匡正論 / 虚弱な者の備えと幼年の学びの仕方
虛弱の者も武藝のうち、何ぞ一身の安堵なるほどには一つ二つは是非に心がけ、且兵法抔吟味し、戰場にてはせめては一計をも獻じ奉らん事を嗜をき、儲又文事は才力にまかせて、いかにも才知一ぱいに學び得て、治國の用に立べき實學をなしたきもの也、儲又年十四五より内の武藝は餘り益なき者にて、殊に幼年の時より荒き事業のみさせて靜なる學書讀書の事をなれさせざれば、動もすれば、野鳥を蓄ふやうになりて、文學にうつり難き者也、父母の心得あるべき事也、且幼年の讀書の仕樣は、白文の書を一日に一二章程づゝ敎て、幾百遍も諳誦させるほど讀すべし、退屈せずして却て面白く進みて讀者也、熊澤了海も云り、學書は華樣にても隨分達者に寫物など出來る樣になるを主意として敎ゆべし、生得書に器用にして殊に書を好まば、古法帖などを目當として法帖の習はるゝ樣に仕込、且其生得是は何の風を書せば性に近からんと思ふ風を示さば、其成功速ならん、少年の士の手習をするとて、當世祐筆此國の俗間能書なりと持はやす書を、あたら月日を費して習ひ、能く似せんと志ざすはさりとては氣の毒なる者也、見師に過て師には半德を減す、と云へば、夫ほどの書學得て、又限りの見えたる事にて、□たる者、夫を能習ひ得て又何かせん、夫よりは何ほども寫さて叶はざる書もあるべし、それとも生得筆を把ること好ならば、古今に名ある書を摸臨するこそ誠の好と云なる可し、あまり過細なることなれども爰に記す也、儲又武藝の師も文學を心がけて叶はざる事をかりそめにも敎え、讀書の師も武藝を勵す樣に成さば、
新字:虚弱の者も武芸のうち、何ぞ一身の安堵なるほどには一つ二つは是非に心がけ、且兵法抔吟味し、戦場にてはせめては一計をも献じ奉らん事を嗜をき、儲又文事は才力にまかせて、いかにも才知一ぱいに学び得て、治国の用に立べき実学をなしたきもの也、儲又年十四五より内の武芸は余り益なき者にて、殊に幼年の時より荒き事業のみさせて静なる学書読書の事をなれさせざれば、動もすれば、野鳥を蓄ふやうになりて、文学にうつり難き者也、父母の心得あるべき事也、且幼年の読書の仕様は、白文の書を一日に一二章程づゝ教て、幾百遍も諳誦させるほど読すべし、退屈せずして却て面白く進みて読者也、熊沢了海も云り、学書は華様にても随分達者に写物など出来る様になるを主意として教ゆべし、生得書に器用にして殊に書を好まば、古法帖などを目当として法帖の習はるゝ様に仕込、且其生得是は何の風を書せば性に近からんと思ふ風を示さば、其成功速ならん、少年の士の手習をするとて、当世祐筆此国の俗間能書なりと持はやす書を、あたら月日を費して習ひ、能く似せんと志ざすはさりとては気の毒なる者也、見師に過て師には半徳を減す、と云へば、夫ほどの書学得て、又限りの見えたる事にて、□たる者、夫を能習ひ得て又何かせん、夫よりは何ほども写さて叶はざる書もあるべし、それとも生得筆を把ること好ならば、古今に名ある書を摸臨するこそ誠の好と云なる可し、あまり過細なることなれども爰に記す也、儲又武芸の師も文学を心がけて叶はざる事をかりそめにも教え、読書の師も武芸を励す様に成さば、
書き下し
虛弱の者も武藝のうち、何ぞ一身の安堵なるほどには一つ二つは是非に心がけ、且兵法抔吟味し、戰場にてはせめては一計をも獻じ奉らん事を嗜をき、儲又文事は才力にまかせて、いかにも才知一ぱいに學び得て、治國の用に立べき實學をなしたきもの也、儲又年十四五より内の武藝は餘り益なき者にて、殊に幼年の時より荒き事業のみさせて靜なる學書讀書の事をなれさせざれば、動もすれば、野鳥を蓄ふやうになりて、文學にうつり難き者也、父母の心得あるべき事也、且幼年の讀書の仕樣は、白文の書を一日に一二章程づゝ敎て、幾百遍も諳誦させるほど讀すべし、退屈せずして却て面白く進みて讀者也、熊澤了海も云り、學書は華樣にても隨分達者に寫物など出來る樣になるを主意として敎ゆべし、生得書に器用にして殊に書を好まば、古法帖などを目當として法帖の習はるゝ樣に仕込、且其生得是は何の風を書せば性に近からんと思ふ風を示さば、其成功速ならん、少年の士の手習をするとて、當世祐筆此國の俗間能書なりと持はやす書を、あたら月日を費して習ひ、能く似せんと志ざすはさりとては氣の毒なる者也、見師に過て師には半德を減す、と云へば、夫ほどの書學得て、又限りの見えたる事にて、□たる者、夫を能習ひ得て又何かせん、夫よりは何ほども寫さて叶はざる書もあるべし、それとも生得筆を把ること好ならば、古今に名ある書を摸臨するこそ誠の好と云なる可し、あまり過細なることなれども爰に記す也、儲又武藝の師も文學を心がけて叶はざる事をかりそめにも敎え、讀書の師も武藝を勵す樣に成さば、
現代語訳
虚弱の者も武芸のうち、何か一身の安堵になるほどのものを一つ二つは必ず心がけ、かつ兵法などを吟味し、戦場ではせめて一計を献じることを嗜んでおき、また文事は才力にまかせて、どこまでも才知いっぱいに学び得て、治国の用に立つべき実学をなしたいものです。また年十四、五より内の武芸はあまり益のないもので、特に幼年の時から荒いことばかりさせて静かな学書・読書に慣れさせなければ、ともすれば野鳥を飼うようになって、文学に移りにくいものです。父母が心得ておくべきことです。また幼年の読書の仕方は、白文の書を一日に一、二章ほどずつ教えて、幾百遍も暗誦させるほど読ませるのがよいでしょう。退屈せずかえって面白く進んで読むものです。熊沢了海も言っています。学書(習字)は華やかな様でも、ずいぶん達者に写し物などができるようになることを主意として教えるべきです。生まれつき書が器用で特に書を好むなら、古い法帖などを目当てとして法帖を習えるように仕込み、またその生まれつき、これはどんな風を書かせれば性に近いかと思う風を示せば、その成功は早いでしょう。少年の士が手習いをするといって、当世の祐筆やこの国の俗間で能書だともてはやされる書を、惜しい月日を費やして習い、よく似せようと志すのはまことに気の毒なことです。「見師に過ぎて師には半徳を減ず」と言うので、それほどの書を学び得ても、また限りの見えたことで、(底本で判読できない字)たる者、それをよく習い得てまた何になりましょう。それより、いくら写しても及ばない書もあるでしょう。それでも生まれつき筆を執ることが好きなら、古今に名のある書を模臨するのこそ誠の好みというべきでしょう。あまりに細かいことですがここに記します。また武芸の師も文学を心がけて、欠かせないことをかりそめにも教え、読書の師も武芸を励ますようにすれば、
解説
この章句が説くこと
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『匡正論』・家庭の教えと仁に根ざす忠自然と童蒙の風儀も宜かる可し、且父學文を好めば、其子不幸にして假令父の敎育に逢ずしても、自然と父の無學なる根よりは入易き事ある者也、武藝もまた此の如し、故に父母是を好み勵すは其成功格別の者也、父母の云ことは心易だてありて、當座は用ひざるやうなれども、詰る所は自然と父母のなすことはよきことゝ思ふ處あるものなり、今人子を持ん人其子の幼少よりして其心得あるべき事也、道を學ぶとて素讀より爲すとも、假名書にても大抵は知らるべければ、何ぞかたきことあらん、今の人其子の病めるに逢ふては神佛を禱りて種々の難苦を厭はざることを成ども、其子成長の上にて人に後ろ指さゝるゝ事をさほどには思はぬにや、此所を親たる人より心得て、其子常々嬉戲にも、心得有べき事也、併堯の子不