及門遺範 / 孝経から入る教育の順序
一世俗業儒者、久承五山僧徒之陋習、令幼童先誦文選、先生則先授孝經、次之以四書五經、(四書五經之【目/日】出於後人所論、先生授幼童讀之者、姑從時俗所習熟、不欲苟爲崖異也、)時時於習讀中、取其易喩者一二件、輕輕開說、比句讀稍熟、畧曉文義、乃使之讀史記左傳國語漢書等、遇其有可與起心志者、娓娓講解、使人不知倦、時吟誦前賢詩文、以感發其志氣、或談論古今嘉言懿行禮樂制度政敎刑兵措置之得失、君臣父子之名分恩義、四海萬國之形勢變革、華夷內外之辨、一一指示、因其憤悱而啓發之、其講經、務明大義、合德行事業爲一、使人自入聖賢區畫槖籥中識見日開、不自知焉、先生誨人之次序、大要如此、然成德達材、皆因其人資質、不必規規於一律也、
新字:一世俗業儒者、久承五山僧徒之陋習、令幼童先誦文選、先生則先授孝経、次之以四書五経、(四書五経之【目/日】出於後人所論、先生授幼童読之者、姑従時俗所習熟、不欲苟為崖異也、)時時於習読中、取其易喩者一二件、軽軽開説、比句読稍熟、略暁文義、乃使之読史記左伝国語漢書等、遇其有可与起心志者、娓娓講解、使人不知倦、時吟誦前賢詩文、以感発其志気、或談論古今嘉言懿行礼楽制度政教刑兵措置之得失、君臣父子之名分恩義、四海万国之形勢変革、華夷内外之弁、一一指示、因其憤悱而啓発之、其講経、務明大義、合徳行事業為一、使人自入聖賢区画槖籥中識見日開、不自知焉、先生誨人之次序、大要如此、然成徳達材、皆因其人資質、不必規規於一律也、
書き下し
一、世俗儒を業とする者、久しく五山僧徒の陋習を承け、幼童をして先づ文選を誦せしむ。先生は則ち先づ孝経を授け、次ぐに四書五経を以てす。(四書五経の目は後人の論ずる所に出づ。先生幼童に授けて之を読ましむるは、姑く時俗の習熟する所に従ひ、苟くも崖異を為すことを欲せざるなり。)時時習読の中に於いて、其の喩し易き者一二件を取り、軽軽に開説す。句読稍熟し、畧文義を暁るに比びて、乃ち之をして史記・左伝・国語・漢書等を読ましむ。其の与に心志を起こすべき者に遇へば、娓娓として講解し、人をして倦むを知らざらしむ。時に前賢の詩文を吟誦し、以て其の志気を感発し、或いは古今の嘉言懿行、礼楽制度、政教刑兵措置の得失、君臣父子の名分恩義、四海万国の形勢変革、華夷内外の弁を談論し、一一指示し、其の憤悱に因りて之を啓発す。其の経を講ずるは、務めて大義を明らかにし、徳行事業を合して一と為し、人をして自ら聖賢区画槖籥の中に入り、識見日に開くも、自ら知らざらしむ。先生の人を誨ふる次序、大要此くの如し。然れども徳を成し材を達するは、皆其の人の資質に因り、必ずしも一律に規規とせざるなり。
現代語訳
一 世間で儒学を業とする者は、長く五山の僧侶たちの古いならわしを受け継いで、幼い子にまず『文選』を暗誦させていました。先生はそうではなく、まず『孝経』を授け、次に四書五経を教えました。(四書五経という区分は後の人の議論から出たものです。先生が幼い子に教えて読ませたのは、ひとまず世間が慣れ親しんだやり方に従ったもので、いたずらに変わったことをしようとは思わなかったからです。)折にふれて、読み習う中から分かりやすい箇所を一つ二つ取り上げて、気軽に説き聞かせました。句読(文章の読み方)に少し慣れ、文の意味が大まかに分かるようになってから、『史記』『左伝』『国語』『漢書』などを読ませました。そして心を奮い立たせるにふさわしい箇所に出会うと、倦むことなく熱心に講じ、聞く人に飽きを感じさせませんでした。また時に古い賢人の詩文を吟じてその志気を呼び起こし、あるいは古今のよい言葉と立派な行い、礼楽や制度、政治・教化・刑罰・軍事の処置の良し悪し、君臣・父子の名分と恩義、世界各国の情勢の移り変わり、華夷・内外のけじめなどを語り、一つ一つ示して、学ぶ者が悶々として言い表せないでいるところを見計らって導き開きました。経書を講じるときは、大義を明らかにすることに努め、徳行と事業を一つに合わせて、聞く人が自然と聖賢の道のうちに入り、見識が日に日に開けていくのに自分では気づかないようにしました。先生の人の教え方の順序は、おおよそこのようなものです。ただし、徳を成し才能を伸ばすことは、みなその人の資質によるので、必ずしも画一的なやり方にこだわったわけではありません。
