及門遺範 / 名分と典章制度の研究
一先生原於春秋尊王攘夷之義、尤謹於名分、君臣上下之際、華夷內外之辨、論之極詳明、行文措辭、其涉名分者、雖片言隻字、未嘗容易下筆、而最致思於 神聖經綸之業、講究典章制度、立論精確、蒲生君臧亦務講究典故、所發明往往出人意表、謂人曰、我周流天下、未嘗見英才卓識如子定者、而先生亦數嗟稱君臧、特見前後罕儔、每其來遊、使門人就而質問焉、曰、得奇士而從遊、可以長才氣、而門人得益者、亦爲不尠矣、
新字:一先生原於春秋尊王攘夷之義、尤謹於名分、君臣上下之際、華夷内外之弁、論之極詳明、行文措辞、其渉名分者、雖片言隻字、未嘗容易下筆、而最致思於 神聖経綸之業、講究典章制度、立論精確、蒲生君臧亦務講究典故、所発明往往出人意表、謂人曰、我周流天下、未嘗見英才卓識如子定者、而先生亦数嗟称君臧、特見前後罕儔、毎其来遊、使門人就而質問焉、曰、得奇士而従遊、可以長才気、而門人得益者、亦為不尠矣、
書き下し
一、先生は春秋尊王攘夷の義に原づき、尤も名分に謹む。君臣上下の際、華夷内外の弁、之を論ずること極めて詳明なり。行文措辞、其の名分に渉る者は、片言隻字と雖も、未だ嘗て容易に筆を下さず。而して最も思ひを神聖経綸の業に致し、典章制度を講究し、立論精確なり。蒲生君臧も亦た務めて典故を講究し、発明する所往々人の意表に出づ。人に謂ひて曰く、我天下を周流して、未だ嘗て英才卓識の子定の如き者を見ず、と。而して先生も亦た数々君臧を嗟称し、特に前後に儔罕なりと見る。其の来遊する毎に、門人をして就きて質問せしめ、曰く、奇士を得て従遊せば、以て才気を長ずべし、と。而して門人の益を得る者も、亦た尠からず。
現代語訳
一 先生は『春秋』の尊王攘夷の義に基づき、とりわけ名分に慎重でした。君臣上下の関係、華夷内外の区別を論じることがきわめて詳しく明快でした。文章を書き言葉を選ぶとき、名分にかかわることは、たとえ一言一字でも、決して軽々しく筆を下ろしませんでした。そして、とくに神聖な方々(歴代の天皇)の国を治める事業に思いを致し、典章制度(法令・制度)を研究し、立論は精密でした。蒲生君臧もまた努めて典故を研究し、新たに明らかにする点はしばしば人の意表を突きました。君臧は人に「私は天下を巡り歩いたが、英才で見識の優れた子定(同門か先輩の人物と思われます)のような人を見たことがない」と語りました。先生もたびたび君臧をほめ、前後にも比類が少ない人だと見ていました。君臧が訪ねてくるたびに、門人をその席に行かせて質問させ、「優れた士を得て従い学べば、才気を伸ばせる」と言いました。門人でその益を得た者も少なくありませんでした。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『及門遺範』・忠孝を教えの根本とする一、先生人に教ふるは、専ら忠孝に在り。蓋し先生は至性純孝にして、慷慨義を好む。其の幼にして善く親に事へ、弱冠にして喪に居り、疾痛悲哀、心を持すること三年を制し、書を著して古今の執喪の得失を論ず。門人受け読み、往々之に倣ひ、三年の哀を尽くす。其の孝を推して以て人に及ぼす者此くの如し。忠義も亦た天性に出づ。成童にして保建大記を読み、憤発興起し、此より書を読むを好むこと、他日に倍す。十八歳にして正名論を著し、君臣の大義を言ふ。其の子弟に教ふるに忠孝を以てする者は、此に本づくなり。 一、先生尤も君臣の義を重んず。恒に人に語りて曰く、天祖統を垂れ、天孫継承し、三器を奉じて以て宇内に照臨す。皇統緜緜として、天壌と窮まり無きこと、実に天祖の命ずる所の如し。是れ神州の四海万国に冠たる所以にして、天祖天孫は固より天と一なり。世世相襲ぎ、天津日高騰極と号し、之を日嗣と謂ふ。神天合一にして、殷周の天に配するも尚ほ天と二と為すを免れざる者と同じからず、と。先生の国躰を論ずる、其の大旨此くの如し。蓋し義公の遺意を奉ずと云ふ。而して時に皇国学者と称する者の荒唐不経の談を道ふは、則ち亦た取らざる所なり。
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『及門遺範』・実行を先に・善を伸ばす一、先生人に教ふるに虚文を後にして実行を先にす。然れども文墨の業も亦た廃する所に非ず。要は人をして其の長ずる所を尽くさしむるに在り。其の実行の如きは、務めて善を長ずるに在り、悪を責むるに拘拘とせず。是を以て人も亦た善を為すに勧み、悪を為すを恥づ。蓋し名節を磨礪するの効、然りと為すなり。平居人の善を称するを好み、其の悪を道ふを喜ばず。人を待つに寛厚にして、自ら持すること厳正なり。人之を親愛して、敢へて狎褻せず。其の感ずる所有りて、肝胆を吐露するに至っては、則ち庸人儒夫と雖も、亦た揚揚然として激昂憤発せざる莫し。其の善く人を誘ふこと此くの如し。 一、先生の誨ふるは、恭遜を以て先と為す。安の幼きとき、毎に忿争を戒む。書を読み古人孝弟忠信の事に遇へば、屡々説話し、耳を提ぐるが有るが如し。常に諸葛武侯の子を戒むるの語を誦す。言ひて尚ほ耳に在り。或いは親朋と国事を談論するも、小子輩をして之を聞かしめず。安輩も亦た専ら書を読み疑ひを質し、敢へて闕党の童子と為らず。故に時に天下の事を聞くと雖も、一国の吏事の臧否を知らず。蓋し先生の誨ふるは、其の器の晩成を欲して、速成を欲せざるなり。又屡々義公の言を誦して曰く、童子は当に童子たるべし、と。切に時政を譏議するを誡むるも、亦た此の意なり。然れども少年の鋭気の人は、多く激励の言を悦び、戒勅の意を思はず、狂簡斐然として、之を裁する所以を忘る。亦た先生の意に非ざるなり。
