及門遺範 / 周官と封建の実情
一先生好讀周官、聖人經緯、天地網紀、國家□悉備於此書、其發明之說、大抵前賢所未發、而其說寄軍令於內政、與管仲治齊同意、司馬之軍制、即司徒之六鄕、治之之法、多與今制合、西土諸儒、在郡縣之世、而說封建之制、多紙上之談、不可盡信、今世目見封建之勢、論周室封建之世、愈覺其的切事情、不獨軍制爲然、安聽此言、恍然如有發蒙、始知此書之切於實用、信先生之厚覬也、
新字:一先生好読周官、聖人経緯、天地網紀、国家□悉備於此書、其発明之説、大抵前賢所未発、而其説寄軍令於内政、与管仲治斉同意、司馬之軍制、即司徒之六郷、治之之法、多与今制合、西土諸儒、在郡県之世、而説封建之制、多紙上之談、不可尽信、今世目見封建之勢、論周室封建之世、愈覚其的切事情、不独軍制為然、安聴此言、恍然如有発蒙、始知此書之切於実用、信先生之厚覬也、
書き下し
一、先生周官を読むを好む。聖人の経緯、天地の網紀、国家□悉く此の書に備はる。其の発明の説、大抵前賢の未だ発せざる所にして、其の説、軍令を内政に寄す、管仲の斉を治むると同意なり。司馬の軍制は、即ち司徒の六郷にして、之を治むるの法は、多く今制と合す。西土の諸儒は、郡県の世に在りて、封建の制を説く、多く紙上の談にして、尽くは信ずべからず。今世、目に封建の勢を見て、周室封建の世を論ずれば、愈々其の事情に的切なるを覚ゆ。独り軍制のみ然るに非ず、と。安此の言を聴き、恍然として蒙を発くが如く有り、始めて此の書の実用に切なるを知る。信に先生の厚覬なり。
現代語訳
一 先生は『周官』(周礼)を読むのを好みました。聖人の天下を治める縦糸と横糸、天地の大綱、国家に(底本で判読できない字)(底本で判読できない一字)に関するすべてが、この書に備わっている、と。先生が明らかにした説は、たいてい昔の賢人がまだ述べなかったもので、その説は、軍の命令系統を国内の行政に寄せるというもので、管仲が斉を治めたのと同じ考えです。司馬(軍事)の軍制は、司徒(民政)の六郷にあたり、その治め方の多くは、今の制度と合致しています。中国の学者たちは、郡県制の世にあって封建制を説くので、多くが机上の空論で、すべては信じられません。今の世は目の前に封建制の情勢を見ているので、周王室の封建の世を論じると、いっそう実情に合致していると感じる、と。そして軍制だけでなく、他のことも同様である、と。私はこの言葉を聞いて、ぼんやりしていた蒙が開けたように感じ、初めてこの書が実用に切実なものだと知りました。まことに先生の深い期待でした。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『及門遺範』・名分と典章制度の研究一、先生は春秋尊王攘夷の義に原づき、尤も名分に謹む。君臣上下の際、華夷内外の弁、之を論ずること極めて詳明なり。行文措辞、其の名分に渉る者は、片言隻字と雖も、未だ嘗て容易に筆を下さず。而して最も思ひを神聖経綸の業に致し、典章制度を講究し、立論精確なり。蒲生君臧も亦た務めて典故を講究し、発明する所往々人の意表に出づ。人に謂ひて曰く、我天下を周流して、未だ嘗て英才卓識の子定の如き者を見ず、と。而して先生も亦た数々君臧を嗟称し、特に前後に儔罕なりと見る。其の来遊する毎に、門人をして就きて質問せしめ、曰く、奇士を得て従遊せば、以て才気を長ずべし、と。而して門人の益を得る者も、亦た尠からず。
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『及門遺範』・人物批評を戒め咀嚼を説く一、先生人物を臧否するを喜ばず。安の業を受くるや、資治通鑑を授けて、綱目・歴史綱鑑等の書に及ばず。謂へらく、綱目は書法謹厳なれども、其の附載する所の書法発明等は、多く古人を譏議す。少年をして之を読ましむれば、其の弊、議論太だ過ぎ、人を責むること苛酷にして、忠厚の意を失ふを恐る。甚しきは人の悪を称するを好むに至る。綱鑑等も亦た然り、と。又謂へらく、山崎氏の書は、其の節義の気を興起すること甚だ佳なり。然れども論ずる所過密にして、人心をして狭隘ならしめ、不仁を疾むこと已甚し。徳器を長養する所以に非ず、と。 一、先生毎に陶淵明の語を誦して曰く、書を読むを好んで甚解を求めず、意会する有る毎に、欣然として食を忘る、と。書を読みて甚解を求むれば、其の能く実に之を解する者は蓋し鮮し。但だ其の意会有りて、欣然として食を忘るるに至るは、甚解せずと雖も、実に能く之を解する者なり、と。又曰く、咀嚼の二字は、読書の要訣なり。書を読みて咀嚼玩味する能はず、忽忽として看過せば、日に十百巻を誦すと雖も、大抵耳食の徒たるを免れず、と。又曰く、古人謂ふ、眼光紙背に透る、と。是れ真に能く書を読む者なり。徒らに古人の糟粕を嘗め、活眼を開きて以て肯綮の処を看破する能はず、陳言疏迹を誦習するも、見る所紙面の文字に過ぎざるは、之を能く書を読む者と謂ふべからず、と。安謂へらく、能く咀嚼有りて、而る後に眼光紙背に透る。此くの如くなれば、則ち意会して食を忘るるも、亦た其の中に在り、と。
