春秋繁露 / 『春秋繁露』堯舜不擅移湯武不專殺第二十五・王は民のために立てられる
且天之生民、非為王也;而天立王、以為民也。故其德足以安樂民者、天予之、其惡足以賊害民者、天奪之。詩云:「殷士膚敏、祼將于京、侯服于周、天命靡常。」言天之無常予、無常奪也。
新字:且天之生民、非為王也;而天立王、以為民也。故其徳足以安楽民者、天予之、其悪足以賊害民者、天奪之。詩云:「殷士膚敏、祼将于京、侯服于周、天命靡常。」言天之無常予、無常奪也。
書き下し
且つ天の民を生ずるは、王の為に非ざるなり。而して天の王を立つるは、以て民の為なり。故に其の徳以て民を安楽にするに足る者は、天之に予う。其の悪以て民を賊害するに足る者は、天之を奪う。詩に云う、殷士は膚敏、祼将して京に于く、侯として周に服す、天命は常靡しと。言うこころは、天の常には予うる無く、常には奪う無きなり。
現代語訳
そもそも天が民を生んだのは、王のためではありません。天が王を立てたのは、民のためです。だから、その徳によって民を安んじ楽しませるのに十分な者には、天がその地位を与え、その悪によって民を傷つけ害するのに十分な者からは、天がそれを奪います。詩経に、殷の士は才知に優れ、都で酒を注ぐ儀式に仕え、周に臣として服している、天命は永遠ではない、とあります。これは、天が一つの家に永遠に与え続けることも、永遠に奪い続けることもない、という意味です。
解説
王は民のために天が立てた存在であり、民を安んじられなければ地位を失う、という論です。堯舜が天下を勝手に譲れたのか、湯王・武王は不義ではないのか、という問いに答える文脈に出てくる一節です。天命という当時の世界観を踏まえた読み方が必要ですが、地位の正当性は成果と奉仕に由来するという考え方は、現代にも通じます。経営者や管理職の立場も、顧客や社員のためにあるのであって、自分のためにあるのではない、と問い直す視点を与えてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
天命民王徳易姓天予天奪
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