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君子訓 / 巻之上

一古語に、君を立つるは民の爲にすと言へり。凡國君を立つるは、其民を治めしめんためなり。國民を以て其君一人を養ひて、富貴ならしめん爲にはあらず。然れば國郡の主となる人は、我一人の樂を好まずして、民を安くし國を治むること、我が職分なる理を辨へ知りて、日夜朝暮、偏に仁愛の心を先とすべし。この理を知る時は、其職分を勤めて、民を安くし國を治むるを樂とし、世俗の好む淫樂漁獵男女の慾等は、自ら薄くなるべし。昔漢の東平王京都に參觀せられしに、其時の天子明帝、汝國に在るに何を以て樂とするやと問ひ給ひしに、東平王善をすること最樂しと答へられき。されば善政を行ひ、國民を安くする程の樂はなかるべし。凡國郡以下小鄕邑を治むる人も、其德聖賢に及ばずとも、古の道を學び、人を治むる古法を手本として行はゞ、などか民安く國治らざる事なかるべき。然らば其身尊榮して、世の譽、後の名まで、いみじき面目なるべし。豈眞の樂にあらずや。

新字:一古語に、君を立つるは民の為にすと言へり。凡国君を立つるは、其民を治めしめんためなり。国民を以て其君一人を養ひて、富貴ならしめん為にはあらず。然れば国郡の主となる人は、我一人の楽を好まずして、民を安くし国を治むること、我が職分なる理を弁へ知りて、日夜朝暮、偏に仁愛の心を先とすべし。この理を知る時は、其職分を勤めて、民を安くし国を治むるを楽とし、世俗の好む淫楽漁猟男女の慾等は、自ら薄くなるべし。昔漢の東平王京都に参観せられしに、其時の天子明帝、汝国に在るに何を以て楽とするやと問ひ給ひしに、東平王善をすること最楽しと答へられき。されば善政を行ひ、国民を安くする程の楽はなかるべし。凡国郡以下小郷邑を治むる人も、其徳聖賢に及ばずとも、古の道を学び、人を治むる古法を手本として行はゞ、などか民安く国治らざる事なかるべき。然らば其身尊栄して、世の誉、後の名まで、いみじき面目なるべし。豈真の楽にあらずや。

書き下し

一古語に、君を立つるは民の為にすと言へり。凡国君を立つるは、其民を治めしめんためなり。国民を以て其君一人を養ひて、富貴ならしめん為にはあらず。然れば国郡の主となる人は、我一人の楽を好まずして、民を安くし国を治むること、我が職分なる理を弁へ知りて、日夜朝暮、偏に仁愛の心を先とすべし。この理を知る時は、其職分を勤めて、民を安くし国を治むるを楽とし、世俗の好む淫楽漁猟男女の慾等は、自ら薄くなるべし。昔漢の東平王京都に参観せられしに、其時の天子明帝、汝国に在るに何を以て楽とするやと問ひ給ひしに、東平王善をすること最楽しと答へられき。されば善政を行ひ、国民を安くする程の楽はなかるべし。凡国郡以下小郷邑を治むる人も、其徳聖賢に及ばずとも、古の道を学び、人を治むる古法を手本として行はば、などか民安く国治らざる事なかるべき。然らば其身尊栄して、世の誉、後の名まで、いみじき面目なるべし。豈真の楽にあらずや。

現代語訳

古い言葉に「君を立てるのは民のためである」とあります。およそ国の君を立てるのは、その民を治めさせるためです。国の民によって君一人を養って富貴にさせるためではありません。ですから国や郡の主となる人は、自分一人の楽しみを好まず、民を安らかにし国を治めることが自分の職分であるという道理をわきまえて、日夜朝晩、ひたすら仁愛の心を先にすべきです。この道理を知れば、その職分を勤めて民を安らかにし国を治めることを楽しみとし、世俗の好む淫らな楽しみや狩猟、色欲などは自然と薄くなるでしょう。昔、漢の東平王が都に参上したとき、時の天子の明帝が「そなたは国にいて何を楽しみとしているのか」とお尋ねになると、東平王は「善をすることが最も楽しいのです」と答えました。ですから善政を行い、国の民を安らかにすることほどの楽しみはないでしょう。およそ国や郡以下、小さな郷や村を治める人も、その徳が聖賢に及ばなくても、昔の道を学び、人を治める昔の方法を手本として行えば、どうして民が安らかに国が治まらないことがあるでしょう。そうなればその身は尊ばれ栄えて、世の誉れから後世の名まで、すばらしい名誉となるでしょう。これこそ真の楽しみではありませんか。

解説

君は民のために立てられる、という原則から、治める者の楽しみは民を安らかにすることにあると説いています。後漢の東平王劉蒼が明帝に「善を為すは最も楽し」と答えた話は後漢書に見え、益軒は楽訓でもこの言葉を引いています。上に立つ人が自分の楽しみを追えば民が苦しむが、職分を楽しめば私欲は自然と薄れる、という見方は鋭いものです。仕事の成果が人の役に立つことに喜びを見いだせれば、贅沢や遊びに走らずにすみます。働く意味を考えるうえで示唆に富む一節です。

この章句が説くこと

善楽しみ仁愛民職分

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