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名将言行録 / 『名将言行録』吉川元春 人となりと恩賞

○秀吉常に元春と會し、年來の軍物語をせんこと、秀吉が生前の願なりと、度々言はれしかども、元春終に出ざりけり。 ○元春人となり、俊爽剛直にして、風骨人に越えたり。令すれば行はれ、禁ずれば止み、法令凛然として、人犯す者なし。時人元春を雪梅に比せり。 ○元春幼より元就に從ひ、輝元を輔翼し、攻城野戰都て七十六度、其全勝六十四度、其餘は皆相引なりと云ふ。元春城を陷れ、地を略する毎に、元就增地を賜ふと雖も、固辭して請けず。吾手に屬して功ある者を吹擧し、之に其賞地を賜はらしむ。故に士皆元春を慕ふこと、父母の如し、死するに及びて、人皆之を哀惜せり。

新字:○秀吉常に元春と会し、年来の軍物語をせんこと、秀吉が生前の願なりと、度々言はれしかども、元春終に出ざりけり。 ○元春人となり、俊爽剛直にして、風骨人に越えたり。令すれば行はれ、禁ずれば止み、法令凛然として、人犯す者なし。時人元春を雪梅に比せり。 ○元春幼より元就に従ひ、輝元を輔翼し、攻城野戦都て七十六度、其全勝六十四度、其余は皆相引なりと云ふ。元春城を陥れ、地を略する毎に、元就增地を賜ふと雖も、固辞して請けず。吾手に属して功ある者を吹挙し、之に其賞地を賜はらしむ。故に士皆元春を慕ふこと、父母の如し、死するに及びて、人皆之を哀惜せり。

書き下し

○秀吉常に元春と會し、年來の軍物語をせんこと、秀吉が生前の願なりと、度々言はれしかども、元春終に出ざりけり。 ○元春人となり、俊爽剛直にして、風骨人に越えたり。令すれば行はれ、禁ずれば止み、法令凛然として、人犯す者なし。時人元春を雪梅に比せり。 ○元春幼より元就に從ひ、輝元を輔翼し、攻城野戰都て七十六度、其全勝六十四度、其餘は皆相引なりと云ふ。元春城を陷れ、地を略する毎に、元就增地を賜ふと雖も、固辭して請けず。吾手に屬して功ある者を吹擧し、之に其賞地を賜はらしむ。故に士皆元春を慕ふこと、父母の如し、死するに及びて、人皆之を哀惜せり。

現代語訳

○秀吉はいつも、元春と会って、年来の軍物語をすることが、秀吉の生前の願いだと、たびたび言われましたが、元春はついに出向きませんでした。 ○元春の人となりは、すぐれてさわやかで剛直、風格が人に越えていました。命令すれば行われ、禁ずれば止み、法令は凛然として、犯す者がありませんでした。当時の人は元春を雪の中の梅になぞらえました。 ○元春は幼いころから元就に従い、輝元を補佐し、城攻めと野戦を合わせて七十六度、そのうち全勝が六十四度で、その余りはすべて引き分けだったと言います。元春は城を落とし、地を攻め取るたびに、元就が増地を与えようとしても、固く辞して受けませんでした。自分の手に属して功のあった者を推挙し、その者に恩賞の地を賜わるようにしました。そのため士は皆、元春を父母のように慕い、死ぬと、人は皆これを哀れみ惜しみました。

解説

吉川元春の人物評をまとめた一節です。秀吉に請われても会わなかったという挿話、雪中の梅にたとえられた風格、そして七十六度の戦いで六十四度勝ち、残りは引き分けだったという数字が並びます。数字は逸話の中の語りで、そのまま史実の記録と受け取ることはできません。注目したいのは、戦功の恩賞を自分で受けず、部下を推挙して与えさせたという点です。上司が成果を部下に回すことで、組織の信頼が生まれると伝わります。成果と報酬の配分は、現代の管理職にとっても変わらぬ課題です。
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この章句が説くこと

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