君子訓 / 巻之上
一國土に一年生ずる所の五穀の惣數をかぞへ、國土の人民一年の間食する所の粮の數をかぞへくらぶるに、一年生ずる所の五穀にては、一年の糧足らず。是貧民は雜穀菜根を食して、飢を助くる故なり。商人の酒を造り、菓子を拵へ、士の奢侈をなして、朝夕定まれる食の外に穀食を費すは、皆是民の食を奪ひてなせるなり。
新字:一国土に一年生ずる所の五穀の惣数をかぞへ、国土の人民一年の間食する所の粮の数をかぞへくらぶるに、一年生ずる所の五穀にては、一年の糧足らず。是貧民は雑穀菜根を食して、飢を助くる故なり。商人の酒を造り、菓子を拵へ、士の奢侈をなして、朝夕定まれる食の外に穀食を費すは、皆是民の食を奪ひてなせるなり。
書き下し
一国土に一年生ずる所の五穀の惣数をかぞへ、国土の人民一年の間食する所の粮の数をかぞへくらぶるに、一年生ずる所の五穀にては、一年の糧足らず。是貧民は雑穀菜根を食して、飢を助くる故なり。商人の酒を造り、菓子を拵へ、士の奢侈をなして、朝夕定まれる食の外に穀食を費すは、皆是民の食を奪ひてなせるなり。
現代語訳
国土に一年に生じる五穀の総量を数え、国土の人民が一年の間に食べる食糧の量を数えて比べると、一年に生じる五穀では一年分の食糧に足りません。それでも保たれているのは、貧しい民が雑穀や菜根を食べて飢えをしのいでいるからです。商人が酒を造り、菓子を作り、士が奢侈をして、朝夕決まった食事のほかに穀物を費やすのは、皆これ民の食を奪ってしていることなのです。
解説
国全体の穀物の生産量と消費量を比べるという、数量的な視点から贅沢の害を論じています。一年の収穫は本来一年の食糧に足りず、貧しい民が雑穀や野菜の根でしのいでいるからこそ回っている、という指摘は、本草学や地誌の調査で実地を歩いた益軒らしい観察です。酒や菓子、武士の贅沢に穀物が使われれば、それだけ民の食を奪うことになると言います。限られた資源の配分という見方は、今の食料問題や資源の浪費を考えるうえでも示唆に富んでいます。
この章句が説くこと
倹約民資源食奢侈
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