君子訓 / 巻之上
一君一人の私欲を恣にし、我が身一人を樂まんために、多くの人民を苦むること、我が本心に省み求めば、誰とてもこゝろよからざるべし。人の君として民を憐むは、誰もあるべき所の本心なり。君たる人は、此本心を保ちて、心よからん事を求むべし。人を苦めしへたげて、我獨慰み樂むこと、誰も心よからざる事なれど、私欲に迷ひて、其快からざる事を、反て心樂とする、是民を憐むの本心を失ひて、斯の如し。譬へば傷寒を煩ひ、大熱病をうけては、平生食する所の飯も味噌も魚鳥の肉も、味あしく苦くして喰はれず、喉かわきて、平生の好める旨き味をきらひ、冷水を頻に飮めば、反て快きが如し。國土あれば、米穀金銀の財は、おのづから生ずるゆゑ、上より儉約を行へば、土貢を輕く取り、運上をもとめざれども、國の財豐かにして缺くる事なし。
新字:一君一人の私欲を恣にし、我が身一人を楽まんために、多くの人民を苦むること、我が本心に省み求めば、誰とてもこゝろよからざるべし。人の君として民を憐むは、誰もあるべき所の本心なり。君たる人は、此本心を保ちて、心よからん事を求むべし。人を苦めしへたげて、我独慰み楽むこと、誰も心よからざる事なれど、私欲に迷ひて、其快からざる事を、反て心楽とする、是民を憐むの本心を失ひて、斯の如し。譬へば傷寒を煩ひ、大熱病をうけては、平生食する所の飯も味噌も魚鳥の肉も、味あしく苦くして喰はれず、喉かわきて、平生の好める旨き味をきらひ、冷水を頻に飲めば、反て快きが如し。国土あれば、米穀金銀の財は、おのづから生ずるゆゑ、上より倹約を行へば、土貢を軽く取り、運上をもとめざれども、国の財豊かにして欠くる事なし。
書き下し
一君一人の私欲を恣にし、我が身一人を楽まんために、多くの人民を苦むること、我が本心に省み求めば、誰とてもこころよからざるべし。人の君として民を憐むは、誰もあるべき所の本心なり。君たる人は、此本心を保ちて、心よからん事を求むべし。人を苦めしへたげて、我独慰み楽むこと、誰も心よからざる事なれど、私欲に迷ひて、其快からざる事を、反て心楽とする、是民を憐むの本心を失ひて、斯の如し。譬へば傷寒を煩ひ、大熱病をうけては、平生食する所の飯も味噌も魚鳥の肉も、味あしく苦くして喰はれず、喉かわきて、平生の好める旨き味をきらひ、冷水を頻に飲めば、反て快きが如し。国土あれば、米穀金銀の財は、おのづから生ずるゆゑ、上より倹約を行へば、土貢を軽く取り、運上をもとめざれども、国の財豊かにして欠くる事なし。
現代語訳
君が一人の私欲をほしいままにし、自分一人が楽しむために多くの人民を苦しめることは、自分の本心に省みて問えば、誰であっても心よいはずはありません。人の君として民を憐れむのは、誰にもあるはずの本心です。君たる人は、この本心を保って、心よいことを求めるべきです。人を苦しめ虐げて自分一人が慰み楽しむことは、誰にとっても心よくないことなのに、私欲に迷って、その快くないことを、かえって心の楽しみとするのは、民を憐れむ本心を失ってこのようになるのです。たとえば傷寒(熱病)を患い、大熱を受けると、ふだん食べるご飯も味噌も魚や鳥の肉も、味が悪く苦くて食べられず、のどが渇いて、ふだん好む旨い味を嫌い、冷たい水をしきりに飲むと、かえって快いようなものです。国土があれば、米穀や金銀の財は自然と生じるので、上から倹約を行えば、年貢を軽く取り、運上を求めなくても、国の財は豊かで欠けることはありません。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』外篇・治道・惟だ邱民のみ收拾し難し無事の時は惟だ邱民のみ蹂踐し好し。吏卒より以上、人人得て之を魚肉す。有事の時は惟だ邱民のみ收拾し難し。天子と雖も亦た躲避する處無し。何ぞ況んや衣冠をや。此れ詩を誦し書を讀む者と道ひ難きなり。
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『都鄙問答』卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段露塵ほども我が身を顧みざるは、臣の道なり。常に手足が口に使はるると、我が身の君に事ふると、違ふことあらば、此は不忠なりと知るべし。此を法とせば、何国にて仕ふるとも、臣の道を離るることあるべからず。扨て臣は政に従ふものなり。下を使ふは、君の道を以て治むべし。古聖人の御代には、君としては万民を子の如く思し召し、民の心を以て、御心となし玉ふ。伝に云ふ、民の好む所は之を好み、民の悪む所は之を悪む、此を之れ民の父母と謂ふ。此のゆへに、聖人は世を没し玉へども、民思ひ慕ひてわすれずと云へり。此の味を知るべし。忠義の臣は名を後世に残し、天下の人これを愛す。礼に曰く、士四十にして志強く立ち、利害に奪はれず、禍福に怵れずんば、以て出で仕ふべし、と見えたり。士の道は、先づ心を知りて志を定むべし。孟子曰く、志を尚くす。
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『呻吟語』外篇・治道・皆な吾が民なり天下の民は皆な朝廷の民なり、皆な天地の民なり、皆な吾が民なり。
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『正法眼蔵随聞記』巻三有る夜示して云く、唐の太宗即位の後、故殿に栖み給へり、破損せる故に、湿気あがり、風霧冷かにして、玉体おかされつべし、臣下等造作すへき由を奏しければ、帝の言く、時き農節なり、民定めて愁ひあるべし、秋を待て造るべし、湿気に侵さるは地にうけられず、風雨に侵さるは天に合はざるなり、天地に背かば身あるべからず、民を煩はさずんば自ら天地に合ふべし、天地に合はゝ身を侵すべからず、と云ふて終に新宮を作らず、故殿に栖み給へり、
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『君子訓』巻之中一民豊なれば奢りて法に背くといふ人あり。是政を為る道を知らざるなり。民貧しければ盗む心を生ず。民を憐みて衣食乏しからず、困究せしめざるは、盗を止むる基なり。法度を明かにして、民に分限を守らしむれば、豊なれども奢る事なし。如斯にして民其分を踰えて奢り怠り、或は盗する者あらば、罪に行ひて許すべからず。民は愚なる者なれば、まかせ置きては治るべきやうなし。衣食不足なきやうにして、其奢怠を戒め、罪に陥らしめぬは、政をするの道なり。
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