及門遺範 / 易と仏教的高妙への警戒
一先生謂、易之起本由象數、而義生焉、漢儒說象數、尙爲近古、唯其儒多牽强附會、王氏專說義、一洗陋習、然離象數言義、失其本、且所說出於老莊之見、至程傳、始本聖人之意、爲得其正、及朱義出、而經文復古、而其義亦益明、然皆不論象數、則未爲得其義之所本、學者兼象義而推求之、然後始爲不失學易之本末矣、一先生謂、聖人之道、仁孝爲本、明人倫濟天下、德行與事業一、光明正大、不爲隱微高妙之言、唯於易發精微之旨、然天地生生之道、陰陽仁義一其本、天人合一其旨、皆實與佛家空寂之見、相氷炭、後儒或見佛之高妙、而心竊羨之、欲與之相抗、亦別設一種高妙之說、以自立門戶、故其說雖排佛、而往往與此相出入、不免被其氣臭薰染、與周易精微之旨有間、是求其說高於聖人、由其自信篤於信聖人、亦豪傑之一失也、
新字:一先生謂、易之起本由象数、而義生焉、漢儒説象数、尚為近古、唯其儒多牽強附会、王氏専説義、一洗陋習、然離象数言義、失其本、且所説出於老荘之見、至程伝、始本聖人之意、為得其正、及朱義出、而経文復古、而其義亦益明、然皆不論象数、則未為得其義之所本、学者兼象義而推求之、然後始為不失学易之本末矣、一先生謂、聖人之道、仁孝為本、明人倫済天下、徳行与事業一、光明正大、不為隠微高妙之言、唯於易発精微之旨、然天地生生之道、陰陽仁義一其本、天人合一其旨、皆実与仏家空寂之見、相氷炭、後儒或見仏之高妙、而心窃羨之、欲与之相抗、亦別設一種高妙之説、以自立門戸、故其説雖排仏、而往往与此相出入、不免被其気臭薫染、与周易精微之旨有間、是求其説高於聖人、由其自信篤於信聖人、亦豪傑之一失也、
書き下し
一、先生謂ふ、易の起こるは本と象数に由りて義生ず。漢儒の象数を説くは、尚ほ古に近しと為す。唯だ其の儒、牽強附会多し。王氏は専ら義を説き、陋習を一洗す。然れども象数を離れて義を言ふは、其の本を失ふ。且つ説く所老荘の見に出づ。程伝に至りて、始めて聖人の意に本づき、其の正を得たりと為す。朱義出づるに及び、経文復た古に復し、其の義も亦た益々明らかなり。然れども皆象数を論ぜざれば、則ち未だ其の義の本づく所を得たりと為さず。学者象義を兼ねて之を推求し、然る後に始めて易を学ぶの本末を失はずと為す、と。 一、先生謂ふ、聖人の道は、仁孝を本と為し、人倫を明らかにして天下を済ひ、徳行と事業と一にして、光明正大、隠微高妙の言を為さず。唯だ易に於いて精微の旨を発す。然れども天地生生の道、陰陽仁義其の本を一にし、天人合一の旨は、皆実に仏家の空寂の見と、相氷炭たり。後儒或いは仏の高妙を見て、心竊かに之を羨み、之と相抗せんと欲し、亦た別に一種高妙の説を設け、以て自ら門戸を立つ。故に其の説仏を排すと雖も、往々此と相出入し、其の気臭に薫染せらるるを免れず。周易精微の旨と間有り。是れ其の説を聖人より高からんことを求むるは、其の自信の聖人を信ずるより篤きに由る。亦た豪傑の一失なり、と。
現代語訳
一 先生は言いました。易が起こったのは、もとは象(かたち)と数に基づき、そこから義(意味)が生まれた。漢の儒者が象数を説いたのは、古い時代に近いとされる。ただ、その儒者たちはこじつけが多い。王弼は専ら義を説いて、古い悪習を一洗した。しかし象数を離れて義を語ると、その根本を失う。しかもその説いたところは老荘の見解から出ている。程氏(程頤)の『易伝』に至って、はじめて聖人の意に基づき、正しい解釈を得た。朱子の『周易本義』が出ると、経文が古い姿に復し、その意味もますます明らかになった。しかしどちらも象数を論じないので、その義の根本を得たとは言えない。学ぶ者は象数と義をあわせて探究して、はじめて易を学ぶ本末を失わない、と。 一 先生は言いました。聖人の道は、仁と孝を根本とし、人倫を明らかにして天下を救い、徳行と事業を一つにして、光明正大で、隠れた微妙で高尚な言葉を弄さない。ただ易においてだけ精微な趣旨を述べている。しかし天地が生み続ける道、陰陽と仁義が根本を一つにするもの、天と人が一つであるという趣旨は、すべて、仏家の空寂という見解とは、氷と炭のように相容れない。