明訓一班抄抄録 / 諫言を用べき事・善を取り入れることを楽しむ主君
齊昭謹で按に、東照宮御初明君賢君にまします御方に、何ぞや下より申程の事知し召ぬ事の有べき、されども事多き內には日月の蝕の如く誤ち給ふ事有、又は下々の事に至りて御承知なき事も可有之と、廣く言路を開給ふ事、則明君たるゆえんにて、人主たる者、人に取て善をなす事を樂しむ處肝要なり、小人は我心付たる事にても人より發語する時は否と答る者也、主君たらん人は、誰が言事にても本文の明訓をしたひて理の當然なる事は用べき事也、
新字:斉昭謹で按に、東照宮御初明君賢君にまします御方に、何ぞや下より申程の事知し召ぬ事の有べき、されども事多き内には日月の蝕の如く誤ち給ふ事有、又は下々の事に至りて御承知なき事も可有之と、広く言路を開給ふ事、則明君たるゆえんにて、人主たる者、人に取て善をなす事を楽しむ処肝要なり、小人は我心付たる事にても人より発語する時は否と答る者也、主君たらん人は、誰が言事にても本文の明訓をしたひて理の当然なる事は用べき事也、
書き下し
齊昭謹で按に、東照宮御初明君賢君にまします御方に、何ぞや下より申程の事知し召ぬ事の有べき、されども事多き內には日月の蝕の如く誤ち給ふ事有、又は下々の事に至りて御承知なき事も可有之と、廣く言路を開給ふ事、則明君たるゆえんにて、人主たる者、人に取て善をなす事を樂しむ處肝要なり、小人は我心付たる事にても人より發語する時は否と答る者也、主君たらん人は、誰が言事にても本文の明訓をしたひて理の當然なる事は用べき事也、
現代語訳
斉昭が謹んで考えますに、東照宮(徳川家康)は初めから明君賢君でいらっしゃる方で、どうして下から申し上げるほどのことをご存じないことがあるでしょうか。しかし、事の多い中では、日月の蝕のように誤りをなさることもあり、また下々のことに至ってはご承知でないこともあるだろうと、広く言路(意見を述べる道)を開かれたこと、それがそのまま明君である理由です。人の上に立つ者は、人から善を取り入れることを楽しむところが肝要です。小人は、自分が気づいたことでも人から言い出されると否と答えるものです。主君たる人は、誰の言ったことであっても、本文の明訓(明らかな教え)を慕って、道理に当たっていることは用いるべきです。
解説
この章句が説くこと
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『明訓一班抄抄録』・諫言を用べき事・大身ほど自分の過ちに気づけない某內々存寄之儀共書付置申候、乍憚御心入にも可相成歟と上覽に入奉ると申上る、扨夫は奇特成心入と大に御感なされ、佐渡守は苦敷からず夫にて讀で聞せよと仰らるゝに付、畏候とて數箇條讀終る、尤の事〱と御挨拶被遊、是に限らず此以後迄も存寄の儀もあらば無遠慮聞せよと上意あれば、御聞屆被遊近頃辱と申て御前を退出す、佐渡守は御用にて殘り居られけるに仰られけるは、只今の者讀聞せたる儀は如何思ふぞと御尋に付、佐渡守御請に一箇條も御前に御用立可申存事は無之樣にと申上ければ、御手を振らせられ、いやとよあのものゝ分別一ぱいを書付たる物なれば如才もなし、尤我心入に成事はなけれ共思ひ寄て內ゝ書付に調え、懷中して時節を見合せ我等に見せんと思ふ志は何ともたとへ難し、其事が用に立は用ひ、立ねば用ひぬ迄にてこそあれ、惣じて我と我身の惡は知れぬ物なり、然れば小身成者心易き友達傍輩學友などある物なれば、互に身の上の惡をみて吟味を遂る故、改め嗜む事多き物なり、左樣の友なき者は兼て人柄を聞立て賴置は能者と言なり、是は小身の德なり、扨又大身なる者、總ての上に立程の者は友達朋友など出會て心易く語るべき樣もなく、身の上の惡を吟味する事もなく、遠慮して人もいはす、日夜朝暮物言伽には我同然の者計りなれば、何事にても御尤とならではいはざるに依て、少々の違ひ誤りとも思はず、誤りと思はねば改んとも心も付ずして過事有物なり、是は必大身の損とも言べし、凡人の上に立て下の諫を聞ざる者國を失ひ家を破らざるは古今とも無之と仰らるゝ、佐渡守承り覺居て、或時子息上野介に語り聞せ候、落淚におよぶ、上野介其書付は如何樣の文言にて御座候其人は誰にて候やと聞候得ば、佐渡守聞て其文言其人も旁聞て何の用にも立事になしと申けると也、
