君子訓 / 巻之下
一風俗の惡しきわざを、世の成行にまかせぬれば、諸人のわざはひとなる。其所を司どる人、是を戒めて行はしむべからず。女子を嫁せしむるに、衣服器物など、分限にすぎ、甚奢りて費多し。是世のならはしとなれり。如斯なれば、其產をうしなひ、人のたからを借りてつぐのはず。是唯人の目を輝したるのみにて、益なくして害多し。男子は又、學問すれば氣へり病者となる抔いひて、人の親をおどしいましめ、我が子にもいましめ防ぎて、學問せしめず、一生子を愚かにす。是皆愚俗の惡しく心得たるが、風俗となれるなり。又前の年妻を娶りし者あれば、睦月の始に其友となる者つどひて、其人をとらへ、水をかけてくみあひ戯れ、酒を飮み、肴を喰ひ、醉ひくるひて、後はいさかひ罵り、禍を生ずること多し。又正月十日など、女子の道を行くを、童ども松の枝にて打ち、衣に墨などをぬり附ることあり。凡かやうのいやしくて人を害する戯の習はしは、其所の長となるもの、堅くいましめて其風俗を改むべし。其風俗に任せて禁ぜざれば、長となる職を虛しくして、智なく力なしといふべし。
新字:一風俗の悪しきわざを、世の成行にまかせぬれば、諸人のわざはひとなる。其所を司どる人、是を戒めて行はしむべからず。女子を嫁せしむるに、衣服器物など、分限にすぎ、甚奢りて費多し。是世のならはしとなれり。如斯なれば、其産をうしなひ、人のたからを借りてつぐのはず。是唯人の目を輝したるのみにて、益なくして害多し。男子は又、学問すれば気へり病者となる抔いひて、人の親をおどしいましめ、我が子にもいましめ防ぎて、学問せしめず、一生子を愚かにす。是皆愚俗の悪しく心得たるが、風俗となれるなり。又前の年妻を娶りし者あれば、睦月の始に其友となる者つどひて、其人をとらへ、水をかけてくみあひ戯れ、酒を飲み、肴を喰ひ、酔ひくるひて、後はいさかひ罵り、禍を生ずること多し。又正月十日など、女子の道を行くを、童ども松の枝にて打ち、衣に墨などをぬり附ることあり。凡かやうのいやしくて人を害する戯の習はしは、其所の長となるもの、堅くいましめて其風俗を改むべし。其風俗に任せて禁ぜざれば、長となる職を虚しくして、智なく力なしといふべし。
書き下し
一風俗の悪しきわざを、世の成行にまかせぬれば、諸人のわざはひとなる。其所を司どる人、是を戒めて行はしむべからず。女子を嫁せしむるに、衣服器物など、分限にすぎ、甚奢りて費多し。是世のならはしとなれり。如斯なれば、其産をうしなひ、人のたからを借りてつぐのはず。是唯人の目を輝したるのみにて、益なくして害多し。男子は又、学問すれば気へり病者となる抔いひて、人の親をおどしいましめ、我が子にもいましめ防ぎて、学問せしめず、一生子を愚かにす。是皆愚俗の悪しく心得たるが、風俗となれるなり。又前の年妻を娶りし者あれば、睦月の始に其友となる者つどひて、其人をとらへ、水をかけてくみあひ戯れ、酒を飲み、肴を喰ひ、酔ひくるひて、後はいさかひ罵り、禍を生ずること多し。又正月十日など、女子の道を行くを、童ども松の枝にて打ち、衣に墨などをぬり附ることあり。凡かやうのいやしくて人を害する戯の習はしは、其所の長となるもの、堅くいましめて其風俗を改むべし。其風俗に任せて禁ぜざれば、長となる職を虚しくして、智なく力なしといふべし。
現代語訳
風俗の悪いならわしを世の成り行きにまかせておくと、多くの人の災いとなります。その地を治める人は、これを戒めて行わせてはなりません。娘を嫁がせるのに、衣服や道具などが分限を超え、ひどく奢って費用がかさみます。これが世のならわしになっています。こうなると財産を失い、人の財を借りて返せません。これはただ人の目をくらませるだけで、益がなく害が多いのです。また男子については、学問をすると気が減って病人になるなどと言って、人の親を脅して戒め、自分の子にも戒め防いで学問をさせず、一生子を愚かにします。これはみな愚かな世俗が悪く心得たことが風俗となったものです。また前の年に妻を娶った者があると、正月の初めにその友人たちが集まって、その人を捕まえ、水をかけて組み合ってふざけ、酒を飲み、肴を食べ、酔い狂って、しまいには言い争い罵り合い、災いを生むことが多いのです。また正月十日などに、女性が道を行くのを子どもたちが松の枝で打ち、着物に墨などを塗りつけることがあります。およそこのような卑しくて人を害する戯れのならわしは、その地の長となる者が固く戒めて、その風俗を改めるべきです。風俗にまかせて禁じなければ、長としての職をむなしくするもので、知恵も力もないと言うべきです。
解説
この章句が説くこと
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