解説
この章句が説くこと
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『及門遺範』・経文を先に注釈を後に一、経書を看る者は、之をして先づ経文に就きて熟読玩味せしめ、或いは一篇の中、前後相照応喚呼する者、或いは他書の中、其の意義の彼此互ひに相発すべき者を、一一指示し、又之をして自ら思ひて之を得、融会貫通し、感発興起する有らしめ、然る後に稍や伝注に就きて疑義を質す。蓋し之をして時に意会有らしむる所以にして、亦た未だ必ずしも其の甚解を要せざるなり。近世耳学の人、或いは未だ経文を熟読せずして、先づ伝注を看、伝注先入主と為り、経文客と為る。其の弊、徒らに後儒の説を信じて経文を信ぜざるに至り、経文反って後儒の注脚と為る。亦た聖経の一厄なり。
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『及門遺範』・君子を学ぶ・儒者にならず一、先生孝経を談説するに、愛敬の二字を以て第一義と為し、仁孝一本の義を発す。之を曾孟の言に徴するに、鑿鑿として確拠有り。而して諸経を講論するには、必ず論語を以て首と為す。毎に大宝令に経を分ちて孝経・論語を教授せしむるを誦し、学者をして之を兼ね習はしむ。梅巷筆囊を著さんとして、粗ぼ端緒有るも、未だ就らずして即世す。誠に憾むべしと為す。然れども学者能く二書を熟読し、反復玩味して、果たして意会有らば、庶幾くは先生の意に倍かざらん。 一、先生恒に言ふ、学者は学びて君子と為るなり、学びて儒者と為るに非ず。故に論語は君子の二字を以て始終す、と。又言ふ、道とは成人の道にして、儒者の私業に非ず。故に夫子は徳を成し材を達し、徳行有り、言語有り、政事有り、文学有り、各々其の人の長ずる所に因りて之を成就す。儒は則ち古は道芸を以て人に教ふ。周官に云ふ、儒は道を以て民を得、是れなり。故に夫子子夏を誨へて君子儒と為らしむるは、其の文学に長ずるを以てなり。周末道行はれず、門弟子各々其の学ぶ所を以て後輩に教授し、人称して儒者の道と為す。是れ聖人の本意に非ず。後学者は当に成人を以て自ら期すべく、必ずしも儒者と為るを要せず。学びて君子と為る、是れ則ち孔門の学なり、と。安謂へらく、義公士臣に諭して曰く、士は以て道を学び人倫の義を知らざるべからず。匹夫の勇は貴ぶ所に非ず。道を学び義を知らば、寡人と雖も亦た儒なり、と。此れ儒を以て自ら処す。先生の意と同じからざるに似たり。蓋し公は則ち士大夫に学を勧む。所謂儒者も亦た唯だ道を学ぶ者を指して言ふのみ。而して其の意は人倫を明らかにするに在れば、則ち亦た学びて君子と為り、村夫子と為るに非ざるの謂ひなり。其の言異なりと雖も、其の意は則ち同じきなり。
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『和俗童子訓』巻之三・読書法右の名目小篇などを読み覚えて後、経書を教ふべし。初より文句長き読み難き経書を教へて、其気を屈せしむべからず。経書を教ふるには、まづ孝経の首章、次に論語学而の篇を読ましめ、皆熟読して後、その要義をもあらあら説き聞かすべし。小学四書は、最初より読みにくし。故にまづ右に云ふ所の文句の短きものを多く読ませて、次に小学を読ませ、後に四書五経を読ましむべし。
