明訓一班抄抄録 / 夷狄を近付べからざる事・船艦の制度を時勢に応じて変える必要
嚴重の所へは先づは近づくまじき也、たとへば盜賊にても堅固なる處よりは入ざる道理なれば、大城に近き海岸はいづれも嚴重御備有りて可然事と存侍る也、凡夷狄を防禦するは大銃大船を第一とすべし、船艦の事は齊昭每度建白せしが、御法度に荷船の外大船無事に有候故製作不相成よし御沙汰ありけれども、公邊御船にては天地丸とか唱(御關船とも云)を第一の御大船とする由なれども、寬政年中(蝦夷騷動の時なり)故越中守老中の時御試として伊豆の邊まで遣されしに、引船三十艘計に引せ(櫓三十挺程打損じ)漸ふからき目をして往來せしよし、かゝる造作にては御用には迚も難叶ければ、(海船にて海乘すは御手入のみも無益の費なり)大小有、是の船艦兎角丈夫に出來、大銃を打ても敗れ沈む患なく、帆にて自由に取廻すべき樣に製造あらまほしき事也、たとへ所々運送はゆるし給はずとも、上の御船は浦賀より御川內をかぎり、海岸有之大名共は自分領分の海上にて漁獵等に事寄せ乘馴したらば、非常の備へにも成りぬべき事にて、是皆天下の御爲なり、(建政五丑三月の達しにて可恐)乍憚東照宮上意にも、指したるかはりもなきに本よりの法を替ることは不宜よしの御意にて考るに、敵國の模樣三代將軍家の御代とかはりたるにも御かまひなく、昔のまゝの御法を用ひ給はんより、敵の國の事情をも斟酌し給ひて、末長く天下を守るべき御事ならずや、執法の役々御法度を守るは其役目にて尤至極の事なれども、御舊法さへかへざれば戰爭に負ても宜敷といふ程は有間敷ければ、乍憚將軍家の御卓見にて變通の御決斷を希ふ所也、
新字:厳重の所へは先づは近づくまじき也、たとへば盗賊にても堅固なる処よりは入ざる道理なれば、大城に近き海岸はいづれも厳重御備有りて可然事と存侍る也、凡夷狄を防禦するは大銃大船を第一とすべし、船艦の事は斉昭毎度建白せしが、御法度に荷船の外大船無事に有候故製作不相成よし御沙汰ありけれども、公辺御船にては天地丸とか唱(御関船とも云)を第一の御大船とする由なれども、寛政年中(蝦夷騷動の時なり)故越中守老中の時御試として伊豆の辺まで遣されしに、引船三十艘計に引せ(櫓三十挺程打損じ)漸ふからき目をして往来せしよし、かゝる造作にては御用には迚も難叶ければ、(海船にて海乗すは御手入のみも無益の費なり)大小有、是の船艦兎角丈夫に出来、大銃を打ても敗れ沈む患なく、帆にて自由に取廻すべき様に製造あらまほしき事也、たとへ所々運送はゆるし給はずとも、上の御船は浦賀より御川内をかぎり、海岸有之大名共は自分領分の海上にて漁猟等に事寄せ乗馴したらば、非常の備へにも成りぬべき事にて、是皆天下の御為なり、(建政五丑三月の達しにて可恐)乍憚東照宮上意にも、指したるかはりもなきに本よりの法を替ることは不宜よしの御意にて考るに、敵国の模様三代将軍家の御代とかはりたるにも御かまひなく、昔のまゝの御法を用ひ給はんより、敵の国の事情をも斟酌し給ひて、末長く天下を守るべき御事ならずや、執法の役々御法度を守るは其役目にて尤至極の事なれども、御旧法さへかへざれば戦争に負ても宜敷といふ程は有間敷ければ、乍憚将軍家の御卓見にて変通の御決断を希ふ所也、
書き下し
嚴重の所へは先づは近づくまじき也、たとへば盜賊にても堅固なる處よりは入ざる道理なれば、大城に近き海岸はいづれも嚴重御備有りて可然事と存侍る也、凡夷狄を防禦するは大銃大船を第一とすべし、船艦の事は齊昭每度建白せしが、御法度に荷船の外大船無事に有候故製作不相成よし御沙汰ありけれども、公邊御船にては天地丸とか唱(御關船とも云)を第一の御大船とする由なれども、寬政年中(蝦夷騷動の時なり)故越中守老中の時御試として伊豆の邊まで遣されしに、引船三十艘計に引せ(櫓三十挺程打損じ)漸ふからき目をして往來せしよし、かゝる造作にては御用には迚も難叶ければ、(海船にて海乘すは御手入のみも無益の費なり)大小有、是の船艦兎角丈夫に出來、大銃を打ても敗れ沈む患なく、帆にて自由に取廻すべき樣に製造あらまほしき事也、たとへ所々運送はゆるし給はずとも、上の御船は浦賀より御川內をかぎり、海岸有之大名共は自分領分の海上にて漁獵等に事寄せ乘馴したらば、非常の備へにも成りぬべき事にて、是皆天下の御爲なり、(建政五丑三月の達しにて可恐)乍憚東照宮上意にも、指したるかはりもなきに本よりの法を替ることは不宜よしの御意にて考るに、敵國の模樣三代將軍家の御代とかはりたるにも御かまひなく、昔のまゝの御法を用ひ給はんより、敵の國の事情をも斟酌し給ひて、末長く天下を守るべき御事ならずや、執法の役々御法度を守るは其役目にて尤至極の事なれども、御舊法さへかへざれば戰爭に負ても宜敷といふ程は有間敷ければ、乍憚將軍家の御卓見にて變通の御決斷を希ふ所也、
現代語訳
