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匡正論 / 才に応じた学びと虚学の戒め

海舶來の和訓なき書の解するほどには誰もありたき者也、儲大才の質ならば如何にも博學成才を勤め治國平天下の大器にも當るべき盛德をなしたき事也、箇樣の英才は才に餘る事なれば武事も何も角も出來る者也、又さまてなき人の謾りに博學をなし、才器を弘るとて先經書をもさしをき、專ら文章を玩び、儒者諸生と是を競ひ、其風の儀も儒生めきたるは、相應に人も慕、詩或は文にても添削を請るゝ樣になり、或は傍書畫彫刻等も出來、人も持はやしなどすれば、終に自分も學文は出來たりと思ひ、一生是等の藝に終る者少きに非ず、畢竟才の短なる故に、大道に行及ばざるにても有べけれ共、博學の仁そこないなども有べき也、又初學の中に詩よりして入れば入易き事なれば、詩を作らしむるが癖となりて、詩人の風流を是として晉人の放逸を高しとし、經濟の事などを閒ては理屈めきて卑しとし、動もすれば、遨遊を催し、詩興を求め、隱逸の趣をなす。是等の風は士學の好ざること也、迚も才の餘りなき質ならば、詩文はさまで美事を書出さぬとも、如何にもして經書を熟讀して先王の義の大概には行はるゝほどの學文ならば本意なるべし、儲又其次なる才が晩學ならば、孝經論語尙書等の書を熟讀して、後世徂徠の二辨等を讀み、道は大抵箇樣なる者と合點するほどの本意なれば、道を政治に施事は成がたくとも、相應には今日の上にも疑も生じ、誤も十に一つは見ゆる樣にも有べければ、君父に事へて忠孝を志し、相應に諫めをも言ひ、君父をして不義に陷らしめず、何事にも大なる過は有まじければ、彼虛學に走り虛名を世に傳へて鼻高する輕薄者よりも、

新字:海舶来の和訓なき書の解するほどには誰もありたき者也、儲大才の質ならば如何にも博学成才を勤め治国平天下の大器にも当るべき盛徳をなしたき事也、箇様の英才は才に余る事なれば武事も何も角も出来る者也、又さまてなき人の謾りに博学をなし、才器を弘るとて先経書をもさしをき、専ら文章を玩び、儒者諸生と是を競ひ、其風の儀も儒生めきたるは、相応に人も慕、詩或は文にても添削を請るゝ様になり、或は傍書画彫刻等も出来、人も持はやしなどすれば、終に自分も学文は出来たりと思ひ、一生是等の芸に終る者少きに非ず、畢竟才の短なる故に、大道に行及ばざるにても有べけれ共、博学の仁そこないなども有べき也、又初学の中に詩よりして入れば入易き事なれば、詩を作らしむるが癖となりて、詩人の風流を是として晋人の放逸を高しとし、経済の事などを閒ては理屈めきて卑しとし、動もすれば、遨遊を催し、詩興を求め、隠逸の趣をなす。是等の風は士学の好ざること也、迚も才の余りなき質ならば、詩文はさまで美事を書出さぬとも、如何にもして経書を熟読して先王の義の大概には行はるゝほどの学文ならば本意なるべし、儲又其次なる才が晩学ならば、孝経論語尚書等の書を熟読して、後世徂徠の二弁等を読み、道は大抵箇様なる者と合点するほどの本意なれば、道を政治に施事は成がたくとも、相応には今日の上にも疑も生じ、誤も十に一つは見ゆる様にも有べければ、君父に事へて忠孝を志し、相応に諫めをも言ひ、君父をして不義に陥らしめず、何事にも大なる過は有まじければ、彼虚学に走り虚名を世に伝へて鼻高する軽薄者よりも、

