明君家訓 / 第11条
武備をわすれ申さゞるは平生の嗜にて候、常體にやすらかにいたしまかり有候て、しかも其心得可有事に候、しかるに我こそ武備を忘れずとて、少しの儀にも其思はくをいたし、爲差事もなきにはやり候て、異形に見え申もの有之、これらは血氣におかされ一向にをちつかざる體に候、還て未練の士と可申候、武士の嗜は心に有事に候、仕形に有事にては無之候、されば、よき士はすがた物言還てやはらかに、少しの出入には心をかけず、大用は堪忍をもつぱらと致候ゆへ、心おくれたる樣に見え候得ども、死ぬべき塲に臨みては、血氣にはやり申者に少しもこえられず候、一旦血氣にては下臈さへ死するならひに候へば、まして士の死ぬるは不珍事に候、最後までもとりしづめて、常々の心の毎聊もせきたる氣色無之、一きは潔よく見ゆるこそ士の寂後の、下臈とちがひたる所にて候、大形は武備に心がけ候へば、血氣におかされ候間其用心可被致候、
新字:武備をわすれ申さゞるは平生の嗜にて候、常体にやすらかにいたしまかり有候て、しかも其心得可有事に候、しかるに我こそ武備を忘れずとて、少しの儀にも其思はくをいたし、為差事もなきにはやり候て、異形に見え申もの有之、これらは血気におかされ一向にをちつかざる体に候、還て未練の士と可申候、武士の嗜は心に有事に候、仕形に有事にては無之候、されば、よき士はすがた物言還てやはらかに、少しの出入には心をかけず、大用は堪忍をもつぱらと致候ゆへ、心おくれたる様に見え候得ども、死ぬべき塲に臨みては、血気にはやり申者に少しもこえられず候、一旦血気にては下臈さへ死するならひに候へば、まして士の死ぬるは不珍事に候、最後までもとりしづめて、常々の心の毎聊もせきたる気色無之、一きは潔よく見ゆるこそ士の寂後の、下臈とちがひたる所にて候、大形は武備に心がけ候へば、血気におかされ候間其用心可被致候、
書き下し
武備をわすれ申さゞるは平生の嗜にて候、常體にやすらかにいたしまかり有候て、しかも其心得可有事に候、しかるに我こそ武備を忘れずとて、少しの儀にも其思はくをいたし、爲差事もなきにはやり候て、異形に見え申もの有之、これらは血氣におかされ一向にをちつかざる體に候、還て未練の士と可申候、武士の嗜は心に有事に候、仕形に有事にては無之候、されば、よき士はすがた物言還てやはらかに、少しの出入には心をかけず、大用は堪忍をもつぱらと致候ゆへ、心おくれたる樣に見え候得ども、死ぬべき塲に臨みては、血氣にはやり申者に少しもこえられず候、一旦血氣にては下臈さへ死するならひに候へば、まして士の死ぬるは不珍事に候、最後までもとりしづめて、常々の心の毎聊もせきたる氣色無之、一きは潔よく見ゆるこそ士の寂後の、下臈とちがひたる所にて候、大形は武備に心がけ候へば、血氣におかされ候間其用心可被致候、
現代語訳
武備を忘れないというのは平生のたしなみであって、普段は安らかにして過ごし、しかもその心得があるべきである。ところが、我こそ武備を忘れずと、少しのことにもその思惑を表し、さしたることもないのにはやって、異様に見える者がいる。これは血気に冒されてまったく落ち着かない様子で、かえって未練の士と言うべきである。武士のたしなみは心にあることで、仕形にあることではない。だから、よい士は姿も物言いもかえって柔らかで、少しの出入りには心をかけず、大事には堪忍を専らとするので、心遅れたように見えるが、死ぬべき場に臨んでは、血気にはやる者に少しも越えられない。一旦血気にまかせるなら下臈でさえ死ぬのが習いなので、まして士が死ぬのは珍しいことではない。最後まで取り静め、常々の心に少しも急く気色がなく、ひときわ潔く見えることこそ、士の最期の、下臈と違うところである。おおかた武備に心がければ血気に冒されやすいので、その用心をされよ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『明君家訓』第10条家中の士武備をわするまじく候、武備とは分限相應の人馬、其外武用の道具所持いたし、射騎劔鎗の伎術も不案内に無之程に可有稽古候、但其道の師を致す者の外、あまり精出し相究め候儀は無用に候、不斷手馴候樣にいたすべく候、軍法は常に會議有べき事に候、但軍中の法令は内々定め置候通りにて候、平生被致存知、戰塲に臨て失念無之樣に可被相心得候
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『明君家訓』第4条家中の士常々不懈節義を嗜可申候、一言一行も士の道にをゐて、不免議成事有べからず候、節義の嗜と申は、口に僞をいはず、身に私をかまへず、心すなをにして外にかざりなく、作法不亂、禮義正しく、上に不諂、下を不慢、をのれが約諾をたがへず、人の患難を見捨ず、かひ〱しくたのもしく、假初にも下ざまの賤しき物がたり、惡口など言葉の端にも不出、さて、耻を知て首を刎らるとも、おのれがすまじき事はせず、死すべき塲をば一足も不引、常に義理をおもんじて、其心鐵石のごとく成物からしも、又温和慈愛にして、物のあはれをしり、人に情有を、節義の士とは申候、平生心がけなく、うか〱と日を送り候はゞ、誠以古人のいはゆる醉生夢死に候はずや、