厳重なところへは、まず近づかないでしょう。たとえば盗賊でも堅固なところからは入らないという道理なので、大城に近い海岸はどこも厳重に御備えがあってしかるべきことと存じます。およそ夷狄を防御するには、大銃と大船を第一とすべきです。船艦のことは、斉昭が毎度建白しましたが、御法度で荷船のほかに大船は無用とされているので製作はできないという御沙汰がありました。公辺の御船では天地丸とか唱える(御関船ともいう)ものを第一の御大船とするということですが、寛政年中(蝦夷騒動の時である)に故越中守が老中の時、御試しとして伊豆の辺りまで遣わしたところ、引き船三十艘ほどに引かせ(櫓三十挺ほど打ち損じ)、やっとのことで辛い目をして往来したということです。このような造作では御用にはとても叶わないので(海船で海乗りをしないのでは、手入れのみでも無益の費えです)、大小ともに、船艦をとかく丈夫に作り、大銃を打っても破れ沈む患いなく、帆で自由に取り回せるよう製造してほしいものです。たとえ所々の運送を許されなくても、上の御船は浦賀から御川内を限りとし、海岸のある大名どもは自分の領分の海上で漁猟などにことよせて乗り馴らせば、非常の備えにもなるでしょう。これはみな天下の御為です(建政五丑三月の達しで恐れ入ります)。憚りながら東照宮の上意にも、さしたる変わりもないのに元からの法を変えることはよくないという御意があると考えますと、敵国の様子が三代将軍家の御代と変わったことにもかまわず、昔のままの法を用いられるよりも、敵の国の事情をも斟酌されて、末長く天下を守ることが御事ではないでしょうか。執法の役々が御法度を守るのはその役目であり、もっとも至極のことですが、御旧法さえ変えなければ戦争に負けてもよいというほどのことはないでしょうから、憚りながら将軍家の卓見で変通の御決断を願うところです。
解説
この章句が説くこと
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『政談』國の締り一篇の發端の事総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、
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『政談』右四册大意の事右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
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『政談』諸色直段の事偖又用ゆるもの多き故に高直になる、此用ゆる者多きは制度なきより起れり、元来貴き人は善きものを用ひ、賤きものは悪きものを用ゆるときは、物各々其宜きを得るゆゑ諸色高直にはならぬを、今は賤き者まても善きものを用ゆると云は如何やうの事なれは、御城下に来集る民は素は田舎のものにて、麦粟種等の雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌をも食せす、すくも火を焼き、麻木綿を織て着し、席薦の上に寝臥をしたるものか、心儘に御城下に来住する故、米味噌を食し、薪を焼き、炭の火にあたり、衣服も買整へて着し、善酒を飲み、田舎に之なき障子を立て、天井を張り、唐紙を張り、畳を敷き、蚊屋を釣るなとすることは、ぼていふりも皆斯の如し、少しも善き町人は衣服食事家居器物まても金さへあれは大名と同しことにて誰れ制する者なし、是諸物の用ゆる人多き故諸色の高直なること尤なり、
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尉繚子・制談此くの如くんば、戦ひ勝つと雖も国益々弱く、地を得るも国益々貧しきは、国中の制弊るるに由るなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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『政談』當時制度之なき事兼て制度を立てゝこれを安くするときは人々知る故分に過ぎたる奢りは自からなくて世上に費へなし、制度なければ上より奢りをするなと制し玉ふと云ふとも、是までが分相応にて是より上か奢りなりと云ふ「キツカケ」なけれはすへきやうなし、華美を好むは人情の常なる故制度なき故に世は次第に奢りに成行くなり、衣服の制度ある時は是は大名是は大役高官の人と云ふ事坐敷の上にても自から知るゝ故、人々貴きを敬ひ儀式自から乱れさるに、上一人より下は民までも何れも小袖を着上下を着ること同様にて、其衣服の地は金さへあれは何を着ても誰制する人なし、上下の見分けなき故高官大役の人下のものと別の立てやうなく、唯々いかつかましき体をして是にて高下を別のことに成り、我か身の君子の礼儀を失ふことをは知らず、御役人奉行なとの無礼甚しく、下たるものは礼に過ぎて這ひ屈み、諂ふ風俗甚しきも制度なきか故なり、

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