書き下し

海舶來の和訓なき書の解するほどには誰もありたき者也、儲大才の質ならば如何にも博學成才を勤め治國平天下の大器にも當るべき盛德をなしたき事也、箇樣の英才は才に餘る事なれば武事も何も角も出來る者也、又さまてなき人の謾りに博學をなし、才器を弘るとて先經書をもさしをき、專ら文章を玩び、儒者諸生と是を競ひ、其風の儀も儒生めきたるは、相應に人も慕、詩或は文にても添削を請るゝ樣になり、或は傍書畫彫刻等も出來、人も持はやしなどすれば、終に自分も學文は出來たりと思ひ、一生是等の藝に終る者少きに非ず、畢竟才の短なる故に、大道に行及ばざるにても有べけれ共、博學の仁そこないなども有べき也、又初學の中に詩よりして入れば入易き事なれば、詩を作らしむるが癖となりて、詩人の風流を是として晉人の放逸を高しとし、經濟の事などを閒ては理屈めきて卑しとし、動もすれば、遨遊を催し、詩興を求め、隱逸の趣をなす。是等の風は士學の好ざること也、迚も才の餘りなき質ならば、詩文はさまで美事を書出さぬとも、如何にもして經書を熟讀して先王の義の大概には行はるゝほどの學文ならば本意なるべし、儲又其次なる才が晩學ならば、孝經論語尙書等の書を熟讀して、後世徂徠の二辨等を讀み、道は大抵箇樣なる者と合點するほどの本意なれば、道を政治に施事は成がたくとも、相應には今日の上にも疑も生じ、誤も十に一つは見ゆる樣にも有べければ、君父に事へて忠孝を志し、相應に諫めをも言ひ、君父をして不義に陷らしめず、何事にも大なる過は有まじければ、彼虛學に走り虛名を世に傳へて鼻高する輕薄者よりも、

現代語訳

舶来の、和訓のない書も、解釈できる程度には誰もがなりたいものです。さて大才の質であれば、ぜひ博学多才に努め、治国平天下の大器にも当たるような盛徳を成したいものです。このような英才は才が余っているので、武事も何もかもできるものです。また、さほどでもない人が、むやみに博学になろうとし、才器を広げるといって、まず経書を差し置いて、もっぱら文章をもてあそび、儒者や諸生とこれを競い、その風儀も儒生めいてくると、それなりに人も慕い、詩や文の添削を頼まれるようになり、あるいは書画・彫刻なども出来て人にもてはやされなどすると、ついには自分も学問ができたと思い、一生これらの芸で終わる者が少なくありません。結局、才が短いために大道に行き及ばないのでしょうが、博学が仁を損なうこともあるでしょう。また初学のうちに詩から入れば入りやすいことなので、詩を作ることが癖になり、詩人の風流をよしとして晋人の放逸を高しとし、経済のことなどを聞くと理屈めいて卑しいとし、ともすれば遊びを催し、詩興を求め、隠逸の趣を作ります。こうした風は士の学には好ましくないことです。どうせ才の余りない質ならば、詩文はそれほど見事に書き出さなくても、何とかして経書を熟読して先王の義の大概は行えるほどの学問であれば本意でしょう。さらにその次の、才があって晩学の人であれば、孝経・論語・尚書などの書を熟読して、後世の徂徠の『二弁』などを読み、道は大抵このようなものだと合点するほどが本意で、道を政治に施すことは難しくても、相応に今日の上にも疑いが生じ、誤りが十に一つは見えるようにもなりましょうから、君父に仕えて忠孝を志し、相応に諫めを言い、君父を不義に陥らせず、何事にも大きな過ちはないでしょうから、あの虚学に走り虚名を世に伝えて鼻高々の軽薄者よりも、

解説

学ぶ人の才の大小に応じて、学びの目標を分けて示す章句です。大才なら博学を、そうでなければ経書の熟読を軸にし、派手な詩文や芸事に偏って虚名を得ることを戒めます。現代でも、資格や発信力といった見栄えのよい成果に走り、基礎が空洞のままという人がいます。自分の力量に合った学びの核を定め、実務に生かせる形で積み上げることが、結局は信頼される管理職への近道になります。

この章句が説くこと

『匡正論』本多忠籌虚学経書博学荻生徂徠

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