮を申し、其上にて關東三十三ヶ國は、進上致すべくとのことなり。輝虎之を聞て偖々信長は拔群の將哉、とて殊の外感歎せりとぞ。竟に出馬なくして卒せり。 ○信長、思へらく、天下の大計は、天子を挾みて四海に令するに在り、當今甲越は强く、濃江は弱し、强きに交りて、弱きを攻めば、則ち地得て拓くべく、京師得て通ずべしと。爰に於て詞を卑うし、幣を厚うして、以て甲越に交り、德川と和し、家康をして專ら東面に當らしめ、乃ち力を西路に專らにし、美濃を取り、近江を平げ、手に唾して京師に入れり。晴信、輝虎狺々として相噬みし中に、信長の旗旣に東山の上に建てり。

現代語訳

五年、上杉輝虎が言うには、今、敵とすべき者は信長である。信長を討ち平らげ、旗を京都に立てよう、と。そこで使者を安土に遣わし、来年三月十五日に越後を出発する旨を伝えさせたところ、信長の返事は、委細承った、この頃諸国を信長ひとりの働きで手に入れた上は、ほかに望みはない、安土あたりへ出馬されるならば、信長は髪を剃り刀を持たずに出て一礼を申し、その上で関東三十三か国は差し上げよう、というものでした。輝虎はこれを聞き、さてさて信長は抜群の将であるよと言って、ひどく感嘆しました。ついに出馬しないまま亡くなりました。 信長は考えました。天下の大計は、天子を迎えて四海に号令することにある。今、甲斐と越後は強く、美濃・近江は弱い。強い者と交わって弱い者を攻めれば、土地は得られ、京都にも通じられる、と。そこで言葉をへりくだらせ、贈り物を厚くして甲斐・越後と親しみ、徳川と和し、家康に専ら東の方面に当たらせ、自らは力を西の路に専念し、美濃を取り、近江を平らげ、手に唾して京都に入りました。晴信と輝虎が吠え合って噛み合っているうちに、信長の旗はすでに東山の上に立っていました。

解説

前半は、信長の返答が脅しに屈せず、かといって正面からは争わない言葉の妙として伝えられます。上杉輝虎への真偽は確かでなく、逸話として読むものです。後半は外交の筋書きです。強い相手とは礼を尽くして結び、当面の目標である西へ力を集中する構えが語られています。ここで読めるのは、限られた力をどこに使うか、敵を増やさないために何を差し出すかという優先順位の考え方です。事業でも、全方位で競わず、当面の主戦場を決めて他は穏やかに保つ判断が役に立ちます。
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この章句が説くこと

外交優先順位天下の大計上杉輝虎徳川力の集中

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