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名将言行録 / 『名将言行録』武田晴信 風林火山の旗

○晴信孫子の旗四本を作る、其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山と云語なり。其第一の旗其疾如風の四字を染付て、馬場、內藤、高坂等に見する時、信房、臣文意を辨へず、尊慮をも知らずして申は恐多きことながら、風の字を以て、軍旅の道に比するは、不審に存候、風の字甚だ烈なりと雖も、漸く弱り候、朝氣鋭、暮氣歸と云ふに合はず候、然らば危く覺候と申せば、晴信、誠に然り、去れども、其旗は先方にあり、疾きを善しとす、吾旗本を以て、其風を繼んと言ければ、信房、殿には深く二の身の勝を悟らせ給ひぬと言ひしとぞ。 ○晴信、他國を切取ては、其地を將士の知行に興ふることなし。甲信に於て民も在り着き、地も肥たる所を、新知加增に興て、新に得たる郡邑は、青地助兵衞、小堀伊勢二人を郡代として賦稅を寬くし、撫安を專とせり。一ッには、久く戰場と成りたる村里なれば、耕耘も力足らずして、五穀登らじ、先之を惠で、其業を樂ましめんが爲めなり。二ッには、小身者僅の知行をのみ賴むに、瘠田を興ては、妻子の育み、鞍鐙の繕も成難からんが爲めなり。三ッには人情皆昔を戀ひ、始を慕ふ習なれば、今の政を本の領主に按べて、利害損益同じからば劣れりと思ひ、又勝ること五六分にして、後善しと思ふが爲めなり。是故にや他國には、一揆を企る者ありしが、晴信一代の間、手に入りたる國民の二度反きたること、終になかりしとぞ。

新字:○晴信孫子の旗四本を作る、其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山と云語なり。其第一の旗其疾如風の四字を染付て、馬場、内藤、高坂等に見する時、信房、臣文意を弁へず、尊慮をも知らずして申は恐多きことながら、風の字を以て、軍旅の道に比するは、不審に存候、風の字甚だ烈なりと雖も、漸く弱り候、朝気鋭、暮気帰と云ふに合はず候、然らば危く覚候と申せば、晴信、誠に然り、去れども、其旗は先方にあり、疾きを善しとす、吾旗本を以て、其風を継んと言ければ、信房、殿には深く二の身の勝を悟らせ給ひぬと言ひしとぞ。 ○晴信、他国を切取ては、其地を将士の知行に興ふることなし。甲信に於て民も在り着き、地も肥たる所を、新知加增に興て、新に得たる郡邑は、青地助兵衛、小堀伊勢二人を郡代として賦税を寛くし、撫安を専とせり。一ッには、久く戦場と成りたる村里なれば、耕耘も力足らずして、五穀登らじ、先之を恵で、其業を楽ましめんが為めなり。二ッには、小身者僅の知行をのみ頼むに、瘠田を興ては、妻子の育み、鞍鐙の繕も成難からんが為めなり。三ッには人情皆昔を恋ひ、始を慕ふ習なれば、今の政を本の領主に按べて、利害損益同じからば劣れりと思ひ、又勝ること五六分にして、後善しと思ふが為めなり。是故にや他国には、一揆を企る者ありしが、晴信一代の間、手に入りたる国民の二度反きたること、終になかりしとぞ。

書き下し

○晴信孫子の旗四本を作る、其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山と云語なり。其第一の旗其疾如風の四字を染付て、馬場、內藤、高坂等に見する時、信房、臣文意を辨へず、尊慮をも知らずして申は恐多きことながら、風の字を以て、軍旅の道に比するは、不審に存候、風の字甚だ烈なりと雖も、漸く弱り候、朝氣鋭、暮氣歸と云ふに合はず候、然らば危く覺候と申せば、晴信、誠に然り、去れども、其旗は先方にあり、疾きを善しとす、吾旗本を以て、其風を繼んと言ければ、信房、殿には深く二の身の勝を悟らせ給ひぬと言ひしとぞ。 ○晴信、他國を切取ては、其地を將士の知行に興ふることなし。甲信に於て民も在り着き、地も肥たる所を、新知加增に興て、新に得たる郡邑は、青地助兵衞、小堀伊勢二人を郡代として賦稅を寬くし、撫安を專とせり。一ッには、久く戰場と成りたる村里なれば、耕耘も力足らずして、五穀登らじ、先之を惠で、其業を樂ましめんが爲めなり。二ッには、小身者僅の知行をのみ賴むに、瘠田を興ては、妻子の育み、鞍鐙の繕も成難からんが爲めなり。三ッには人情皆昔を戀ひ、始を慕ふ習なれば、今の政を本の領主に按べて、利害損益同じからば劣れりと思ひ、又勝ること五六分にして、後善しと思ふが爲めなり。是故にや他國には、一揆を企る者ありしが、晴信一代の間、手に入りたる國民の二度反きたること、終になかりしとぞ。

現代語訳

晴信は孫子の旗を四本作りました。「其の疾きこと風の如く、其の徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」という言葉です。その第一の旗に「其疾如風」の四字を染め付け、馬場・内藤・高坂らに見せたとき、信房が言いました。「私は文の意味もお考えも知らずに申すのは恐れ多いことですが、風の字で軍旅の道を例えるのは不審に存じます。風はたいへん烈しくても、次第に弱まります。『朝の気は鋭く、暮れの気は帰る』という言葉に合いません。そうだとすれば危うく思えます」。晴信は「まことにそうだ。しかしその旗は先手にあり、疾いのがよい。私は旗本でその風を継ごう」と言いました。信房は「殿は深く二の身の勝ちを悟っておられる」と言ったということです。 晴信は他国を切り取っても、その地を将士の知行に与えることはしませんでした。甲斐・信濃の民が落ち着き、地味の肥えたところを新たな知行・加増として与え、新たに得た郡や村には青地助兵衛・小堀伊勢の二人を郡代として置き、税を軽くして、もっぱら民を安んじさせました。一つには、長く戦場となった村里なので、耕作の力も足りず作物も実らないだろうから、まず恵んで生業を楽しませるためです。二つには、小身の者がわずかな知行だけを頼りにしているのに、痩せた田を与えれば、妻子を養い、鞍や鐙の修繕もできないだろうためです。三つには、人情は皆昔を恋い、始まりを慕うものなので、今の政治を元の領主と比べて、利害損益が同じなら劣ると思い、また五、六分勝るだけでも後には良いと思うだろうためです。このためか、他国では一揆を企てる者がいたものの、晴信の一代のあいだ、手に入れた国の民が二度背いたことは、ついになかったということです。

解説

風林火山の旗の由来と、占領地の治め方の二つの逸話です。岡谷繁実が集めたもので、そう語られる話として読むのが穏当です。前半は、部下の疑問を受け止め、先手と旗本の役割を分けて風の弱さを補うと答える、上司と部下の対話です。後半は、新領地の税を軽くし、痩せ地を家臣に与えない、元の領主との比較を意識した治め方で、その三つの理由が丁寧に述べられます。買収や統合後の組織で、現場の暮らしと比較を意識した施策が定着を生む、という点が現代に通じます。
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この章句が説くこと

晴信風林火山孫子旗新領地税

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