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『及門遺範』・実行を先に・善を伸ばす一、先生人に教ふるに虚文を後にして実行を先にす。然れども文墨の業も亦た廃する所に非ず。要は人をして其の長ずる所を尽くさしむるに在り。其の実行の如きは、務めて善を長ずるに在り、悪を責むるに拘拘とせず。是を以て人も亦た善を為すに勧み、悪を為すを恥づ。蓋し名節を磨礪するの効、然りと為すなり。平居人の善を称するを好み、其の悪を道ふを喜ばず。人を待つに寛厚にして、自ら持すること厳正なり。人之を親愛して、敢へて狎褻せず。其の感ずる所有りて、肝胆を吐露するに至っては、則ち庸人儒夫と雖も、亦た揚揚然として激昂憤発せざる莫し。其の善く人を誘ふこと此くの如し。 一、先生の誨ふるは、恭遜を以て先と為す。安の幼きとき、毎に忿争を戒む。書を読み古人孝弟忠信の事に遇へば、屡々説話し、耳を提ぐるが有るが如し。常に諸葛武侯の子を戒むるの語を誦す。言ひて尚ほ耳に在り。或いは親朋と国事を談論するも、小子輩をして之を聞かしめず。安輩も亦た専ら書を読み疑ひを質し、敢へて闕党の童子と為らず。故に時に天下の事を聞くと雖も、一国の吏事の臧否を知らず。蓋し先生の誨ふるは、其の器の晩成を欲して、速成を欲せざるなり。又屡々義公の言を誦して曰く、童子は当に童子たるべし、と。切に時政を譏議するを誡むるも、亦た此の意なり。然れども少年の鋭気の人は、多く激励の言を悦び、戒勅の意を思はず、狂簡斐然として、之を裁する所以を忘る。亦た先生の意に非ざるなり。
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『及門遺範』・才に応じて人を導く一、先生幼にして神童を以て称せられ、立原先生、最も其の才を愛す。少年より交はる所、一時の豪傑は、高山仲縄・蒲生君臧の如き、慷慨して天下を憂へ、毎に肝胆を以て相許す。木村子虚の如きは忠憤国に報い、僧実源は高邁にして義を好み、皆情好親善なり。其の経生学士文人墨客、杉山・高橋・青山以下の諸子の如きは、則ち固より論ずる亡し。而して増子の寛厚、池原の俊爽、川瀬の勇決の如きは、読書の士に非ずと雖も、亦た当世の人傑にして、相信ずること最も深し。川瀬は恒に先生を称して、無学の門人予の如き者有るも、亦た一奇と為す、と。此れ戯言なりと雖も、亦た其の友を取るに、用舎好悪偏倚する所無きを観るべし。其の他の俊彦、以て武人・俗吏・農夫・賈豎に及ぶまで、苟くも志気有り、材芸有る者は、慫慂勧励し、寸長片善と雖も、之を採りて之を勲し、各々其の才の長ずる所に随ひて之を導き、懐を開き説話し、底蘊を傾倒すれば、其の人恍然として心酔せざる莫し。其の子弟を教育するは、其の材の長ずる所、性の好む所に随ひて、指示開導す。毎に謂ふ、世儒の人に教ふるは、多く一箇の格法を把持し、其の面目気臭をして尽く一様の態度と作らしめんと欲し、毫も其の区画範囲を出づるを許さず。金を冶して型より出だすが如く、整整然として一様の形状ならしむ。聖人の徳を成し材を達するの道に非ず。皆後儒の説を偏信し、聖人の言を侮るに至るを知らざるに坐するなり、と。
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『翁問答』上卷之本然る如く稚き者の心立て身持ちも、父母乳母等の心立身持を見あやかり聞あやかるに因て、父母乳母の徳教を子孫に教ゆる根本とする故に、乳母の人柄を撰み、父母の身を治め、心正して全孝の道を、口に語り身に行ひて、教への根本を培養すべし、八ツ九ツにも成りぬる時は、生付利根なる者には、孝経を読せ、折々孝経の内急用なる芸より習はし、才徳成就の教へを専とすべし、生付愚鈍にして、才徳成就の望成り難きには、孝経の義理を何時となく語り聞せて、孝徳の本心を失はずして、好人となる教を専とす可し、成童の時よりの教は、師匠と友を撰ぶを教の肝要とす、扨すきわいは夫々の気用に従ひ、夫々の運命を考へて、本分の生理、士農工商の内をはかり定むべし、是子に教への大方なり、

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