名将言行録 / 『名将言行録』小早川隆景 面白の春雨の歌
○隆景、三原に退老す。時に林吉兵衞入道梅林京より來り、隆景に謁す。隆景には、如何なることやあると尋ねければ、龍達の小歌の中に、面白の春雨や、花の散らぬ程降れと、申歌流行せりと申ければ、隆景、大に感じ、汝謠ひて聞かすべしとて謠はせて聞き、汝、歸りて輝元へ此歌謠ひて聞かせ申べし、未だ年若なれば、萬事の翫びに偏なることあるべき、面白の儒學や、武備の廢らぬ程すけ面白の武道や、文事を忘れぬ程すけ面白の歌學、面白の茶の湯、身を捨てぬ程すけとこそ謠はま欲しけれ、如何なることにても中の一字を過ぎぬ程嗜み度ものなり、諸道の翫び、此一言以て之を蔽へり、返す〱輝元を始め、老臣、奉行等も此歌の心を會得あれかしと言はれけり。 ○隆景、學を好み、平生著書多しと雖も、終りに臨み意に滿たずと言て、悉く之を火にせり。 ○隆景が弟、穗田元清、久しく煩ひ居たりし故、隆景見舞に行き、如何なりと問ひしかば、元清、何にとやらん日を追て惱しく覺え候、逆なることながら御先へこそ參るにて候はめと答ふ。隆景聞て、否我御身より先きに身罷りぬと覺えたり、今五十日を過ぎじと覺ゆるはと言はれしが、果して違はざりしとぞ。
新字:○隆景、三原に退老す。時に林吉兵衛入道梅林京より来り、隆景に謁す。隆景には、如何なることやあると尋ねければ、竜達の小歌の中に、面白の春雨や、花の散らぬ程降れと、申歌流行せりと申ければ、隆景、大に感じ、汝謡ひて聞かすべしとて謡はせて聞き、汝、帰りて輝元へ此歌謡ひて聞かせ申べし、未だ年若なれば、万事の翫びに偏なることあるべき、面白の儒学や、武備の廃らぬ程すけ面白の武道や、文事を忘れぬ程すけ面白の歌学、面白の茶の湯、身を捨てぬ程すけとこそ謡はま欲しけれ、如何なることにても中の一字を過ぎぬ程嗜み度ものなり、諸道の翫び、此一言以て之を蔽へり、返す〱輝元を始め、老臣、奉行等も此歌の心を会得あれかしと言はれけり。 ○隆景、学を好み、平生著書多しと雖も、終りに臨み意に満たずと言て、悉く之を火にせり。 ○隆景が弟、穂田元清、久しく煩ひ居たりし故、隆景見舞に行き、如何なりと問ひしかば、元清、何にとやらん日を追て悩しく覚え候、逆なることながら御先へこそ参るにて候はめと答ふ。隆景聞て、否我御身より先きに身罷りぬと覚えたり、今五十日を過ぎじと覚ゆるはと言はれしが、果して違はざりしとぞ。
書き下し
○隆景、三原に退老す。時に林吉兵衞入道梅林京より來り、隆景に謁す。隆景には、如何なることやあると尋ねければ、龍達の小歌の中に、面白の春雨や、花の散らぬ程降れと、申歌流行せりと申ければ、隆景、大に感じ、汝謠ひて聞かすべしとて謠はせて聞き、汝、歸りて輝元へ此歌謠ひて聞かせ申べし、未だ年若なれば、萬事の翫びに偏なることあるべき、面白の儒學や、武備の廢らぬ程すけ面白の武道や、文事を忘れぬ程すけ面白の歌學、面白の茶の湯、身を捨てぬ程すけとこそ謠はま欲しけれ、如何なることにても中の一字を過ぎぬ程嗜み度ものなり、諸道の翫び、此一言以て之を蔽へり、返す〱輝元を始め、老臣、奉行等も此歌の心を會得あれかしと言はれけり。 ○隆景、學を好み、平生著書多しと雖も、終りに臨み意に滿たずと言て、悉く之を火にせり。 ○隆景が弟、穗田元清、久しく煩ひ居たりし故、隆景見舞に行き、如何なりと問ひしかば、元清、何にとやらん日を追て惱しく覺え候、逆なることながら御先へこそ參るにて候はめと答ふ。隆景聞て、否我御身より先きに身罷りぬと覺えたり、今五十日を過ぎじと覺ゆるはと言はれしが、果して違はざりしとぞ。
現代語訳
隆景が三原に退いて老後を送っていた時のことです。林吉兵衛入道梅林が京から来て、隆景に拝謁しました。隆景が、何か変わったことはあるかと尋ねたところ、龍達の小歌の中に、面白の春雨や、花の散らぬ程降れ、という歌が流行していますと申しました。隆景は大いに感心して、お前が歌って聞かせよと言って歌わせて聞き、お前は帰って輝元にこの歌を歌って聞かせなさい。まだ年が若いので、万事の楽しみに偏ることがあるだろう。面白の儒学や、武備の廃れぬ程すけ、面白の武道や、文事を忘れぬ程すけ、面白の歌学、面白の茶の湯、身を捨てぬ程すけ、と歌ってほしいものである。どのようなことでも中の一字を過ぎない程に、たしなみたいものだ。諸道の楽しみはこの一言で覆われている。繰り返し、輝元をはじめ老臣や奉行たちもこの歌の心を会得してほしい、と言われました。 隆景は学問を好み、普段は著書も多かったのですが、死に臨んで満足できないと言って、ことごとくこれを火にかけました。 隆景の弟の穂田元清が、長く患っていたので、隆景が見舞いに行き、具合はどうかと尋ねたところ、元清は、何とはなく日ごとに苦しく感じます、逆さまなことながら、あなたより先に参ることになりましょう、と答えました。隆景は聞いて、いや、私のほうがあなたより先に亡くなると思う、あと五十日はもたないと思うよ、と言われましたが、はたして違わなかったということです。
解説

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