肖と云類もあれば、一概には謂がたけれども、此等は格別の事なり、尋常の上には、幾らも親の心得違にて其子一生の害を殘す類多ければ、斯は云也、さて凡そ士は餘り都下の士の風を學び取廻もよく利口らしく見え、びん〱と小魚を筌に入れたる樣なるは好ぬ事にて、田舍武士の剛毅木訥の風よく仁には近からん、兎角百藝皆仁によるの心なくしては士の貴には足らざる也、心得べし、仁によるは則ち君に忠するなれば、たとへ其身不幸にて事の妨げにあひ、いつぱいの德業は成得ずとも、何卒人をして能學ばしめ國家の用に立しめんとする心こそ誠の忠と云可し、才智德行皆身より出し愉快なりとする者は、假令其身擧用せられても己れより賢なる人を君に進めて夫々の職に居らしむる事をもなさず、終に是を妬に至る、
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『匡正論』・才に応じた学びと虚学の戒め海舶來の和訓なき書の解するほどには誰もありたき者也、儲大才の質ならば如何にも博學成才を勤め治國平天下の大器にも當るべき盛德をなしたき事也、箇樣の英才は才に餘る事なれば武事も何も角も出來る者也、又さまてなき人の謾りに博學をなし、才器を弘るとて先經書をもさしをき、專ら文章を玩び、儒者諸生と是を競ひ、其風の儀も儒生めきたるは、相應に人も慕、詩或は文にても添削を請るゝ樣になり、或は傍書畫彫刻等も出來、人も持はやしなどすれば、終に自分も學文は出來たりと思ひ、一生是等の藝に終る者少きに非ず、畢竟才の短なる故に、大道に行及ばざるにても有べけれ共、博學の仁そこないなども有べき也、又初學の中に詩よりして入れば入易き事なれば、詩を作らしむるが癖となりて、詩人の風流を是として晉人の放逸を高しとし、經濟の事などを閒ては理屈めきて卑しとし、動もすれば、遨遊を催し、詩興を求め、隱逸の趣をなす。是等の風は士學の好ざること也、迚も才の餘りなき質ならば、詩文はさまで美事を書出さぬとも、如何にもして經書を熟讀して先王の義の大概には行はるゝほどの學文ならば本意なるべし、儲又其次なる才が晩學ならば、孝經論語尙書等の書を熟讀して、後世徂徠の二辨等を讀み、道は大抵箇樣なる者と合點するほどの本意なれば、道を政治に施事は成がたくとも、相應には今日の上にも疑も生じ、誤も十に一つは見ゆる樣にも有べければ、君父に事へて忠孝を志し、相應に諫めをも言ひ、君父をして不義に陷らしめず、何事にも大なる過は有まじければ、彼虛學に走り虛名を世に傳へて鼻高する輕薄者よりも、
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『匡正論』・才に応じた学び方と流派の弊徠翁の徠翁たる所は經學復古の業を以て盛なりとする事にて、實學の大才なれども、初學に敎ふるに詩文を以て敎らるゝ事故に、後世是を學者の罪にはあれども、遂に詩文の虛學者出來る事也、大に徠翁の心に非る可し、且つ徠翁は大才の豪傑なれば、詩文は勿論何も角も出來たる事也、人の知る所也、是を學者其才の餘りなき故に有することあたはず、諺に云ふまねする烏とやらん云樣にて、遂に虛學に陷る也、故に人々其才に從て、學び方敎へ方心得あり度事也、儲又武藝兵法を學にも其心得有度事也、大抵は徂翁の著書中にも處々あるが如く、詩文は武藝の中にても古は專らとして用ひ今はさまでの專用にあらざるもあるべく、又古の敎方と今の敎方と異もあるべく、無益の事に氣をつけずして、あたら月日を送るもあるべければ、徂徠の鈴錄抔に論ぜる所を工夫して、修行ありたき事也、兵法抔にて云へば、兵家諸流の輩、謙信の傳る所の武道は、日本武尊より傳來る和國正統の武道にて、治國修身の外他の道を假らずと云、孫吳をも異國の兵書なれば見るに及ばずなど云ふ、甚しきは六經論語をも見る事をふせぐに似たるもあり、文盲なる士は誠に此上もなきやうに思ひ、且つ其妄說により文學をもなさで濟む事と心得、得手勝手を云類もあり、大に害ある事ども也、又軍法と云へば城取など第一義として、繪圖或は小手三昧にて日月を費し精力を勞するもあり、又兵法の理などは少し文才ある者は一覽にてさらりと會得する事なども、師家よりの傳來なりとて聞かで叶ざることをばさしをき、幾度の講釋三度の返講など濟ざれば言聞かさざる類もあり、
