君子訓 / 巻之下
一君子たる人、領内にある大社名山大川などは祭るべし。縱ひ正しき神にても、祭るまじきを祭るを淫祀といふ。淫祀は福なし。是を祭るは諂へるなり。惑といふべし。富貴の人、我が身の榮華を祈らんとて、神社佛堂を建て、萬僧を供養し、萬灯をともす事あり。其費は多けれども、民のためには露程も補なし。其財の費を以て、貧苦なるものを救ひ助けなば、いかばかりか功德となりて、天の惠もふかゝるべきに、我一人の心を慰めんとて、多くの人をなやまし、かゝるはかなき事をするは、愚なりといふべし。昔梁の武帝、堂塔伽藍を多く立て、大功德なるべしとおもひ、達摩に問ひしに、達摩無功德といへり。武帝仁政を行はずして下を苦め、民の貨をしへたげ取りて、無用の營作をなし、終には人怨み天怒りて、身も國も亡びたり。達摩無功德と答へたる事、宜なるかな。達摩は佛法中の人なれども、其言斯のごとし。後世の多欲なる僧と、天地隔懸といふべし。
新字:一君子たる人、領内にある大社名山大川などは祭るべし。縦ひ正しき神にても、祭るまじきを祭るを淫祀といふ。淫祀は福なし。是を祭るは諂へるなり。惑といふべし。富貴の人、我が身の栄華を祈らんとて、神社仏堂を建て、万僧を供養し、万灯をともす事あり。其費は多けれども、民のためには露程も補なし。其財の費を以て、貧苦なるものを救ひ助けなば、いかばかりか功徳となりて、天の恵もふかゝるべきに、我一人の心を慰めんとて、多くの人をなやまし、かゝるはかなき事をするは、愚なりといふべし。昔梁の武帝、堂塔伽藍を多く立て、大功徳なるべしとおもひ、達摩に問ひしに、達摩無功徳といへり。武帝仁政を行はずして下を苦め、民の貨をしへたげ取りて、無用の営作をなし、終には人怨み天怒りて、身も国も亡びたり。達摩無功徳と答へたる事、宜なるかな。達摩は仏法中の人なれども、其言斯のごとし。後世の多欲なる僧と、天地隔懸といふべし。
書き下し
一君子たる人、領内にある大社名山大川などは祭るべし。縦ひ正しき神にても、祭るまじきを祭るを淫祀といふ。淫祀は福なし。是を祭るは諂へるなり。惑といふべし。富貴の人、我が身の栄華を祈らんとて、神社仏堂を建て、万僧を供養し、万灯をともす事あり。其費は多けれども、民のためには露程も補なし。其財の費を以て、貧苦なるものを救ひ助けなば、いかばかりか功徳となりて、天の恵もふかかるべきに、我一人の心を慰めんとて、多くの人をなやまし、かかるはかなき事をするは、愚なりといふべし。昔梁の武帝、堂塔伽藍を多く立て、大功徳なるべしとおもひ、達摩に問ひしに、達摩無功徳といへり。武帝仁政を行はずして下を苦め、民の貨をしへたげ取りて、無用の営作をなし、終には人怨み天怒りて、身も国も亡びたり。達摩無功徳と答へたる事、宜なるかな。達摩は仏法中の人なれども、其言斯のごとし。後世の多欲なる僧と、天地隔懸といふべし。
現代語訳
君子たる人は、領内にある大社や名山大川などは祭るべきです。たとえ正しい神であっても、祭るべきでないものを祭るのを淫祀と言います。淫祀には福がありません。これを祭るのはへつらいであり、惑いと言うべきです。富貴な人が自分の栄華を祈ろうとして、神社や仏堂を建て、万僧を供養し、万灯をともすことがあります。その費用は多いのに、民のためには露ほどの助けにもなりません。その財を使って貧しく苦しむ者を救い助けたなら、どれほどの功徳となり、天の恵みも深くなるでしょうに、自分一人の心を慰めようとして多くの人を悩ませ、このようなはかないことをするのは愚かと言うべきです。昔、梁の武帝は堂塔伽藍を多く建て、大きな功徳になるだろうと思って達磨に問うたところ、達磨は「無功徳」と言いました。武帝は仁政を行わずに下を苦しめ、民の財を虐げ取って無用の造営をし、ついには人が恨み天が怒って、身も国も滅びました。達磨が無功徳と答えたのは、もっともなことです。達磨は仏法の中の人ですが、その言葉はこのとおりです。後世の欲深い僧とは天地ほどの隔たりがあると言うべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・惟だ邱民のみ收拾し難し無事の時は惟だ邱民のみ蹂踐し好し。吏卒より以上、人人得て之を魚肉す。有事の時は惟だ邱民のみ收拾し難し。天子と雖も亦た躲避する處無し。何ぞ況んや衣冠をや。此れ詩を誦し書を讀む者と道ひ難きなり。
-
『都鄙問答』卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段露塵ほども我が身を顧みざるは、臣の道なり。常に手足が口に使はるると、我が身の君に事ふると、違ふことあらば、此は不忠なりと知るべし。此を法とせば、何国にて仕ふるとも、臣の道を離るることあるべからず。扨て臣は政に従ふものなり。下を使ふは、君の道を以て治むべし。古聖人の御代には、君としては万民を子の如く思し召し、民の心を以て、御心となし玉ふ。伝に云ふ、民の好む所は之を好み、民の悪む所は之を悪む、此を之れ民の父母と謂ふ。此のゆへに、聖人は世を没し玉へども、民思ひ慕ひてわすれずと云へり。此の味を知るべし。忠義の臣は名を後世に残し、天下の人これを愛す。礼に曰く、士四十にして志強く立ち、利害に奪はれず、禍福に怵れずんば、以て出で仕ふべし、と見えたり。士の道は、先づ心を知りて志を定むべし。孟子曰く、志を尚くす。
-
『呻吟語』外篇・治道・皆な吾が民なり天下の民は皆な朝廷の民なり、皆な天地の民なり、皆な吾が民なり。
-
『呻吟語』外篇・治道・民と安の二つ天下を取り、天下を守るは、只だ一種の人の上に意念を加へ、一個の字の上に工夫を做すに在り。一種の人は是れ那個ぞ。曰く民。一個の字は是れ甚麼ぞ。曰く安。
-
『正法眼蔵随聞記』巻三有る夜示して云く、唐の太宗即位の後、故殿に栖み給へり、破損せる故に、湿気あがり、風霧冷かにして、玉体おかされつべし、臣下等造作すへき由を奏しければ、帝の言く、時き農節なり、民定めて愁ひあるべし、秋を待て造るべし、湿気に侵さるは地にうけられず、風雨に侵さるは天に合はざるなり、天地に背かば身あるべからず、民を煩はさずんば自ら天地に合ふべし、天地に合はゝ身を侵すべからず、と云ふて終に新宮を作らず、故殿に栖み給へり、
-
『君子訓』巻之中一民豊なれば奢りて法に背くといふ人あり。是政を為る道を知らざるなり。民貧しければ盗む心を生ず。民を憐みて衣食乏しからず、困究せしめざるは、盗を止むる基なり。法度を明かにして、民に分限を守らしむれば、豊なれども奢る事なし。如斯にして民其分を踰えて奢り怠り、或は盗する者あらば、罪に行ひて許すべからず。民は愚なる者なれば、まかせ置きては治るべきやうなし。衣食不足なきやうにして、其奢怠を戒め、罪に陥らしめぬは、政をするの道なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る