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『明君家訓』第5条士は右申通、節義をたしなみ、人がら貞信にさへ候得者、世話のごとく立居振舞不調法にして、物言あしく候ても、士の瑕にて無之候、少しもくるしからざる儀に候、當代士多くは貞心に無之、憖に指當さかしく、世話賢く、立居振舞見ぐるしからず候故、をのれが才智に、あくまで自慢いたし、貞信なるものをば、かへつて初心なりと見下し、其有樣輕薄なる輩有之、其内剩老功にて樣子しづかにとりつくろひ、能人がらに化したるも有之、又不功にてうは氣に見ゆるも有之、其品色々かはり候へども、皆同類の人にて候、加樣の人才智有のみならず、血氣にてこそ候へ、似合に勇力もあるゆへに、或は己が役儀、或は傍輩の事につき、少々苦勞なる儀をも、をのれが名利の頼有之内は、身にひきうけて精を出すものにて候、其故たのもしき人がらの樣にも見え候へども、元來佞人にて一筋に義理を守るこゝろなく候故、大事にのぞみては、かならず時々摸樣を見合、眞實の志なきものに候、一命を捨候て、專度の用に立申儀などは存もよらず、某が家臣にもかくのごときの人有之候や、大に政敎の妨に候、周公の才、孟賁が勇候とも、少しも珍重に存ぜず候、又は世に結構人と稱へ申内に、生質柔弱にして才智もなく、禮法も不存、言行につき正しき事をば嫌ひて、酒宴遊興に日を送る輩有之候、是はさながらあしき人がらと顯れ候へば、前の佞人よりは憎からず候へども、某が政敎を破り申所は同事に候、此兩樣の人行に似候はぬ樣可被相嗜候、
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『明君家訓』第9条當代士の寄會を聞及候に、おほくは賓主ともに禮儀正しからず、わけもなき事どもにまかせ、聲高にわらひのゝしり、又は人の嗜好色ばなし、或醉狂をし、或小歌三味線坐上にとりはやすやからも有之由、是等は一として士の作法にて無之候、偏に下臈の寄會にて候、士のまじはりは、禮法正しく、一言申出し候も、跡先をふまへ、おほくは古書の穿鑿、義理の物語などを好み、假初にもそゝけたる體をいたさゞるこそ本意にて候、しかればとて別而心安き友とは、たがひにくつろぎ打解て語儀は各別にて候、其内にも無行儀なると、作法よきとは差別有べき事に候、家中の士ども寄會候節は右の心得有べく候、
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『文武訓』武訓下一或武人、敵と我、両人戦ふ時のこころをよめる拙き歌あり。身は捨てつ心ばかりははふらさじ人のうごきを待ちてぞ打つべきいふ意は、敵と戦ふに臨まば、身は捨つべし。身をのがれんと思へば、心みだれおそれひるみて、敵に勝つべき力なし。されど、心ひとつは失ふべからず。敵と戦ふ時に、つねの如くにして心を動すべからず。我方よりみだりにかからず、こらへて早くうつべからず、人の動をまちて、其隙を見て早くうつべし。是敵に勝つの道なりといへり。一士となる者、平生は温厚和平にして、いかりをおさへ色をはげしくすべからず。みづから楽み人を愛すべし。されども、常に志をたもち気を養ひて、義理にいさむべし。変にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。
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『文武訓』武訓下いかなる大事にのぞんでも、かたく此道を守り、心を動かすべからず。勇気をふるひおこして、強敵に俄にあひてたたかふとも、心をしづかにしてうごかすべからず。勇者は、其かうべをうしなふと此道をわすれずして、心にかなしみうれふべからず。死にのぞんでもおそるまじき理をあきらめ、平生勇気をやしなふべし。義ありて性剛強なる人は、此志をたもちやすし。柔弱なる人も、常に義をたつとび、此志を保ちて失はざるべし。士の子も、わかき時より武勇に志なければ、節にのぞんで心つたなくして恐る。四民ともに、常に気を養ひて、心をうごかさざる工夫をわするべからず。気の強弱は、人の生れつきによれども、勇にして節義を守る志は忘るべからず。勇者はおそれず。又、勇士は、其かうべをうしなふにわすれずとは、死にのぞむまで、この義を守る志をわすれずとなり。
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