明訓一班抄抄録 / 序・子孫に教訓を伝える序
足引の大和だましひあらむものは、朝となく夕となく、津の國のなには思はず、世の爲國のためよしあしをさたすな、道に心をも用ひ身をもつとむべくなん、そも〱此ふみはじめは吾嬬の左のおほいまうち君にさゝげんとて書つれど、世を遁れたる身には今更にやくなしと思ひなされ、はた祖宗の尊ふとき御敎訓のすぢを述むも、時にあはざらんには中〱に賢き業とふつにおもひ止りぬ、されど、これを丙丁童子にあたへむも本意なければ、聊言葉のてにをはをかえて、子孫に傳へ示すになん、源朝臣齊昭
新字:足引の大和だましひあらむものは、朝となく夕となく、津の国のなには思はず、世の為国のためよしあしをさたすな、道に心をも用ひ身をもつとむべくなん、そも〱此ふみはじめは吾嬬の左のおほいまうち君にさゝげんとて書つれど、世を遁れたる身には今更にやくなしと思ひなされ、はた祖宗の尊ふとき御教訓のすぢを述むも、時にあはざらんには中〱に賢き業とふつにおもひ止りぬ、されど、これを丙丁童子にあたへむも本意なければ、聊言葉のてにをはをかえて、子孫に伝へ示すになん、源朝臣斉昭
書き下し
足引の大和だましひあらむものは、朝となく夕となく、津の國のなには思はず、世の爲國のためよしあしをさたすな、道に心をも用ひ身をもつとむべくなん、そも〱此ふみはじめは吾嬬の左のおほいまうち君にさゝげんとて書つれど、世を遁れたる身には今更にやくなしと思ひなされ、はた祖宗の尊ふとき御敎訓のすぢを述むも、時にあはざらんには中〱に賢き業とふつにおもひ止りぬ、されど、これを丙丁童子にあたへむも本意なければ、聊言葉のてにをはをかえて、子孫に傳へ示すになん、源朝臣齊昭
現代語訳
大和魂を持つ者は、朝となく夕となく、津の国の難波ではありませんが「何は」とも思わず、世のため国のための善し悪しを論じることはせず、ただ道に心を用い、わが身を努めるべきです。そもそもこの書は、初めは江戸の左大臣(左のおほいまうち君)に差し上げようとして書いたのですが、世を遁れた身には今さら役に立たないと思いなおし、また祖先の尊い教えの筋を述べても、時勢に合わないのでは、かえって賢いことではないと、すっかり思いとどまりました。しかし、これを丙丁童子に与えるのも本意ではありませんので、少し言葉のてにをはを改めて、子孫に伝え示すことにします。源朝臣斉昭。
解説
この章句が説くこと
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『明訓一班抄抄録』・夷狄を近付べからざる事・一度の妥協が続く難題を生むと考える萬一姑息の御沙汰にて、其中一ケ條たりとも許容し給はゞ、其尾に取つき年々歳々難題申上、其中には御許容成がたくしてこれをこばみ給はゞ、是機會に乘じて戰爭を起し、彼が十分の欲をとげんとの企なるべければ、一切當路の有司少しも臆せずして、日本の武勇を示し度事也、兵法にも我領分へ入て不案內なる中に打結ぶ如き奸人あるも測りがたければ、以前のごとく見懸次第無二念打拂べきむね號令し給ふ事、國家の上策にて、たとへ打拂ひて、其節一戰有りとも、其後になり、度々來し上案內をも詳にし、又內通の者等出來て、邪宗門をも自分行れ、彼へ付添奸人多く成たる上にて、戰爭起りなば、天下の大變なるべし、昔は兎も角も○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○皆一つ穴の狐と見通し、無二念打拂ひぬる事、肝要なるべし、只今にて千万歳萬國に孤立して武勇を奮ひたる神妙、德川家の御代に至り、塵芥ばかりも蠻夷へ贈り物等有之樣成行ては、決て不相濟事なれば、篤と心を用ひ給ふべき事なり、凡制度法令のたぐひに、萬世動すべからざるものと、又時勢によりて變通すべきものあり、武勇を尊び夷狄を近付くべからざるは、神代より大道にて、しかも三代將軍御始精々戒め給ふ所にて、萬世の大法なり、荷船の外大船を禁じ給ふたぐひは、時によつて定め給ふ事にて、後世の變通を得處也、然るに今の有司一時の法令をば堅くとりて動さず、萬世の大法をも手易く動して、異船の打拂を止め給ふなど、如何にも齊昭が苦心する所也、何卒本文東照宮大猷公の尊意能く〱御服膺あらまほしき御事也、
