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君子訓 / 巻之上

一古の法は、三年耕して一年の食あり。農を以て立てば、田を四町作る者は、年貢の外、其得分を四に分ち、三町の穀を其一年につかひ用ひて、一町の穀は其儘殘しおく。每年かくの如くすれば、三年には三町分の穀を餘す。是を三年耕して一年の食ありといふ。君と臣は、我が祿を四に割りて、其三を一年の用とし、其一を餘して貯とす。三年積れば一年の祿をあます。九年にして三年の貯あり。三十年にして十年の貯あり。昔帝堯の時九年の洪水あり。殷の湯王の時、七年の旱ありしかども、民の飢餓なかりしは、常に儉約行はれて、上下共に其備ありつればなり。後世は華美の風俗盛になり、費用歲々に廣くして、常年にも財穀足らず、僅に一年穀熟せざれば、上下共に困究す。儉約行はれずして、其備なき故なり。

新字:一古の法は、三年耕して一年の食あり。農を以て立てば、田を四町作る者は、年貢の外、其得分を四に分ち、三町の穀を其一年につかひ用ひて、一町の穀は其儘残しおく。毎年かくの如くすれば、三年には三町分の穀を余す。是を三年耕して一年の食ありといふ。君と臣は、我が禄を四に割りて、其三を一年の用とし、其一を余して貯とす。三年積れば一年の禄をあます。九年にして三年の貯あり。三十年にして十年の貯あり。昔帝堯の時九年の洪水あり。殷の湯王の時、七年の旱ありしかども、民の飢餓なかりしは、常に倹約行はれて、上下共に其備ありつればなり。後世は華美の風俗盛になり、費用歳々に広くして、常年にも財穀足らず、僅に一年穀熟せざれば、上下共に困究す。倹約行はれずして、其備なき故なり。

書き下し

一古の法は、三年耕して一年の食あり。農を以て立てば、田を四町作る者は、年貢の外、其得分を四に分ち、三町の穀を其一年につかひ用ひて、一町の穀は其儘残しおく。毎年かくの如くすれば、三年には三町分の穀を余す。是を三年耕して一年の食ありといふ。君と臣は、我が禄を四に割りて、其三を一年の用とし、其一を余して貯とす。三年積れば一年の禄をあます。九年にして三年の貯あり。三十年にして十年の貯あり。昔帝堯の時九年の洪水あり。殷の湯王の時、七年の旱ありしかども、民の飢餓なかりしは、常に倹約行はれて、上下共に其備ありつればなり。後世は華美の風俗盛になり、費用歳々に広くして、常年にも財穀足らず、僅に一年穀熟せざれば、上下共に困究す。倹約行はれずして、其備なき故なり。

現代語訳

昔の法は、三年耕して一年分の食の蓄えがありました。農業でいえば、田を四町作る者は、年貢のほかの取り分を四つに分け、三町分の穀物をその一年に使い、一町分の穀物はそのまま残しておきます。毎年このようにすれば、三年で三町分の穀物が余ります。これを三年耕して一年の食ありというのです。君と臣は、自分の禄を四つに割って、その三つを一年の用とし、一つを余して蓄えとします。三年積めば一年分の禄が余ります。九年で三年分の蓄えがあり、三十年で十年分の蓄えがあります。昔、帝堯の時に九年の洪水があり、殷の湯王の時に七年の日照りがありましたが、民が飢えなかったのは、常に倹約が行われて、上下ともにその備えがあったからです。後の世は華美な風俗が盛んになり、費用が年々広がって、平年でも財や穀物が足りず、わずか一年穀物が実らないと、上下ともに困窮します。倹約が行われず、備えがないからです。

解説

礼記王制篇の「三年耕せば必ず一年の食あり」という原則を、収入を四つに分けて一つを蓄えるという具体的な方法で説明しています。家訓でも同じ方法を勧めており、益軒が繰り返し説いた家計と財政の要です。堯の洪水や湯王の日照りでも民が飢えなかったのは備えがあったからだ、という話は、蓄えの意味をよく伝えます。収入の四分の一を残す習慣は、今の家計の緊急資金や企業の内部留保にも通じる考え方で、災害や不況への備えを平時にしておく大切さを教えてくれます。

この章句が説くこと

倹約蓄え備え財家計

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