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『明訓一班抄抄録』・仁心を本とすべき事・斉昭の按語 恵みは一体に及ぼす齊昭謹案に、慈悲は佛語より出來たる事にて、經語にていはゞ、惻隱又惠の字など當るべし、惠は仁の一端なれども平場に成樣有べし、たとへば自分聞見する所をのみ急は惡し、將軍は天下の人を惠み、國主領主は領民を一體に惠む樣にすべき事なり、一體に惠む時節仁也、人の悅ぶ處によりて惠む時は鼻先の事のみにて一體にあらず、惠みて却て害になる事也、又惠を受る人も自分聊の惠にても天下に及ぬるを以て御仁政と仰ぎ奉べき事也そも〱、東照宮にては慈悲々々との給ふは、通俗にさとし安き爲に佛語を用ひ給ふといへども、其御言葉を味ふるに、慈悲は則仁德也、御言行共に仁を本とし給ふ故、天下の人民喜服して從えり、台德公大猷公皆質素儉約を施し給ひ、文武を御勵し、御言行共に仁を以て本と遊されし故、今の御世迄も明君とは奉稱也、將軍家右大將公は勿論、凡民の父母たるものは、三代將軍有德公の御言行をしたひ奉り、仁德を本とし、文武を勵し、質素を守り、明將明君と仰がるゝ樣に有たき事也、三代將軍有德公の如く、仁德を本とし、賢能の士を擧、質素儉約、文武を勵し給ふ時は、永世までも明君と奉稱、寶永御代の如く、奸吏奸僧婦女子の言語を信じ給へば、永世寶永の御政をそしり奉る、恐れざるべけんや、戒めざるべけんや、道二つ、仁と不仁とのみ、仁を行はざれば必ず不仁に陷るべし、本文上意を熟讀玩味せずんばあるべからず、
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『明訓一班抄抄録』・諫言を用べき事・異見を宝として受け入れる将軍の姿同御代に、國姓爺日本に援兵を乞ければ、諸長臣を御前に被召出、是被捨置ては日本の恥なり、援兵可被遣旨被仰しに、小事ならざる故右兎角を申出來られしかど、稻葉丹後守正勝援兵の事不可然旨再三被申ければ、御色を變じ內に入らせ給ひけり、明日又被召出、昨日申せし處思召に叶はざりしが、能ゝ御思慮有しに、申處理なり、援兵に及まじきよし、上意なり、有德公御代に、日本橋に高札建られ、御政事筋において少しも御爲に相成候儀心付有之者遠慮なく言上可仕旨仰出されし所に、靑山久保町に浪人山下幸內と言者一書を獻じ奉る故、御褒美として銀子下され候て、幸內は上杉流の軍者也、同公賢明におはしますといへども、自己をよしとし給はずして、執權の諫を聞召、其意見の能を撰て用ひ給ひ、猶諫を聞し召〱とにや、評定所に訴の箱を出し給ひ、貴賤となく上訴し奉らんとする者は上書を此箱へ納め、御前にて開き、訴善なれば、賤者の上訴を御用ひ遊しとぞ、同上意に、財寶を貴ては其恩を感ずれども、異見の恩を思ふ人少く、一言にて一生の身の爲に成る事ある物なれば、異見程の寶はなき物と思ふべしと、仰也、