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『明訓一班抄抄録』・治に亂を忘るべからざる事・質素と備えを世評に惑わされず守る別て婦女子町人は見通しもなく當座自分の勝手にさへ成らば能と心得て、質素儉約を惡口するも、眼前の事なれば、質素の政を設るからは、かばかりの誹にまよふ事は有まじきこと也、然れども婦女子は勿論、武士にも惡口する者多ければ、かくては取締は下々の難儀になる事よとおもひあやまりて、長き內には怠り出る者也、是其本をしらずして末のさたにて取行故也、婦女子町人悅とも、非常の節何の用にか立可申哉、且又町人どもも奢侈美麗になれば、夫丈けの掛直をして、買方の武士までの迷惑と成べき也、されば取締は骨も折、人にも惡まるれど、畢竟は天下の御爲を思ふ故也、左もなく奢侈をも禁ぜず、武士其家職に怠りても沙汰もせぬ時は、柔弱の士婦人町人等役人を譽れば、主君たる人も能役人と思ひ誤りて召遣ふ樣に成行者なり、自然の事あらば天下國家の安危に拘るべし、和漢其例少なからず、されば公邊は勿論、國主領主大將たらん人々は、其身一生は勿論、子孫にまでも、本文の御示敵を守り、質素儉約を旨とし、武備を勵まし、公邊にては、神君より傳へ給へる天下を末永く保ち給ふのみならず、後世迄も三代將軍有德公の如く名譽を殘し給ふ樣心を用ひ給ひ、國主領主は今非道の事有しとも、公邊御羽翼と成て、海外の夷狄も日本の勇武を恐るゝ程に仕向け給はん事、本朝への大忠、祖宗への大孝にて、國主始め天下への大忠、先祖への大孝といふべし、一日是をあたゝめて十日是をこどやかすにやあらん、五年七年質素儉約、武備の御世話有たりとも、萬一是をゆるむる時は、奢侈の風たちまち萌すべし、武藝三日休みてだに心にまかせざるものなり、されば前文の明訓終身怠り給はず、永世へ名譽を殘し給ふ樣に、伏て願ふ所なり、出家の僞言を誠とする事なかれ、出家も悟を開きたる者は自分僞言とはしれども、元より人を欺く職業なれば、欺くもことはり也、
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『明訓一班抄抄録』・奢侈を禁ずべき事・非常に備え、姑息を避ける決断非常の節に臨み、御用を缺間敷策有べからず、惶多も三代將軍有德公は不及申、其他三親藩にて尾州の源敬、紀州の源南、祖宗の威儀を初、諸大名何れも名將の聞えたる者は、皆常々儉約して武備を勵し家中に空く祿を食む者なき樣にせしなり、遊女出家の遊民の外、君に祿を給る家中祿を空しくする事有べからず、非常の事あらんには、其家中には國主領主に附從ひ、國主領主は我先にと幕府の御用に立樣、常々心掛、幕府にては常々御旗本に武備を勵し給ふて、國主領主を賴みに不思召樣、双方折合時は、夷船何程渡來るとも、又は萬々一國持大名に異變有之とも、更に恐るゝに不足事なり、右樣武備の手當調たる上は人々相應の美はくるしくも有之間敷なれども、儉約を守り一生取かゝりてさへ行屆兼候はん、たとへば十分手當出來し上は十一分にも十二分にも手厚き樣心掛べき事故、いつとても奢りてよきと言時は有之間敷、且日本中の事と違ひ、異國より渡來の戰爭はいつ何時有之も難計、出火と戰爭は前日より分りたる事は有まじ、公邊を初奉り、三親藩は勿論、諸大名とも、生るゝより死る迄、我皇國の道を本とし、佛法の異端邪道を退け、常々異國船來りたり共手筈不違樣申合せ置、兼て覺悟第一たるべし、異端の道を惡きとは知ながら、苟安姑息して近付る事なかれ、苟安姑息と言事は見通しなきと不決斷より出る事にて黑白の見拔なき故なり、黑白の見拔なき時は、たとへ賢明有者の正論を聞一度尤と思ひ、又愚闇不當の邪論を聞ても成程と惑ひ、兩方の説を取用ひて黑ともならず白ともならずと言如く、中を取て中庸と思ひ誤る事の少なからず、是を色に譬れば鼠色の所を用ゆるにひとし、鼠色は白くは一切なる事なし、黑く成によりて姑息を用る人惡き方に成行、此理とくれ〱も非常の卓見をもて永世までも無用の奢を禁じ、文道武道を勵みぬるぞ、人君の急務なるべし、
