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明訓一班抄抄録 / 治に亂を忘るべからざる事・質素と備えを世評に惑わされず守る

別て婦女子町人は見通しもなく當座自分の勝手にさへ成らば能と心得て、質素儉約を惡口するも、眼前の事なれば、質素の政を設るからは、かばかりの誹にまよふ事は有まじきこと也、然れども婦女子は勿論、武士にも惡口する者多ければ、かくては取締は下々の難儀になる事よとおもひあやまりて、長き內には怠り出る者也、是其本をしらずして末のさたにて取行故也、婦女子町人悅とも、非常の節何の用にか立可申哉、且又町人どもも奢侈美麗になれば、夫丈けの掛直をして、買方の武士までの迷惑と成べき也、されば取締は骨も折、人にも惡まるれど、畢竟は天下の御爲を思ふ故也、左もなく奢侈をも禁ぜず、武士其家職に怠りても沙汰もせぬ時は、柔弱の士婦人町人等役人を譽れば、主君たる人も能役人と思ひ誤りて召遣ふ樣に成行者なり、自然の事あらば天下國家の安危に拘るべし、和漢其例少なからず、されば公邊は勿論、國主領主大將たらん人々は、其身一生は勿論、子孫にまでも、本文の御示敵を守り、質素儉約を旨とし、武備を勵まし、公邊にては、神君より傳へ給へる天下を末永く保ち給ふのみならず、後世迄も三代將軍有德公の如く名譽を殘し給ふ樣心を用ひ給ひ、國主領主は今非道の事有しとも、公邊御羽翼と成て、海外の夷狄も日本の勇武を恐るゝ程に仕向け給はん事、本朝への大忠、祖宗への大孝にて、國主始め天下への大忠、先祖への大孝といふべし、一日是をあたゝめて十日是をこどやかすにやあらん、五年七年質素儉約、武備の御世話有たりとも、萬一是をゆるむる時は、奢侈の風たちまち萌すべし、武藝三日休みてだに心にまかせざるものなり、されば前文の明訓終身怠り給はず、永世へ名譽を殘し給ふ樣に、伏て願ふ所なり、出家の僞言を誠とする事なかれ、出家も悟を開きたる者は自分僞言とはしれども、元より人を欺く職業なれば、欺くもことはり也、

新字:別て婦女子町人は見通しもなく当座自分の勝手にさへ成らば能と心得て、質素倹約を悪口するも、眼前の事なれば、質素の政を設るからは、かばかりの誹にまよふ事は有まじきこと也、然れども婦女子は勿論、武士にも悪口する者多ければ、かくては取締は下々の難儀になる事よとおもひあやまりて、長き内には怠り出る者也、是其本をしらずして末のさたにて取行故也、婦女子町人悦とも、非常の節何の用にか立可申哉、且又町人どもも奢侈美麗になれば、夫丈けの掛直をして、買方の武士までの迷惑と成べき也、されば取締は骨も折、人にも悪まるれど、畢竟は天下の御為を思ふ故也、左もなく奢侈をも禁ぜず、武士其家職に怠りても沙汰もせぬ時は、柔弱の士婦人町人等役人を誉れば、主君たる人も能役人と思ひ誤りて召遣ふ様に成行者なり、自然の事あらば天下国家の安危に拘るべし、和漢其例少なからず、されば公辺は勿論、国主領主大将たらん人々は、其身一生は勿論、子孫にまでも、本文の御示敵を守り、質素倹約を旨とし、武備を励まし、公辺にては、神君より伝へ給へる天下を末永く保ち給ふのみならず、後世迄も三代将軍有徳公の如く名誉を残し給ふ様心を用ひ給ひ、国主領主は今非道の事有しとも、公辺御羽翼と成て、海外の夷狄も日本の勇武を恐るゝ程に仕向け給はん事、本朝への大忠、祖宗への大孝にて、国主始め天下への大忠、先祖への大孝といふべし、一日是をあたゝめて十日是をこどやかすにやあらん、五年七年質素倹約、武備の御世話有たりとも、万一是をゆるむる時は、奢侈の風たちまち萌すべし、武芸三日休みてだに心にまかせざるものなり、されば前文の明訓終身怠り給はず、永世へ名誉を残し給ふ様に、伏て願ふ所なり、出家の偽言を誠とする事なかれ、出家も悟を開きたる者は自分偽言とはしれども、元より人を欺く職業なれば、欺くもことはり也、