後世の儒者の中には、仏教の高尚さを見て、ひそかにそれを羨み、それと張り合おうとして、別の高尚な説を設けて自分の門戸を立てる者がいる。そのため、その説は仏教を排斥しているようでいて、しばしば仏教と出入りがあり、仏教の気風に染まるのを免れない。『周易』の精微な趣旨とは隔たりがある。自分の説を聖人より高くしようと求めるのは、聖人を信じる以上に自分を信じる気持ちが強いからである。これもまた豪傑の一つの失敗である、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『及門遺範』・諸学の長短を見て短を捨てる一、先生文学に於いて、古今を網羅し、衆説を会華し、之を聖経に断ず。謂ふ、漢儒博士の学は、訓詁を先にして実用を疎んじ、甚だしきは讖緯の言に流れ、大いに聖人の道を害す。宋儒は陋習を一洗し、躬行心術を説く、其の見卓なり。然れども自信太だ過ぎ、前賢を蔑視し、以て二千年絶学を継ぐと為す。後学の弊に至りては、則ち或いは濂洛有るを知りて、洙泗有るを知らず。明人の言に、敢へて周公孔子を非るも、敢へて宋人を非らず、と。亦た誣に非ざる者有り。而して自ら藩籬を設け、門戸を立て、己に異なる者を見れば、則ち排擯して異学と為し、汎く愛し衆を容るる能はず。陳同甫は英邁の才を以て大義を倡へ、其の王覇の弁は、一得無きに非ず。然れども豪気過甚にして、其の言も亦た醇ならざる者有り。王伯安は一代の人豪にして、其の物に就きて理を窮むるを支離と謂ふは、亦た一理有るが如し。然れども自ら聡明を恃み、禅機に浸淫して、則ち聖人の旨を失ふ。明清考証の学は、経を解すること精密なり。然れども或いは砕細に務めて大義を遺し、一失無きに非ず。熊沢氏は才識絶倫なれども、偏に王学を信ずるは、則ち未だ得たりと為さず。山崎氏は節義を磨礪して風教に益有り、然れども狭隘にして僻説多し。伊藤氏は論語を以て宇宙第一の書と為し、□充の義を説くは、卓見と謂ふべし。然れども道を見ること平易に過ぎ、亦た一偏に流る。荻生氏は雄才卓識、古今を圧倒す。然れども英雄人を欺き、経を説くこと牽強多く、道を以て先王の造作する所と為し、君臣の名、華夷の分を知らず。新井氏は聡明絶倫、経綸の才なり。然れども君臣名分に至りては、則ち大いに其の義を失す。此れ皆長有り短有り、短を舎て長を取り、聖経を以て根拠とせば、庶幾くは其れ倍かざらん。安謂へらく、義公嘗て曰く、先賢各々見る所有り、広く蒐め博く採り、之を用ひて偏せざれば則ち善し。偏見を執り、一隅に拘泥するは、儒中の異端なり、と。先生は蓋し公の遺意を奉ずるなり。
-
『近思録』巻3 致知「易に聖人の道四つ有り。以て言ふ者は其の辞を尚び、以て動く者は其の変を尚び、以て器を制する者は其の象を尚び、以て卜筮する者は其の占を尚ぶ」。吉凶消長の理、進退存亡の道は、辞に備はる。辞を推し卦を考ふれば、以て変を知るべし。象と占とは其の中に在り。「君子居れば則ち其の象を観て其の辞を玩び、動けば則ち其の変を観て其の占を玩ぶ」。辞に得て其の意に達せざる者は之有り、未だ辞に得ずして能く其の意に通ずる者有らざるなり。至微なる者は理なり、至著なる者は象なり。体用一源、顕微無間なり。「会通を観て以て其の典礼を行ふ」ときは、則ち辞備はらざる所無し。故に善く学ぶ者は言を求むること必ず近きよりす。近きを易る者は、言を知る者に非ざるなり。予の伝ふる所の者は辞なり。辞に由りて以て意を得るは、則ち人に在り。伊川先生張閎中に答ふる書に曰く、易伝未だ伝へざるは、自ら精力の未だ衰へざるを量り、尚ほ少しく進む有らんことを覬(こひねが)ふのみ。来書に云ふ、「易の義は本数より起こる」と。義数より起こると謂ふは則ち非なり。理有りて後に象有り、象有りて後に数有り。易は象に因りて以て理を明らかにし、象に由りて以て数を知る。其の義を得れば則ち象数其の中に在り。必ず象の隠微を窮め、数の毫忽を尽くさんと欲するは、乃ち流れを尋ねて末を逐ふなり。術家の尚ぶ所にして、儒者の務むる所に非ざるなり。時を知り勢を識るは、易を学ぶの大方なり。大畜の初二は、乾体剛健なるも、以て進むに足らず。四五は陰柔にして能く止む。時の盛衰、勢の強弱は、易を学ぶ者の宜しく深く識るべき所なり。諸卦の二五は、位に当たらずと雖も、多く中を以て美と為す。三四は位に当たると雖も、或いは中ならざるを以て過ちと為す。中は常に正より重し。蓋し中なれば則ち正に違はず、正は必ずしも中ならず。天下の理は中より善きは莫し、九二六五に於て見るべし。問ふ、胡先生九四を解して太子と作す、恐らくは是れ卦の義にあらざらん。
