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名将言行録 / 『名将言行録』山縣昌景 兎缺の子と赤備えの継承

○一年德川の老臣本多百助信俊、男子を設けしに兎缺なればとて、心に應ぜぬ由を、家康聞きて、其は最と目出度ことなり、信玄が内の山縣は大なる兎缺なり、彼の魂精の拔出て當家譜代の本多が子に生れ來りしなるべし、大切に養育すべしと言はれ、其子の幼名をも本多山縣と名けられ、秀忠の伽に加へらる。後年石川數正が京都へ立去りし後、德川の軍法を、皆甲州流に替られし時、山縣が侍共を前に呼び、此度汝等を以て井伊直政に附屬せしむ。前々の如く一隊赤備にして、先手を命ずるなれば、若年の直政を山縣に劣らざる樣に守立べしと申付られけり。

新字:○一年徳川の老臣本多百助信俊、男子を設けしに兎欠なればとて、心に応ぜぬ由を、家康聞きて、其は最と目出度ことなり、信玄が内の山県は大なる兎欠なり、彼の魂精の抜出て当家譜代の本多が子に生れ来りしなるべし、大切に養育すべしと言はれ、其子の幼名をも本多山県と名けられ、秀忠の伽に加へらる。後年石川数正が京都へ立去りし後、徳川の軍法を、皆甲州流に替られし時、山県が侍共を前に呼び、此度汝等を以て井伊直政に附属せしむ。前々の如く一隊赤備にして、先手を命ずるなれば、若年の直政を山県に劣らざる様に守立べしと申付られけり。

書き下し

○一年德川の老臣本多百助信俊、男子を設けしに兎缺なればとて、心に應ぜぬ由を、家康聞きて、其は最と目出度ことなり、信玄が内の山縣は大なる兎缺なり、彼の魂精の拔出て當家譜代の本多が子に生れ來りしなるべし、大切に養育すべしと言はれ、其子の幼名をも本多山縣と名けられ、秀忠の伽に加へらる。後年石川數正が京都へ立去りし後、德川の軍法を、皆甲州流に替られし時、山縣が侍共を前に呼び、此度汝等を以て井伊直政に附屬せしむ。前々の如く一隊赤備にして、先手を命ずるなれば、若年の直政を山縣に劣らざる樣に守立べしと申付られけり。

現代語訳

ある年、徳川の老臣、本多百助信俊が男子をもうけましたが、兎缺であるからと、心に満足しなかったことを、家康が聞いて、それはとてもめでたいことだ。信玄のところの山縣は大きな兎缺であった。その魂が抜け出て、当家譜代の本多の子に生まれてきたのだろう。大切に養育するがよい、と言われ、その子の幼名も本多山縣とつけられ、秀忠の伽に加えられました。後年、石川数正が京都へ立ち去った後、徳川の軍法をすべて甲州流に替えられたとき、山縣の侍たちを前に呼び、このたびお前たちを井伊直政に付属させる。以前のように一隊を赤備えにして先手を命じるので、若年の直政を山縣に劣らないように守り立ててほしい、と申し付けられました。

解説

家康が、兎缺で生まれた家臣の子を、山縣昌景の生まれ変わりだと励ましたという逸話と、その後、旧臣を井伊直政に付けて赤備えを引き継がせたという話を載せる章句です。身体の特徴を気にした親に、昌景の名を引いて意味づけし直した場面は、当時の障害への見方が残る一方で、欠けを理由に子を貶めず、誇りに変える言葉の力として読めます。軍法を甲州流に替え、人と備えを丸ごと引き継いだ話は、他社から人材や仕組みを受け入れる際の、旧臣への敬意と新旧の接続を考える手がかりになります。
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この章句が説くこと

山県昌景家康赤備え継承意味づけ井伊直政

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