君子訓 / 巻之下
淸原夏野是を注せり、義解といふ。又令の集解といふ書あり。格は古來行はれし政を書きつけたり。今の留書といふものなり。某の年いかなる事ありしを、いかやうに行ひしといふ記錄なり。式は式法なり。延喜式今もあり。此律令格式の四書は、古朝廷政務の軌範なり。昔の明法の學者は、此四書を習ひしとかや。今も古の道に本づきて、時宜に從ひ律令の書を作りて、明法の學を講すべきことなり。一後漢の崔寔が言に、刑罰者治亂之藥石也、德敎者興平之梁肉也といへり。言は政をするに刑罰を用ふるは、病おこりて後藥を用ふるが如し。五常五倫の敎は、平生無病の時、米肉を食して身を養ふが如し。故に上たる人、德を修め敎を立て、民を導くべし。其上に罰を犯す者は、止事を得ずして刑を用ふ。
新字:清原夏野是を注せり、義解といふ。又令の集解といふ書あり。格は古来行はれし政を書きつけたり。今の留書といふものなり。某の年いかなる事ありしを、いかやうに行ひしといふ記録なり。式は式法なり。延喜式今もあり。此律令格式の四書は、古朝廷政務の軌範なり。昔の明法の学者は、此四書を習ひしとかや。今も古の道に本づきて、時宜に従ひ律令の書を作りて、明法の学を講すべきことなり。一後漢の崔寔が言に、刑罰者治乱之薬石也、徳教者興平之梁肉也といへり。言は政をするに刑罰を用ふるは、病おこりて後薬を用ふるが如し。五常五倫の教は、平生無病の時、米肉を食して身を養ふが如し。故に上たる人、徳を修め教を立て、民を導くべし。其上に罰を犯す者は、止事を得ずして刑を用ふ。
書き下し
清原夏野是を注せり、義解といふ。又令の集解といふ書あり。格は古来行はれし政を書きつけたり。今の留書といふものなり。某の年いかなる事ありしを、いかやうに行ひしといふ記録なり。式は式法なり。延喜式今もあり。此律令格式の四書は、古朝廷政務の軌範なり。昔の明法の学者は、此四書を習ひしとかや。今も古の道に本づきて、時宜に従ひ律令の書を作りて、明法の学を講すべきことなり。一後漢の崔寔が言に、刑罰は治乱の薬石なり、徳教は興平の梁肉なりといへり。言は政をするに刑罰を用ふるは、病おこりて後薬を用ふるが如し。五常五倫の教は、平生無病の時、米肉を食して身を養ふが如し。故に上たる人、徳を修め教を立て、民を導くべし。其上に罰を犯す者は、止事を得ずして刑を用ふ。
現代語訳
清原夏野がこれに注をつけ、令義解といいます。また令集解という書もあります。格は古くから行われた政事を書きつけたものです。今の留書というものです。某年にこういうことがあり、それをこのように処したという記録です。式は式法です。延喜式が今もあります。この律令格式の四書は、昔の朝廷の政務の規範です。昔の明法の学者はこの四書を学んだとか。今も古の道に基づき、時宜に従って律令の書を作り、明法の学を講じるべきです。後漢の崔寔の言葉に「刑罰は乱を治める薬石であり、徳による教えは太平を興す穀物と肉である」とあります。その意味は、政治をするのに刑罰を用いるのは、病気が起こってから薬を用いるようなものです。五常五倫の教えは、ふだん病のないときに米や肉を食べて体を養うようなものです。だから上に立つ人は徳を修め教えを立てて民を導くべきです。そのうえで罪を犯す者には、やむを得ず刑を用います。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』哀公十年 卜は吉を襲ねず十年春、邾の隱公來奔す。齊の甥なり。故に遂に齊に奔る。公吳子・邾子・郯子に會して、齊の南鄙を伐ち、鄎に師す。齊人悼公を弒し、師に赴(つ)ぐ。吳子三日軍門の外に哭す。徐承舟師を帥ゐて、將に海より齊に入らんとす。齊人之を敗る。吳の師乃ち還る。夏、趙鞅師を帥ゐて齊を伐つ。大夫之を卜せんことを請ふ。趙孟曰く、「吾此に卜して兵を起こせり。事は再び令せず、卜は吉を襲(かさ)ねず。行かん」と。是に於てか犁及び轅を取り、高唐の郭を毀ち、侵して賴に及びて還る。秋、吳子使ひして來り、復た師を儆む。冬、楚の子期陳を伐つ。吳の延州來季子陳を救ひ、子期に謂ひて曰く、「二君德を務めずして、力もて諸侯を爭ふ。民何の罪かあらん。我請ふ退かん。以て子の名と為さん。德を務めて民を安んぜよ」と。乃ち還る。
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『正法眼蔵随聞記』巻三有る夜示して云く、唐の太宗即位の後、故殿に栖み給へり、破損せる故に、湿気あがり、風霧冷かにして、玉体おかされつべし、臣下等造作すへき由を奏しければ、帝の言く、時き農節なり、民定めて愁ひあるべし、秋を待て造るべし、湿気に侵さるは地にうけられず、風雨に侵さるは天に合はざるなり、天地に背かば身あるべからず、民を煩はさずんば自ら天地に合ふべし、天地に合はゝ身を侵すべからず、と云ふて終に新宮を作らず、故殿に栖み給へり、
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『都鄙問答』卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段露塵ほども我が身を顧みざるは、臣の道なり。常に手足が口に使はるると、我が身の君に事ふると、違ふことあらば、此は不忠なりと知るべし。此を法とせば、何国にて仕ふるとも、臣の道を離るることあるべからず。扨て臣は政に従ふものなり。下を使ふは、君の道を以て治むべし。古聖人の御代には、君としては万民を子の如く思し召し、民の心を以て、御心となし玉ふ。伝に云ふ、民の好む所は之を好み、民の悪む所は之を悪む、此を之れ民の父母と謂ふ。此のゆへに、聖人は世を没し玉へども、民思ひ慕ひてわすれずと云へり。此の味を知るべし。忠義の臣は名を後世に残し、天下の人これを愛す。礼に曰く、士四十にして志強く立ち、利害に奪はれず、禍福に怵れずんば、以て出で仕ふべし、と見えたり。士の道は、先づ心を知りて志を定むべし。孟子曰く、志を尚くす。
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