-
『童子問』卷下易は以て陰陽を道ふ。昔聖人卦爻を画して、以て陰陽消長の変を尽くす。老ゆれば則ち変じ、満つれば必ず損ず。故に盈満を避けて退損に処る者は、易の教なり。孔子曰く、我に数年を加へ、五十にして以て易を学ばば、以て大過無かるべしと。是れなり。六十四卦、三百八十四爻、其の義多しと雖も、然れども夫子の大過無かるべしの一言、以て之を蔽ふに足れり。論語に曰く、礼は其の奢らんよりは寧ろ倹せよと。又曰く、奢れば則ち不孫、倹なれば則ち固なり。其の不孫ならんよりは寧ろ固なれと。孝経に曰く、節を制し度を謹めば、満ちて溢れず、高くして危からずと。皆此の意に非ざる莫し。夫れ陰陽の消長は、変遷方無く、進退恒無く、一を執りて守り難し。故に論語に曰く、与に共に立つべし、未だ与に権るべからずと。孟子曰く、中を執りて権無きは、猶一を執るがごときなりと。亦皆易の理に非ざる莫し。古者易学、自ら二家有り。彖・象の二篇は儒家の易なり。文言も亦然り。蓋し専ら彖の義を述べて、皆陰陽消長の理を論じて、之を人事に推し、一も卜筮に及ぶ者無し。繋辞・説卦等の篇は、専ら卜筮を主として言ふ。欧陽子以て筮師の書と為す、是れなり。蓋し義の卜筮と相反す。義を言へば則ち卜策を言ふことを須ゐず。卜筮に従へば則ち義を捨てざること能はず。故に論孟の二書、卜筮を言はざる者は、此れを以てなり。程伝は繋辞に従ふと雖も、其の実は彖象の理と相合す。当に之に従ふべし。
-
『及門遺範』・老荘を斥ける一、先生専ら正学に力め、曲芸小技を好まず。而して記聞の俗学を視ること、亦た他の雑芸と等し。素より晋人清談の流れを喜ばず、尤も老荘の学を悪む。謂ふ、老氏は陽には恬澹無為を唱へて、陰には自ら聡明を恃み、智術を貴び、古人の轍迹を蹈むを欲せず。聖人を譏るに非ざるも、別に一箇の見を立つ。其の流れ申韓と為る。司馬子長が申韓を老荘と同伝するは、卓識と謂ふべし、と。故に先生の老子の書を説くは、王弼等と別を覓む。戯れに人に謂ひて曰く、我老子の像を造り、其の頭を撃ちて節と為し、以て其の書を説かんと欲す、亦た一快ならん、と。而して其の解説する所、皆前人の未だ発せざる所なり。
-
『及門遺範』・儀礼経伝通解と朱子の実学一、先生嘗て儀礼経伝通解を以て安に授け、之を読ましめて曰く、朱考亭は実学を講究し、其の事業に施さんとするの志は、是の書に其の本色を見るべし。野中兼山命じて之を梓に鏤むは、紫陽の真面目を得たりと謂ふべし、と。安謂へらく、聖人の道は、己を修め人を治め、外内を合するに在り。考亭の性理を論ずるは、己を修むる所以、此の書を編むは、人を治むる所以なり。故に其の戊申封事等の書を見れば、亦た事業に施すの志を観るべし。世に朱学と称する者は、多く己を修むるを言ひて人を治むるを遺す。其の聖人の大道に倍くは固より論ずる亡く、考亭の意に於いても、亦た一端を偏挙して全旨を失ふ。考亭をして之を聞かしめば、其れ之を何とか謂はん。
-
『及門遺範』・経文を先に注釈を後に一、経書を看る者は、之をして先づ経文に就きて熟読玩味せしめ、或いは一篇の中、前後相照応喚呼する者、或いは他書の中、其の意義の彼此互ひに相発すべき者を、一一指示し、又之をして自ら思ひて之を得、融会貫通し、感発興起する有らしめ、然る後に稍や伝注に就きて疑義を質す。蓋し之をして時に意会有らしむる所以にして、亦た未だ必ずしも其の甚解を要せざるなり。近世耳学の人、或いは未だ経文を熟読せずして、先づ伝注を看、伝注先入主と為り、経文客と為る。其の弊、徒らに後儒の説を信じて経文を信ぜざるに至り、経文反って後儒の注脚と為る。亦た聖経の一厄なり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る