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『及門遺範』・才に応じて人を導く一、先生幼にして神童を以て称せられ、立原先生、最も其の才を愛す。少年より交はる所、一時の豪傑は、高山仲縄・蒲生君臧の如き、慷慨して天下を憂へ、毎に肝胆を以て相許す。木村子虚の如きは忠憤国に報い、僧実源は高邁にして義を好み、皆情好親善なり。其の経生学士文人墨客、杉山・高橋・青山以下の諸子の如きは、則ち固より論ずる亡し。而して増子の寛厚、池原の俊爽、川瀬の勇決の如きは、読書の士に非ずと雖も、亦た当世の人傑にして、相信ずること最も深し。川瀬は恒に先生を称して、無学の門人予の如き者有るも、亦た一奇と為す、と。此れ戯言なりと雖も、亦た其の友を取るに、用舎好悪偏倚する所無きを観るべし。其の他の俊彦、以て武人・俗吏・農夫・賈豎に及ぶまで、苟くも志気有り、材芸有る者は、慫慂勧励し、寸長片善と雖も、之を採りて之を勲し、各々其の才の長ずる所に随ひて之を導き、懐を開き説話し、底蘊を傾倒すれば、其の人恍然として心酔せざる莫し。其の子弟を教育するは、其の材の長ずる所、性の好む所に随ひて、指示開導す。毎に謂ふ、世儒の人に教ふるは、多く一箇の格法を把持し、其の面目気臭をして尽く一様の態度と作らしめんと欲し、毫も其の区画範囲を出づるを許さず。金を冶して型より出だすが如く、整整然として一様の形状ならしむ。聖人の徳を成し材を達するの道に非ず。皆後儒の説を偏信し、聖人の言を侮るに至るを知らざるに坐するなり、と。
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『及門遺範』・先生の学問と早世一、先生経史を講究し、学として該ねざる無し。而して聖人経綸の事業に於いて尤も力を致す。内には則ち天神の創業、列聖の継述より、以て皇綱□紐、武人政を為すに至り、外には則ち堯舜周孔の政を立て教を明らかにするより、漢唐宋明の治乱興衰、以て身毒西洋の形勢沿革、異教の民を罔し呑併して毒を肆にするの跡に至るまで、上下数千載、原委を推究し、臧否を甄別す。礼楽制度、経国治民の規模、人情風俗の変態、之を論ずること掌を指すが如し。而して古を稽へ今に徴するに、幕府の法令、及び我が東藩の政治教禁より、之を文書に徴し、之を口碑に求め、断簡破牘、俚言瑣語と雖も、採録蒐羅せざる莫し。其の鈔録記載、積みて汗牛充棟に至る。門人著述して編を成さんことを請ふ。先生曰く、吾が学既に諸れを事業に試すを得ず。之を文字に托するも、亦た以て已むべからず。我将に年知命に至るを待ち、然る後に著作する所有らんとす、と。其の言未だ遂ぐるに及ばず、五十三を以て終はる。実に文政九年丙戌冬十一月朔なり。今を距つること二十余年、門人も亦た離合聚散し、凋謝尠からず。往事を追懐し、泫然として之を書す。
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『及門遺範』・周官と封建の実情一、先生周官を読むを好む。聖人の経緯、天地の網紀、国家□悉く此の書に備はる。其の発明の説、大抵前賢の未だ発せざる所にして、其の説、軍令を内政に寄す、管仲の斉を治むると同意なり。司馬の軍制は、即ち司徒の六郷にして、之を治むるの法は、多く今制と合す。西土の諸儒は、郡県の世に在りて、封建の制を説く、多く紙上の談にして、尽くは信ずべからず。今世、目に封建の勢を見て、周室封建の世を論ずれば、愈々其の事情に的切なるを覚ゆ。独り軍制のみ然るに非ず、と。安此の言を聴き、恍然として蒙を発くが如く有り、始めて此の書の実用に切なるを知る。信に先生の厚覬なり。
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『及門遺範』・偽書の弁別と善を取る度量一、古文尚書・孝経孔伝・孔子家語は、後人の偽作なること、東(神州)西(漢土)の諸儒之を弁じ、既に明説有り。先生蚤歳に亦た之を弁明し、舜典二十八字考有り。又安国の孝経序の偽造の跡を弁じ、鑿鑿として確拠有り。時に太田公幹考証学を倡へ、経義を論説し、大いに発明する所有り。其の古文の繆妄を弁ずること、極めて詳悉なり。先生毎に其の博大を推称し、門人をして其の著す所の書を謄写せしめ、或いは之をして其の門に游びて業を受けしむ。是を以て門下の士、経書を講論して、公幹に得る有る者も亦た多し。先生善を人に取りて、彼此を挟まざること此くの如し。公幹も亦た先生と相懽ぶこと甚だ厚く、嘗て送序有りて曰く、天下の英雄は、公と我のみ、と。蓋し公幹の長ずる所は明経に在りと雖も、先生の志は則ち事業に在り。故に英雄を以て目するなり。

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