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名将言行録 / 『名将言行録』武田晴信 果報と釣り合い

○又曰く、多く國を取るは、果報次第なり。特に天下を一統せしは、源頼朝、北條數代、足利尊氏等なり。皆果報美くして、武家の大望爰に盡きたり。是も果報なき前は、甚だ艱難に逢へり。義經は身を苦しめ、弓箭の名譽を得れども、僅に伊豫一國に終れり。是を以て之を見れば、果報は知れ難ければ、先づ末代まで、弓箭の汚れなき樣に愼むべし、道を守て、弓箭を執り、壽を得れば、天運に任せて、終には天下も自然と目の前に來るものなり。譬ば時を急ぐとも、春より秋には飛越し難し、此理に暗き故、果報も知れざるに、大祿大國を望み、大恩の主君にも反き、不義を爲すことあり、假令事成ると雖も、時至らざれば非命の死を遂ぐること古今甚だ多し、實に怖るべしと。 ○晴信、諸士に必ず釣合と云ふことをせり。馬場信房は、寡言の者にて、權高し、故に物輕く言て、埒明くる、内藤昌豐に組ませ、山縣昌景は性急にて、敵と見ては、一個の勢にても驅べき者なり。故に高坂昌信が如き、先づ慮て後働く者と組ませて用ひたり。又猿渡丹下と云ふ者あり。又何某と云ふ者あり。晴信兩人を同役に申付て曰く、何某は情剛なる者なり、丹下は柔和なる者なり、之に依り、少しの負を恥とせず、兩人相和せば、水火の物を煮るが如く成るべしと。果して目利の如く、相和して職事能く治まれり。

新字:○又曰く、多く国を取るは、果報次第なり。特に天下を一統せしは、源頼朝、北条数代、足利尊氏等なり。皆果報美くして、武家の大望爰に尽きたり。是も果報なき前は、甚だ艱難に逢へり。義経は身を苦しめ、弓箭の名誉を得れども、僅に伊予一国に終れり。是を以て之を見れば、果報は知れ難ければ、先づ末代まで、弓箭の汚れなき様に慎むべし、道を守て、弓箭を執り、寿を得れば、天運に任せて、終には天下も自然と目の前に来るものなり。譬ば時を急ぐとも、春より秋には飛越し難し、此理に暗き故、果報も知れざるに、大禄大国を望み、大恩の主君にも反き、不義を為すことあり、仮令事成ると雖も、時至らざれば非命の死を遂ぐること古今甚だ多し、実に怖るべしと。 ○晴信、諸士に必ず釣合と云ふことをせり。馬場信房は、寡言の者にて、権高し、故に物軽く言て、埒明くる、内藤昌豊に組ませ、山県昌景は性急にて、敵と見ては、一個の勢にても駆べき者なり。故に高坂昌信が如き、先づ慮て後働く者と組ませて用ひたり。又猿渡丹下と云ふ者あり。又何某と云ふ者あり。晴信両人を同役に申付て曰く、何某は情剛なる者なり、丹下は柔和なる者なり、之に依り、少しの負を恥とせず、両人相和せば、水火の物を煮るが如く成るべしと。果して目利の如く、相和して職事能く治まれり。

書き下し

○又曰く、多く國を取るは、果報次第なり。特に天下を一統せしは、源頼朝、北條數代、足利尊氏等なり。皆果報美くして、武家の大望爰に盡きたり。是も果報なき前は、甚だ艱難に逢へり。義經は身を苦しめ、弓箭の名譽を得れども、僅に伊豫一國に終れり。是を以て之を見れば、果報は知れ難ければ、先づ末代まで、弓箭の汚れなき樣に愼むべし、道を守て、弓箭を執り、壽を得れば、天運に任せて、終には天下も自然と目の前に來るものなり。譬ば時を急ぐとも、春より秋には飛越し難し、此理に暗き故、果報も知れざるに、大祿大國を望み、大恩の主君にも反き、不義を爲すことあり、假令事成ると雖も、時至らざれば非命の死を遂ぐること古今甚だ多し、實に怖るべしと。 ○晴信、諸士に必ず釣合と云ふことをせり。馬場信房は、寡言の者にて、權高し、故に物輕く言て、埒明くる、内藤昌豐に組ませ、山縣昌景は性急にて、敵と見ては、一個の勢にても驅べき者なり。故に高坂昌信が如き、先づ慮て後働く者と組ませて用ひたり。又猿渡丹下と云ふ者あり。又何某と云ふ者あり。晴信兩人を同役に申付て曰く、何某は情剛なる者なり、丹下は柔和なる者なり、之に依り、少しの負を恥とせず、兩人相和せば、水火の物を煮るが如く成るべしと。果して目利の如く、相和して職事能く治まれり。

現代語訳

また晴信は言いました。多くの国を取るのは果報次第である。特に天下を統一したのは、源頼朝、北条の数代、足利尊氏らである。皆、果報が美しく、武家の大望がここに尽きた。彼らも果報のない前は、たいへんな艱難に遭った。義経は身を苦しめ、弓矢の名誉を得たものの、わずかに伊予一国で終わった。これを見れば、果報は知りがたいので、まず末代まで弓矢に汚れがないように慎むべきだ。道を守って弓矢を取り、寿命を得れば、天運に任せて、ついには天下も自然に目の前に来るものだ。たとえば、時を急いでも、春から秋に飛び越えることはできない。この理に暗いので、果報も知れないのに、大禄大国を望み、大恩ある主君にも背き、不義をすることがある。たとえ事が成っても、時が至らなければ非命の死を遂げることは古今に甚だ多い。実に恐れるべきだ、と。 晴信は諸士に必ず釣り合いということをしました。馬場信房は寡黙な者で、権高です。そのため物軽く言って埒を明ける内藤昌豊と組ませました。山県昌景は性急で、敵と見れば一人の勢いでも駆けるような者です。そこで高坂昌信のような、まず思慮してから働く者と組ませて用いました。また猿渡丹下という者がいて、また別の何某という者がいました。晴信は二人を同役に申し付けて言いました。「何某は情が剛い者で、丹下は柔和な者だ。それゆえ、少しの負けを恥としない。二人が相和せば、水と火が物を煮るようになるだろう」。果たして目利きのとおり、二人は相和して職務をよく治めました。

解説

前半は、天下取りは運次第であり、時を急がず道を守れという訓、後半は、性格の異なる者を組ませる人事の話です。岡谷繁実が集めた晴信の言葉と逸話で、そう伝わるものです。四季を飛び越せないという比喩は、結果を急いで不義に走ることへの戒めです。人事の逸話は、性急な者に慎重な者を組ませ、剛と柔を同役にするという補完の組み合わせで、チーム編成で得意不得意を補い合わせる発想として、現代のマネジメントにも通じます。
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この章句が説くこと

晴信果報時を待つ釣り合い補完組み合わせ

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