君子訓 / 巻之下
一訟を聞くに、其言の無禮なるを怒り惡むべからず。其言のうやまへるに悅ぶべからず。訟を聞くに喜怒起れば、それによりて私出來るものなり。又人の頼むによりて、其方に意を移すべからず。我が事しげく鬧はしとて、夫によりて訟の事をあらく決斷して過ぐべからず。
新字:一訟を聞くに、其言の無礼なるを怒り悪むべからず。其言のうやまへるに悦ぶべからず。訟を聞くに喜怒起れば、それによりて私出来るものなり。又人の頼むによりて、其方に意を移すべからず。我が事しげく鬧はしとて、夫によりて訟の事をあらく決断して過ぐべからず。
書き下し
一訟を聞くに、其言の無礼なるを怒り悪むべからず。其言のうやまへるに悦ぶべからず。訟を聞くに喜怒起れば、それによりて私出来るものなり。又人の頼むによりて、其方に意を移すべからず。我が事しげく鬧はしとて、夫によりて訟の事をあらく決断して過ぐべからず。
現代語訳
訴えを聞くときは、その言葉が無礼であっても怒り憎んではなりません。その言葉がうやうやしくても喜んではなりません。訴えを聞くのに喜怒が起これば、それによって私心が出てくるものです。また人に頼まれたからといって、その側に心を移してはなりません。自分の仕事が多く忙しいからといって、それを理由に訴えのことを粗雑に決めて済ませてはなりません。
解説
裁く側の感情と都合が判断を歪めることを戒めた短い条です。言葉遣いが無礼でも怒らず、丁寧でも喜ばない、人の頼みで肩入れしない、忙しいからと雑に片づけない、という四つの注意を挙げています。喜怒が起これば私心が生じる、という一句が要で、感じのよい相手を正しいと思いやすい人の心の弱さを突いています。話し方の印象で中身を判断しない、忙しさを理由に結論を急がないという心得は、今の管理職の面談や審査でもそのまま通用します。
この章句が説くこと
喜怒私心公平訴訟心
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