君子訓 / 巻之下
一年八十以上、七歲以下、死罪あれども刑せず。是古法なり。八十に至れば老いて智昏くなる。七歲以下は智未だ開けず。故に是を刑せず。一一人禁獄せられては、其家の父母兄弟妻子一族憂ひ苦み、家業を止めて勤めず。且獄中一日の苦いはん樣なし。政をする人は、其苦、其家の患をも思ふべし。
新字:一年八十以上、七歳以下、死罪あれども刑せず。是古法なり。八十に至れば老いて智昏くなる。七歳以下は智未だ開けず。故に是を刑せず。一一人禁獄せられては、其家の父母兄弟妻子一族憂ひ苦み、家業を止めて勤めず。且獄中一日の苦いはん様なし。政をする人は、其苦、其家の患をも思ふべし。
書き下し
一年八十以上、七歳以下、死罪あれども刑せず。是古法なり。八十に至れば老いて智昏くなる。七歳以下は智未だ開けず。故に是を刑せず。一一人禁獄せられては、其家の父母兄弟妻子一族憂ひ苦み、家業を止めて勤めず。且獄中一日の苦いはん様なし。政をする人は、其苦、其家の患をも思ふべし。
現代語訳
年が八十以上、七歳以下の者は、死罪に当たっても刑しません。これは古い法です。八十になれば年老いて知恵が暗くなります。七歳以下は知恵がまだ開けていません。だからこれを刑しないのです。一人が牢に入れられると、その家の父母・兄弟・妻子・一族が憂え苦しみ、家業をやめて勤めなくなります。そのうえ獄中の一日の苦しみは言いようもありません。政治をする人は、その苦しみと、その家の憂いをも思うべきです。
解説
二つの短い条です。一つは八十以上と七歳以下は死罪でも刑しないという古法で、判断力が衰えた者やまだ育っていない者に重い責任を負わせない考えです。『礼記』などにも老幼を罰しないという思想が見えます。もう一つは、一人を牢に入れればその家族全体が苦しみ家業も止まる、獄中の一日の苦しみは言いようもない、と刑を科す側の想像力を求めています。処分が本人だけでなく家族や周囲に及ぶことを考えよという指摘は、今の組織の懲戒でも心に留めたいことです。
この章句が説くこと
刑仁老人家族古法
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