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『明訓一班抄抄録』・仁心を本とすべき事・家康が三人の重臣に竹千代を託す東照宮雅樂頭大炊頭伯耆守三人を召寄せられ、汝等三人へ竹千代を賴み可申と、秀忠被申たるが、いまだ不被申渡也、秀忠同前に我も賴むぞとの上意なりければ、右三人衆謹ていまだ何たる仰渡されも無御座候と申上らるゝ時、上意に、昨日の事なれば、定而日柄を撰び申さるゝにて有べきと、秀忠の內意は、雅樂頭を後見に備え可申と申ぞ、仁を以て育て、大炊は智を以て諫よ、伯耆は勇を守立よ、汝等三人善和同して諫言せよ、汝等竹千代と我風儀とひとしく守立べきとおもふべからず、かねていふ如く、慈悲を萬の根元と申て、風儀はすきぶすきがあるぞ、此意を譬て言に、我は寅の歲にて金性なり、秀忠は卯の歲にて土性なり、竹千代は辰の歲にて火性なり、人の生れ付も大方此心ぞ我性なるとて、秀忠を金にせんと思ふてもならざる事ぞ、此心にて人の風儀は俄に直り難き物と、其生れ付に隨て善政を行にせよ、第一の肝要は武道の怠らざる事ぞ、されば人の身命は生死をはかるに脈を取て、手首一寸の內にて知る如く、武家にて武道怠るは自命の死脈としれと被仰ける、云々、同上意に、兎角常々側にて召仕候傅の者、第一孝行と天命と下へ慈悲を掛、武家の事幼年より申聞候得ば、自然と身持よく成るものに候、君臣と申事は定る事に候得共、
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『明訓一班抄抄録』・夷狄を近付べからざる事・主の立場が広がるほど用心の範囲も広がる同上意に、人は大小上下共に用心をなすこと第一也、仔細は、予岡崎一城の主たりし時は近所に用心せしぞ、三州の主たる時は近國に用心せしぞ、關八州の主たる時は東海東山北陸三道の治亂を考へしぞ、今更日本の主と成ては諸異國の治亂を聞するぞ、仔細は、異國亂るゝに日本治りたりとて油斷するは、東山義政の茶の湯、大內義隆が學問、今川氏眞の歌道ぞとは、諸異國も治平なれば日本の政道迄なり、若し異國亂とも聞ば、其時に當て能武將を撰び九州に置、異國を押へさすべし、旣に上古神功皇后異國を退治の後、九州に中國との筑後の國に武內大臣を差置れ異國を押へさせ給ふ、是異國の王孫權(齊昭案ずるに、孫權の神明を改んとせし事、後日も林道春の物語あれば、東照宮は道春より聞給ひしなるべけれども、何の書にはへたる事かや、いまだ其書を見ずとなん、上意一に的當の御事故舊記の儘に記すなり)日本を攻むとて數萬人をわたす、しかれども神功皇后三韓退治の後武內大臣九州に居り政道明白高大成る事を聞し、日本の兵と戰ふとも勝利なからんと軍勢竊にかたりしとぞ、異國の兵船半より歸帆す、偏に武內筑紫に有故也、此大臣人皇十二代景行天皇より十七代仁德天皇迄六代の政務二百四十四年棟梁の臣なり、誠に目出度大臣、片時も大內を離れべき大臣ならざれども如此也、尤日本大臣の始にて、歲三百六十にして死なれたり、筑後國高良大明神是也
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『明君家訓』第1条(一)今度愚意の趣、一々左に書顯し、各々に申聞候故は、自今以後某も、各々とたがひに、善に進み惡を改め、各ゝは古の忠臣義士にも耻ず、某も明君賢主の跡をもしたひ、後代迄も、君臣ともに能ためしにもひかれ候樣にと、眞實に存入候、各も某が此心底をよく〱推察いたされ、常々被加異見、諸事差引たのみ申外無他候、勿論をの〱も其心得肝要候、しかれば古の聖賢の君さへ群臣の諫を求めたまふ、況某ごときもの、先祖の積善により君位にのぼり、各々の上に居るといへども、生質不肖にして、君たる道にたがひ、各々の心にそむかん事を朝夕おそれ入候、某身の行、領國の政、諸事大小によらず、少しもよろしからぬ儀、又はをの〱存寄たる儀、遠慮なく其儘可被申聞候、其國政の儀は、假初にも臣民に係り候へば、小事も大切に成候間、をの〱指圖を承筈に候、各々も遠慮有べき儀にあらず候、但し某身の上の義、右のとをり申渡候ても、某氣にあたり可申かと、はからひ被申儀可有之と無心許候、

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