導師導古典を学びたいすべての人に

君子訓 / 序

此大なる御惠を報い奉らんことは、誠に昊天のきはまり無きが如くなるべし。凡民を治むるには、古の聖の道を法とする事は、言ふもさらなれど、今の世の人、多くは經史に昧く、又官職に居る人は、學ぶに暇なくして、古の經濟の道にうとし。爰に我が愚昧をわすれて、かつて聞ける所を述べて、いさゝか古の道の片はしをあらはす。ひたすら無學の人のため、國字をもてしるし侍る。僭卒の罪のがれ難しと雖も、公侯大人の見聞に富める人のために記すにはあらず。唯一村を治むる小吏、一郡を預る代官のうちに、古の道に志ありて、經史を見聞するに便なき人のため、もしくは小補にもなりぬべく思ひてなり。是我がこの治まれる世の樂をうけたる大なる御惠を報い奉るかたはしになんありける。

新字:此大なる御恵を報い奉らんことは、誠に昊天のきはまり無きが如くなるべし。凡民を治むるには、古の聖の道を法とする事は、言ふもさらなれど、今の世の人、多くは経史に昧く、又官職に居る人は、学ぶに暇なくして、古の経済の道にうとし。爰に我が愚昧をわすれて、かつて聞ける所を述べて、いさゝか古の道の片はしをあらはす。ひたすら無学の人のため、国字をもてしるし侍る。僭卒の罪のがれ難しと雖も、公侯大人の見聞に富める人のために記すにはあらず。唯一村を治むる小吏、一郡を預る代官のうちに、古の道に志ありて、経史を見聞するに便なき人のため、もしくは小補にもなりぬべく思ひてなり。是我がこの治まれる世の楽をうけたる大なる御恵を報い奉るかたはしになんありける。

書き下し

此大なる御恵を報い奉らんことは、誠に昊天のきはまり無きが如くなるべし。凡民を治むるには、古の聖の道を法とする事は、言ふもさらなれど、今の世の人、多くは経史に昧く、又官職に居る人は、学ぶに暇なくして、古の経済の道にうとし。爰に我が愚昧をわすれて、かつて聞ける所を述べて、いささか古の道の片はしをあらはす。ひたすら無学の人のため、国字をもてしるし侍る。僭卒の罪のがれ難しと雖も、公侯大人の見聞に富める人のために記すにはあらず。唯一村を治むる小吏、一郡を預る代官のうちに、古の道に志ありて、経史を見聞するに便なき人のため、もしくは小補にもなりぬべく思ひてなり。是我がこの治まれる世の楽をうけたる大なる御恵を報い奉るかたはしになんありける。

現代語訳

この大きなお恵みにお報いすることは、まことに天の果てしないように限りがありません。およそ民を治めるには、昔の聖人の道を手本とすることは言うまでもありませんが、今の世の人の多くは経書や史書に暗く、また役職にある人は学ぶ暇がなくて、昔の世を治め民を救う道にうといのです。そこで私は自分の愚かさを忘れて、かつて聞いたことを述べ、少しばかり昔の道の片端をあらわします。ひたすら学問のない人のために、仮名交じりの文で記しました。出過ぎた罪は逃れがたいとはいえ、公侯や身分の高い、見聞の豊かな人のために記すのではありません。ただ一村を治める小役人や、一郡を預かる代官のうちで、昔の道に志があって、経書や史書を見聞きする便のない人のために、あるいは少しの助けにもなるだろうと思って記したのです。これが、この治まった世の楽しみを受けた大きなお恵みにお報いする、ほんの一端なのです。

解説

序の後半では、執筆の目的と読者を明らかにしています。君子訓は大名向けの書のように見えますが、益軒が想定したのは、経書や史書を読む暇のない村役人や郡の代官でした。そのために難しい漢文ではなく、仮名交じりの和文で書いたと述べています。晩年の益軒が次々と平易な和文の教訓書を書いた姿勢がよく表れた一節です。現場で人を預かりながら学ぶ時間のない人に、要点を届けたいという思いは、今の管理職研修や実務書にも通じるものです。

この章句が説くこと

君子訓治める役人学問恩

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る