名将言行録 / 『名将言行録』武田晴信 人を使わず業を使う
○晴信、板垣彌次郎を殺す。其組下曲淵庄左衞門、組頭の仇を打んとて、晴信を狙ふ。晴信之を聞き、曲淵を呼出し、甲斐の國の者は皆晴信が譜代なり、我を差置き板垣の爲めを存ずべきか、此段を合點致し、以來我爲めを存候へとて、十貫の加増を興て、少しも怒らず。德川家康之を聞き、猫は座敷を汚せども、鼠を取らすべき爲め之を飼置くなりと言て、晴信の人の使樣を感歎せり。 ○晴信曰く、我が人を使ふは、人をば使はず、其業を使ふなり、又政事にも業を致せり、惡き業のなき如くに、人を使へばこそ心地はよけれと。 ○晴信終に臨み、遺言して曰く、吾死するの後、妄りに兵を動すこと勿れ、唯國政を脩め、寇來らば之を禦ぎ寇去らば之を守れ。賞罰の行はるゝこと三年ならば、即ち四鄰戰はずして自屈せん、且つ上杉謙信は義人なり、天下未だ其比を見ず、一旦國を以て之に託する時は、泰山よりも安し。汝我言を用ひば、吾復た何をか息へんと言て卒す。勝頼其言に從はず、竟に其國を亡せり。
新字:○晴信、板垣弥次郎を殺す。其組下曲淵庄左衛門、組頭の仇を打んとて、晴信を狙ふ。晴信之を聞き、曲淵を呼出し、甲斐の国の者は皆晴信が譜代なり、我を差置き板垣の為めを存ずべきか、此段を合点致し、以来我為めを存候へとて、十貫の加増を興て、少しも怒らず。徳川家康之を聞き、猫は座敷を汚せども、鼠を取らすべき為め之を飼置くなりと言て、晴信の人の使様を感嘆せり。 ○晴信曰く、我が人を使ふは、人をば使はず、其業を使ふなり、又政事にも業を致せり、悪き業のなき如くに、人を使へばこそ心地はよけれと。 ○晴信終に臨み、遺言して曰く、吾死するの後、妄りに兵を動すこと勿れ、唯国政を脩め、寇来らば之を禦ぎ寇去らば之を守れ。賞罰の行はるゝこと三年ならば、即ち四鄰戦はずして自屈せん、且つ上杉謙信は義人なり、天下未だ其比を見ず、一旦国を以て之に託する時は、泰山よりも安し。汝我言を用ひば、吾復た何をか息へんと言て卒す。勝頼其言に従はず、竟に其国を亡せり。
書き下し
○晴信、板垣彌次郎を殺す。其組下曲淵庄左衞門、組頭の仇を打んとて、晴信を狙ふ。晴信之を聞き、曲淵を呼出し、甲斐の國の者は皆晴信が譜代なり、我を差置き板垣の爲めを存ずべきか、此段を合點致し、以來我爲めを存候へとて、十貫の加増を興て、少しも怒らず。德川家康之を聞き、猫は座敷を汚せども、鼠を取らすべき爲め之を飼置くなりと言て、晴信の人の使樣を感歎せり。 ○晴信曰く、我が人を使ふは、人をば使はず、其業を使ふなり、又政事にも業を致せり、惡き業のなき如くに、人を使へばこそ心地はよけれと。 ○晴信終に臨み、遺言して曰く、吾死するの後、妄りに兵を動すこと勿れ、唯國政を脩め、寇來らば之を禦ぎ寇去らば之を守れ。賞罰の行はるゝこと三年ならば、即ち四鄰戰はずして自屈せん、且つ上杉謙信は義人なり、天下未だ其比を見ず、一旦國を以て之に託する時は、泰山よりも安し。汝我言を用ひば、吾復た何をか息へんと言て卒す。勝頼其言に從はず、竟に其國を亡せり。
現代語訳
晴信は板垣弥次郎を殺しました。その組下の曲淵庄左衛門は、組頭の仇を討とうとして、晴信を狙いました。晴信はこれを聞いて曲淵を呼び出し、言いました。「甲斐の国の者は皆、晴信の譜代である。私を差し置いて板垣のために思うことがあろうか。このことを納得して、今後は私のために尽くせ」。そう言って十貫の加増を与え、少しも怒りませんでした。徳川家康はこれを聞いて、「猫は座敷を汚すが、鼠を取らせるために飼っておくのだ」と言って、晴信の人の使い方に感嘆しました。 晴信は言いました。私が人を使うのは、人を使うのではなく、その業を使うのだ。また政治にも業をしている。悪い業がないように人を使えば、心地よいのだ、と。 晴信は臨終に際して遺言しました。「私が死んだ後、みだりに兵を動かしてはならない。ただ国政を修め、敵が来たら防ぎ、敵が去ったら守れ。賞罰が行われること三年なら、四方の隣国は戦わずして自ら屈するだろう。また上杉謙信は義人であり、天下にまだその比がない。一旦国を託することがあれば、泰山よりも安心だ。お前が私の言葉を用いるなら、私はまた何を思い残すことがあろうか」。そう言って亡くなりました。勝頼はその言葉に従わず、ついにその国を亡ぼしました。
解説

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『韓非子』用人第二十七罪は甲に生じて、禍は乙に帰すれば、伏怨乃ち結ぶ。故に至治の国は、賞罰有りて喜怒無し、故に聖人極まる。
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