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『文武訓』文訓上ここを以て、いとけなくわかき年、早く書をよむべし。もろもろの芸は、年たけてもならひやすし。只、書を読むことは、年たけては、おぼえよわく、気力すくなく、ひますくなし。このゆゑに、いとけなき時より、まづ、芸などのことわざはおろそかにしても、もはらつとめて書を読みならふべし。是、一生の身のたからとなるなり。書を読まざれば、道にくらきのみならず、万の事にくらし。書を読まざる人は、わがくらき事を知らず。はかなしといふべし。弓馬の芸をならひても、文字なければ、芸の理にくらくして其芸いやし。次に六芸をならふべし。もののふは、つるぎ、はこ、拳法などの術ならひ知るべし。文学は本なり、文武の芸は末なり。本なければ人の道立たず、末なければ人のわざ行はれず。
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『益軒家訓』幼児須教一凡書を習ふに、和字真草共に、幼より必古の書法正しき能書を以て手本とすべし。手本悪しければ癖附きて、一生手跡拙し。よく選むべし。一士は事繁き者なれば、一芸一材に長ぜるのみにては用に立たず、次第を以て博く文の芸を学ぶべし。文芸は和礼(書礼業礼共此内にあり)書法文字の学算数等也。余力あらば、和歌の道、本朝の古実典故、又医薬養生の術をも兼て学ぶべし。詩は日本の風にあらず、故に勝れたる天才なき者は作るべからず。学問の功を費し、心を苦め、拙けれども自ら其拙きを知らず、人の誚を得て益なし。武芸は剣術鍵騎射鳥銃拳法等なり。戦法は将と士と位によりて学ぶ所、大小の器殊也。其位に切なる事を先とし習ふべし。書を読み芸を習ふに、日を惜みて、時を失はずして、勤め習ふべし。年若く気憶も強き時、物を能く覚え習ひ置きて、一生の身の宝とすべし。後に悔ゆべからず。古の聖人は寸陰を惜み給ひしとなり。
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『武家小学』・文武の偏りを戒める一士の子孫を敎戒するは。其智を正して其氣を勇になし。其爲す事は皆信あらしむるごとくに敎戒を垂べし。故に童子日々月々智惠益に隨て邪正を考へ。邪を戒て正を揚。仮初にも恐威事をせずして勇を養ひ。少しも僞り欺かず。戲遊にも必弓矢竹馬の禮を以て士の業をなさしめ。言語は皆武家諸禮の法を用ゆべし。偖幼稚の間精氣全備る中に。先文學をなさしめ聖賢の格言を覺さしむる事是古法也。論語にも仁智信直勇剛の六つを夫ゝに各好みても。文學を好ざれば各其蔽有といへり。故に第一文を學ばずんばあるべからず。然れども專ら詩文章をのみ玩び。本朝の風俗を忘れて。言語衣服祭禮等迄漢の風俗を摸さんと欲るは是又泥着の誤なり。凡萬の物玩び好時は皆志を奪るべし。書冊に至ても一向に好時は自ら志を喪ふといへり。然ば武を專とこのむ者も又心得有べし。或は短衣を着し臂を怒し刀を按り。自ら好で事の變あらん事を欲るの俗は。是又血氣の勇者の爲處にして大なる誤なれば。其過不及を愼べし。

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