君子訓 / 巻之下
一漢土唐の世に、律令格式の四法を立てたり。我國にも古朝廷に律令格式の書を作りて、其法備はれり。是を官人に敎へ學ばしむるを、明法の學といふ。其師を明法博士といふ。亂世に及んで兵火にかゝり、律と格とは亡び失せて、今少し殘れり。令と式とは今も全本あり。律とは罪を正す定法なり。いかやうの科はいかやうに行ふといふ定法を記せり。此定に從ひて行へば、刑罰に誤なし。後代は此定法なくして、其所々の奉行職の人、我が心にまかせて行ふことになりぬ。もろこしには、唐の代に限らず、昔より律の書あり。近代も、明律あり、淸律あり。本朝にも、古律亡びて後、法曹至要抄と云ふ書あり。貞永の式目も律の類なり。令は下知をなす法なり。本朝には淡海公の作り給へる令あり。
新字:一漢土唐の世に、律令格式の四法を立てたり。我国にも古朝廷に律令格式の書を作りて、其法備はれり。是を官人に教へ学ばしむるを、明法の学といふ。其師を明法博士といふ。乱世に及んで兵火にかゝり、律と格とは亡び失せて、今少し残れり。令と式とは今も全本あり。律とは罪を正す定法なり。いかやうの科はいかやうに行ふといふ定法を記せり。此定に従ひて行へば、刑罰に誤なし。後代は此定法なくして、其所々の奉行職の人、我が心にまかせて行ふことになりぬ。もろこしには、唐の代に限らず、昔より律の書あり。近代も、明律あり、清律あり。本朝にも、古律亡びて後、法曹至要抄と云ふ書あり。貞永の式目も律の類なり。令は下知をなす法なり。本朝には淡海公の作り給へる令あり。
書き下し
一漢土唐の世に、律令格式の四法を立てたり。我国にも古朝廷に律令格式の書を作りて、其法備はれり。是を官人に教へ学ばしむるを、明法の学といふ。其師を明法博士といふ。乱世に及んで兵火にかかり、律と格とは亡び失せて、今少し残れり。令と式とは今も全本あり。律とは罪を正す定法なり。いかやうの科はいかやうに行ふといふ定法を記せり。此定に従ひて行へば、刑罰に誤なし。後代は此定法なくして、其所々の奉行職の人、我が心にまかせて行ふことになりぬ。もろこしには、唐の代に限らず、昔より律の書あり。近代も、明律あり、清律あり。本朝にも、古律亡びて後、法曹至要抄と云ふ書あり。貞永の式目も律の類なり。令は下知をなす法なり。本朝には淡海公の作り給へる令あり。
現代語訳
中国の唐の時代に、律・令・格・式の四つの法を立てました。わが国でも昔、朝廷が律令格式の書を作り、その法が整っていました。これを役人に教え学ばせるのを明法の学といいます。その師を明法博士といいます。乱世になって兵火にかかり、律と格は失われて、今は少し残るだけです。令と式は今も全本があります。律とは罪を正す決まった法です。どのような罪はどのように処するかという定めを記しています。この定めに従って行えば、刑罰に誤りはありません。後の世はこの定めがなくなり、それぞれの奉行職の人が自分の心にまかせて行うようになりました。中国では唐の代に限らず昔から律の書があります。近い時代にも明律があり、清律があります。わが国にも、古い律が失われた後に法曹至要抄という書があります。貞永の式目も律の類です。令は命令を下す法です。わが国には淡海公がお作りになった令があります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『韓非子』外儲説右上第三十四「媪疑と家事を計り、已に決せり、乃ち之を卜者の蔡嫗に決せんことを請ふ。今衛君疑を従へて行く、疑と計を決すと雖も、必ず他の蔡嫗と之を敗らん。是の如くんば、則ち疑長く臣たるを得ず」と。夫れ歌を教ふる者は、先づ呼ばしめて之を詘し、其の声清徴に反る者は乃ち之を教ふ。一に曰く、歌を教ふる者は、先づ揆るに法を以てす、疾く呼びて宮に中り、徐ろに呼びて徴に中る。疾くして宮に中らず、徐ろにして徴に中らざれば、教ふと謂ふ可からず。呉起は、衛の左氏中の人なり。其の妻をして組を織らしむるに幅度より狭し。呉子之を更めしむ、其の妻曰く、「諾」と。成るに及びて、復た之を度るに、果たして度に中らず、呉子大いに怒る。其の妻対へて曰く、「吾始め之を経にして更む可からざるなり」と。呉子之を出だす。其の妻其の兄に請ひて入らんことを索む。其の兄曰く、「呉子は、法を為す者なり。其の法を為すや、且に以て万乗の与に功を致さんと欲す、必ず先づ之を妻妾に践みて然る後に之を行ふ、子幾ど入らんことを索むる毋かれ」と。其の妻の弟又衛君に重んぜらる、乃ち衛君の重きを以て呉子に請ふ。呉子聴かず、遂に衛を去りて荊に入るなり。一に曰く、呉起其の妻に組を示して曰く、「子我が為に組を織れ、之をして是の如くならしめよ」と。組已に就りて之を効す、其の組異に善し。起曰く、「子をして組を為らしむるに、之をして是の如くならしめよと令す、而るに今や異に善きは、何ぞや」と。其の妻曰く、「財を用ふること一の若きも、務めを加へて之を善くす」と。呉起曰く、「語に非ざるなり」と。之をして衣して帰らしむ。其の父往きて之を請ふ、呉起曰く、「起の家に虚言無し」と。晋の文公狐偃に問ひて曰く、「寡人甘肥堂に周く、巵酒豆肉宮に集まり、壺酒清ならず、生肉布かず、一牛を殺せば国中に遍く、一歳の功尽く以て士卒に衣す、其れ以て民を戦はしむるに足るか」と。狐子曰く、「足らず」と。文公曰く、「吾関市の征を㢮めて刑罰を緩む、其れ以て民を戦はしむるに足るか」と。狐子曰く、「足らず」と。