書き下し

別て婦女子町人は見通しもなく當座自分の勝手にさへ成らば能と心得て、質素儉約を惡口するも、眼前の事なれば、質素の政を設るからは、かばかりの誹にまよふ事は有まじきこと也、然れども婦女子は勿論、武士にも惡口する者多ければ、かくては取締は下々の難儀になる事よとおもひあやまりて、長き內には怠り出る者也、是其本をしらずして末のさたにて取行故也、婦女子町人悅とも、非常の節何の用にか立可申哉、且又町人どもも奢侈美麗になれば、夫丈けの掛直をして、買方の武士までの迷惑と成べき也、されば取締は骨も折、人にも惡まるれど、畢竟は天下の御爲を思ふ故也、左もなく奢侈をも禁ぜず、武士其家職に怠りても沙汰もせぬ時は、柔弱の士婦人町人等役人を譽れば、主君たる人も能役人と思ひ誤りて召遣ふ樣に成行者なり、自然の事あらば天下國家の安危に拘るべし、和漢其例少なからず、されば公邊は勿論、國主領主大將たらん人々は、其身一生は勿論、子孫にまでも、本文の御示敵を守り、質素儉約を旨とし、武備を勵まし、公邊にては、神君より傳へ給へる天下を末永く保ち給ふのみならず、後世迄も三代將軍有德公の如く名譽を殘し給ふ樣心を用ひ給ひ、國主領主は今非道の事有しとも、公邊御羽翼と成て、海外の夷狄も日本の勇武を恐るゝ程に仕向け給はん事、本朝への大忠、祖宗への大孝にて、國主始め天下への大忠、先祖への大孝といふべし、一日是をあたゝめて十日是をこどやかすにやあらん、五年七年質素儉約、武備の御世話有たりとも、萬一是をゆるむる時は、奢侈の風たちまち萌すべし、武藝三日休みてだに心にまかせざるものなり、されば前文の明訓終身怠り給はず、永世へ名譽を殘し給ふ樣に、伏て願ふ所なり、出家の僞言を誠とする事なかれ、出家も悟を開きたる者は自分僞言とはしれども、元より人を欺く職業なれば、欺くもことはり也、

現代語訳

とりわけ婦女子や町人は、見通しもなく、その場の自分の都合さえよければよいと思って質素倹約を悪く言うものですが、これは目の前のことなので、質素の政治を設ける以上、これくらいの非難に迷うことはあってはなりません。しかし、婦女子はもちろん、武士にも悪口を言う者が多いので、これでは取り締まりが下々の難儀になることだと思い誤って、長い間には怠り出すものです。これはその本を知らず、末の取り沙汰で行うからです。婦女子や町人が喜んでも、非常の際に何の役に立つでしょうか。また、町人たちも奢侈美麗になれば、それだけ掛け値をして、買う側の武士までの迷惑となるでしょう。ですから、取り締まりは骨も折れ、人にも憎まれますが、結局は天下のためを思うからです。そうでなく、奢侈も禁じず、武士がその家職を怠っても沙汰もしないときは、柔弱な士や婦人・町人などが役人を誉めると、主君たる人もよい役人と思い誤って召し使うようになるものです。万一のことがあれば、天下国家の安危にかかわるでしょう。和漢にその例は少なくありません。ですから公辺はもちろん、国主・領主・大将たる人々は、その身一生はもちろん、子孫までも、本文の御示敵(教え)を守り、質素倹約を旨とし、武備を励まし、公辺では、神君(家康)から伝えられた天下を末永く保たれるだけでなく、後世までも三代将軍や有徳公のように名誉を残されるよう心を用いられ、国主・領主は、たとえ今、道理に外れたことがあっても、公辺の羽翼(助け)となって、海外の夷狄も日本の勇武を恐れるほどに仕向けられることが、本朝への大忠であり、祖宗への大孝であって、国主をはじめ天下への大忠、先祖への大孝というべきです。一日これを温めて十日これを冷やすのではいけません。五年、七年と質素倹約や武備にご配慮されたとしても、万一これを緩めたときは、奢侈の風がたちまち萌すでしょう。武芸も三日休んだだけで心に任せないものです。ですから、前文の明訓を終身怠らず、永世へ名誉を残されるよう、伏して願うところです。出家の偽言を誠とすることのないように。出家も悟りを開いた者は、自分でも偽言と知っていますが、もとより人を欺く職業なので、欺くのも道理です。

解説

引き締め策が世間から不評を買うのは、昔も今も変わりません。斉昭は、その場の不満に動揺して取り締まりをやめる誤りと、日頃の備えが非常時に役立つという考え方を示しています。現代の管理職も、コスト削減やルール徹底が現場の不満を呼ぶ場面があります。大切なのは、目的を説明し、効果を見える形で示しながら、一時的な熱意に終わらせず続けることです。また、評判の良い人だけを高く評価していないか、評価の基準を点検することも必要です。

この章句が説くこと

明訓一班抄徳川斉昭質素取り締まり世評継続

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