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『及門遺範』・先生の学問と早世一、先生経史を講究し、学として該ねざる無し。而して聖人経綸の事業に於いて尤も力を致す。内には則ち天神の創業、列聖の継述より、以て皇綱□紐、武人政を為すに至り、外には則ち堯舜周孔の政を立て教を明らかにするより、漢唐宋明の治乱興衰、以て身毒西洋の形勢沿革、異教の民を罔し呑併して毒を肆にするの跡に至るまで、上下数千載、原委を推究し、臧否を甄別す。礼楽制度、経国治民の規模、人情風俗の変態、之を論ずること掌を指すが如し。而して古を稽へ今に徴するに、幕府の法令、及び我が東藩の政治教禁より、之を文書に徴し、之を口碑に求め、断簡破牘、俚言瑣語と雖も、採録蒐羅せざる莫し。其の鈔録記載、積みて汗牛充棟に至る。門人著述して編を成さんことを請ふ。先生曰く、吾が学既に諸れを事業に試すを得ず。之を文字に托するも、亦た以て已むべからず。我将に年知命に至るを待ち、然る後に著作する所有らんとす、と。其の言未だ遂ぐるに及ばず、五十三を以て終はる。実に文政九年丙戌冬十一月朔なり。今を距つること二十余年、門人も亦た離合聚散し、凋謝尠からず。往事を追懐し、泫然として之を書す。
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『及門遺範』・儀礼経伝通解と朱子の実学一、先生嘗て儀礼経伝通解を以て安に授け、之を読ましめて曰く、朱考亭は実学を講究し、其の事業に施さんとするの志は、是の書に其の本色を見るべし。野中兼山命じて之を梓に鏤むは、紫陽の真面目を得たりと謂ふべし、と。安謂へらく、聖人の道は、己を修め人を治め、外内を合するに在り。考亭の性理を論ずるは、己を修むる所以、此の書を編むは、人を治むる所以なり。故に其の戊申封事等の書を見れば、亦た事業に施すの志を観るべし。世に朱学と称する者は、多く己を修むるを言ひて人を治むるを遺す。其の聖人の大道に倍くは固より論ずる亡く、考亭の意に於いても、亦た一端を偏挙して全旨を失ふ。考亭をして之を聞かしめば、其れ之を何とか謂はん。
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『及門遺範』・経文を先に注釈を後に一、経書を看る者は、之をして先づ経文に就きて熟読玩味せしめ、或いは一篇の中、前後相照応喚呼する者、或いは他書の中、其の意義の彼此互ひに相発すべき者を、一一指示し、又之をして自ら思ひて之を得、融会貫通し、感発興起する有らしめ、然る後に稍や伝注に就きて疑義を質す。蓋し之をして時に意会有らしむる所以にして、亦た未だ必ずしも其の甚解を要せざるなり。近世耳学の人、或いは未だ経文を熟読せずして、先づ伝注を看、伝注先入主と為り、経文客と為る。其の弊、徒らに後儒の説を信じて経文を信ぜざるに至り、経文反って後儒の注脚と為る。亦た聖経の一厄なり。
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『及門遺範』・偽書の弁別と善を取る度量一、古文尚書・孝経孔伝・孔子家語は、後人の偽作なること、東(神州)西(漢土)の諸儒之を弁じ、既に明説有り。先生蚤歳に亦た之を弁明し、舜典二十八字考有り。又安国の孝経序の偽造の跡を弁じ、鑿鑿として確拠有り。時に太田公幹考証学を倡へ、経義を論説し、大いに発明する所有り。其の古文の繆妄を弁ずること、極めて詳悉なり。先生毎に其の博大を推称し、門人をして其の著す所の書を謄写せしめ、或いは之をして其の門に游びて業を受けしむ。是を以て門下の士、経書を講論して、公幹に得る有る者も亦た多し。先生善を人に取りて、彼此を挟まざること此くの如し。公幹も亦た先生と相懽ぶこと甚だ厚く、嘗て送序有りて曰く、天下の英雄は、公と我のみ、と。蓋し公幹の長ずる所は明経に在りと雖も、先生の志は則ち事業に在り。故に英雄を以て目するなり。

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