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『韓非子』用人第二十七人に君たる者、能く賢巧の能はざる所を去りて、中拙の万に失はざる所を守れば、則ち人力尽きて功名立つ。明主は為すべきの賞を立て、避くべきの罰を設く。故に賢者は賞に勧みて子胥の禍ひを見ず、不肖者は罪少なくして傴の背を剖かるるを見ず。盲者も平に処りて深谿に遇はず、愚者も静を守りて険危に陥らず。此の如くなれば、則ち上下の恩結ぶ。古の人曰く、「其の心は知り難く、喜怒は中て難し」と。故に表を以て目に示し、鼓を以て耳に語り、法を以て心に教ふ。人に君たる者、三易の数を釈てて一難知の心を行へば、此の如くなれば、則ち怒り上に積もりて怨み下に積もる。
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『韓非子』觀行第二十四故に鏡には疵を見はすの罪無く、道には過ちを明らかにするの怨み無し。
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『呻吟語』内篇・修身・理に罪を得ざるは難し法に罪を得ざるは易く、理に罪を得ざるは難し。君子は只だ是れ理に罪を得ざるのみ。
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。當に皆な其の父母に法らば奚若ん。天下の父母為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の父母に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の學に法らば奚若ん。天下の學を為す者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の學に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の君に法らば奚若ん。天下の君為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の君に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。故に父母・學・君の三者は、以て治法と為す可き莫し。
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『韓非子』飾邪第十九故に鏡は清を埶りて事無く、美悪従ひて比す。衡は正を埶りて事無く、軽重従ひて載す。夫れ鏡を揺らせば則ち明為ることを得ず、衡を揺らせば則ち正為ることを得ず。法の謂ひなり。故に先王は道を以て常と為し、法を以て本と為す。本治まる者は名尊く、本乱るる者は名絶ゆ。凡そ智能明通は、以有れば則ち行ひ、以無ければ則ち止む。故に智能は道を単し、人に伝ふべからず。而して道法は万全にして、智能は失多し。夫れ衡を懸けて平を知り、規を設けて円を知るは、万全の道なり。明主は民をして道の故に飾らしむ。故に佚して功有り。規を釈てて巧に任じ、法を釈てて智に任ずるは、惑乱の道なり。乱主は民をして智に飾らしめ、道の故を知らず。故に労して功無し。法禁を釈てて請謁を聴けば、群臣官を上に売り、賞を下に取る。是を以て利は私家に在りて威は群臣に在り。故に民に力を尽くして主に事ふるの心無くして、上に交はることを務む。民上交を好めば、則ち貨財上に流れて巧説の者用ゐらる。是くの若くなれば、則ち功有る者愈々少なし。姦臣愈々進みて材臣退けば、則ち主惑ひて行ふ所を知らず、民聚まりて道ふ所を知らず。此れ法禁を廃し、功労を後にし、名誉を挙げ、請謁を聴くの失なり。凡そ法を敗るの人は、必ず詐りを設け物に託して以て来たり親しみ、又好んで天下の希に有る所を言ふ。此れ暴君乱主の惑はさるる所以にして、人臣賢佐の侵さるる所以なり。故に人臣伊尹・管仲の功を称すれば、則ち法に背き智を飾ること資有り。比干・子胥の忠にして殺さるるを称すれば、則ち強諫を疾むこと辞有り。夫れ上は賢明を称し、下は暴乱を称するは、以て類を取るべからず。是くの若き者は禁ず。君の法を立つるは、以て是と為せばなり。今人臣多く其の私智を立てて法を以て非と為す者は、是れ智を以て邪にし、法を過ぎて智を立つるなり。是くの如き者を禁ずるは、主の道なり。
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