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名将言行録 / 『名将言行録』上杉輝虎 放れ馬に手を出さぬ

○弘治二年八月、輝虎、晴信と對陣の時に、十五日朝晴信馬三疋取放ち、其馬を我陣の方に追來る。我足輕共之を見て、敵の陣より馬放れ來る、いずや取て我物にせんと言ふ。輝虎此時樓に上り、遠見して馬の放れ來るを見て、本莊平七を呼て、只今敵の方より馬放れ此方へ馳來るべし、去れども、其儘捨置候樣に、諸軍勢へ急ぎ觸れ申べし、此方より一人にても出候ば、急度曲事に申付べき旨大音に申付たり。然る所に、馬野山を走り廻る、然れども我陣より足輕一人も出でず。晴信、夜の內に騎馬五十騎、足輕三百人程草伏に隱くし置て、我が陣より馬取りに出なば、討取る術なりしが、一人も出る者なければ、手を空くして引取りたり。晴信、輝虎は偖々功者なる弓執なり。中々謀にては合戰成り難しと言て、翌日晝後に陣拂して歸れり。

新字:○弘治二年八月、輝虎、晴信と対陣の時に、十五日朝晴信馬三疋取放ち、其馬を我陣の方に追来る。我足軽共之を見て、敵の陣より馬放れ来る、いずや取て我物にせんと言ふ。輝虎此時楼に上り、遠見して馬の放れ来るを見て、本荘平七を呼て、只今敵の方より馬放れ此方へ馳来るべし、去れども、其儘捨置候様に、諸軍勢へ急ぎ触れ申べし、此方より一人にても出候ば、急度曲事に申付べき旨大音に申付たり。然る所に、馬野山を走り廻る、然れども我陣より足軽一人も出でず。晴信、夜の内に騎馬五十騎、足軽三百人程草伏に隠くし置て、我が陣より馬取りに出なば、討取る術なりしが、一人も出る者なければ、手を空くして引取りたり。晴信、輝虎は偖々功者なる弓執なり。中々謀にては合戦成り難しと言て、翌日昼後に陣払して帰れり。

書き下し

○弘治二年八月、輝虎、晴信と對陣の時に、十五日朝晴信馬三疋取放ち、其馬を我陣の方に追來る。我足輕共之を見て、敵の陣より馬放れ來る、いずや取て我物にせんと言ふ。輝虎此時樓に上り、遠見して馬の放れ來るを見て、本莊平七を呼て、只今敵の方より馬放れ此方へ馳來るべし、去れども、其儘捨置候樣に、諸軍勢へ急ぎ觸れ申べし、此方より一人にても出候ば、急度曲事に申付べき旨大音に申付たり。然る所に、馬野山を走り廻る、然れども我陣より足輕一人も出でず。晴信、夜の內に騎馬五十騎、足輕三百人程草伏に隱くし置て、我が陣より馬取りに出なば、討取る術なりしが、一人も出る者なければ、手を空くして引取りたり。晴信、輝虎は偖々功者なる弓執なり。中々謀にては合戰成り難しと言て、翌日晝後に陣拂して歸れり。

現代語訳

弘治二年八月、輝虎が晴信と対陣していたとき、十五日の朝、晴信は馬三頭を放して、その馬を輝虎の陣のほうへ追わせました。輝虎の足軽たちはこれを見て、「敵の陣から馬が放れて来た。さあ取って自分の物にしよう」と言いました。輝虎はこのとき櫓に上って遠見し、馬が放れて来るのを見て、本荘平七を呼び、「ただいま敵のほうから馬が放れてこちらへ駆けて来るだろう。しかしそのまま捨て置くよう、諸軍勢へ急いで触れよ。こちらから一人でも出たなら、きっと処罰すると大声で申し付けよ」と命じました。すると馬は野山を走り回りましたが、輝虎の陣からは足軽一人も出ませんでした。晴信は夜のうちに、騎馬五十騎、足軽三百人ほどを草に伏せて隠し置き、輝虎の陣から馬を取りに出たなら討ち取る手はずでしたが、一人も出る者がなかったので、手を空しくして引き取りました。晴信は「輝虎はなんとも功者な弓取りだ。とても謀では合戦はできない」と言い、翌日の昼過ぎに陣払いして帰りました。

解説

武田晴信が放した馬を取りに出れば伏兵が待っている、と輝虎が見抜き、足軽に一人も手を出させなかったという逸話です。目の前の利益に飛びつく兵の心理を読んだ晴信の策と、それを見越して軍令で止めた輝虎の駆け引きの両方がうかがえます。晴信は「謀では合戦しにくい」と言って引き揚げたと伝わります。現代の仕事でも、あまりに好条件の話や都合のよすぎる案件には、仕掛けが隠れていないかを疑う習慣が役立ちます。全体への通達を急いで出した迅速さも見習える点です。
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この章句が説くこと

放れ馬伏兵軍令晴信駆け引き功者

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