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『明訓一班抄抄録』・治に亂を忘るべからざる事・日ごろの心掛けなき者は非常時に役立たず仝上意に、男の心を持たるがよし、歷々の者が女童子に氣を奪れて業平ものに成と見へたり、(女童子の譽を好む者は色白く柔弱成と美服を飾り、武士にて下品なるを上品とおもふ誤りなり、)左樣の風俗有之者は我かたく嫌ふなり、云々、昔よりの說に、武士臭きと味噌臭きはいけぬ者也と、下劣の言諺にも言なれど、夫は脇より見ての事にやあらん、定て公家評判ならん、武士は成ほど武士臭く、味噌は成程味噌臭くあれかしとぞ、云々、又一通の風義は常はともあれ自然の時にと言者あり、夫は平生武士道不心掛の言譯にて、非をかざると言物なり、其極意は武士道嫌ふ不心掛の事也、夫を立置は不吟味の將下にあるなり、常ゝ心掛ずして、俄になる事にては更になし、云々、武士たる者は壹本鑓の小身なりとも、武士の心を氣高く持て、十二三にもならば右之處へ心付能ゝ言聞せ、夫に移らずば出家か町人になしてしまふべし、さなくば左樣の者武門に有ては日本の患なり、云々、同上意に、治世たりといへども亂を忘るべからず、亂世たりといへども治を忘るべからざる事、大獻公にも、治世に亂を忘れずと云聖人の言葉、常ゝ其心掛を遊されけるよし、云々、大獻公、寬永二年諸士の甲冑馬具等を玄蕃頭に仰て改め見せしめ給ふ、其嚴重なるには御褒美として知行を加へさせられ、
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『明訓一班抄抄録』・諫言を用べき事・善を取り入れることを楽しむ主君齊昭謹で按に、東照宮御初明君賢君にまします御方に、何ぞや下より申程の事知し召ぬ事の有べき、されども事多き內には日月の蝕の如く誤ち給ふ事有、又は下々の事に至りて御承知なき事も可有之と、廣く言路を開給ふ事、則明君たるゆえんにて、人主たる者、人に取て善をなす事を樂しむ處肝要なり、小人は我心付たる事にても人より發語する時は否と答る者也、主君たらん人は、誰が言事にても本文の明訓をしたひて理の當然なる事は用べき事也、
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『明訓一班抄抄録』・治に亂を忘るべからざる事・太平に奢る風潮を戒めた吉宗の鷹狩り有德公には、近代彌太平の御世、御仁慮に安心して、諸家武備に怠り、無益の送り物に金銀を費し、衣食居宅に美を盡し、武器を等閑にして、先祖の功を忘れ、奢に費す事、禽獸にひとしと歎き玉ひ、士を勸め、武を勵まし、放鷹遊獵に出御有之、麾下の伴士を勵まし給ふ、是諸家上を學びて其風に移り、太平に武を忘れざらしめんとの思し召なり、同上意に、治世に亂を忘れざるは鷹野猪狩なり、如何となれは人數を遣ひ覺るは多少の人數に寄べからず、又諸士に弓鐵砲を打せ射させ、有功を記し、金銀衣服をとらする事は、第一旗本の士をなつけ、武功を我前にてあらはす事賞美し、外樣に居候者其外も我を見知る者なり、殊に兩番の者共は歷々にて、我手足も同じ事なれども、近習へは遠し紋付の衣服など貰らふ事尤少し、箇樣の時とらさすれば其者骨髓に徹し有がたく可存なり、然れば手足にもなるべき義なり、第一近年武備衰へて、大小名諸家中に到る迄、遊山翫などに長じ、酒色に溺れ、身に綾羅錦繡をまとひて、樂しみを專らとし、遊藝をのみ第一として、武士の習しは少しもなく、公家町人の如くに氣弱になり來り候事、上に武備なき故なり、旗本の風義も、少しは見能成事いかめしき事なれども、我武勇を好み、儉約を用ひ、無用に費なく、及ばずながら善政廉直を施さんと欲する故也、云々、齊昭謹で案ずるに、東照宮を初奉り、世に賢明の大將軍と聞えまします御方には、治世に亂を忘れぬ樣にしば〱御示し被爲置候、東照宮御明智、太平とは申ながら漸く天下治まりたる砌り、太平久敷續なば奢長じ武備を失はん事を歎かせ給ひ、治世に亂を忘れざる樣にとの御示諭しば〱なり、

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