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君子訓 / 巻之上

一天地は萬物の父母なり。其德廣大にして限りなく、萬物を生育してやむ事なし。人は殊に天地の正氣をうけて生れ、仁義の性をそなへたれば、萬物の靈にして、貴き賤しき、みな天地の御子なり。なかについて、國土を治め給ふ君子は、天より專らこの人を厚くかしづきて、人民のつかさとし、下を治めしめ給ふ。そのゆゑは、天地は人を生じ出し、養ひ惠むを以て心とし給へども、天もの言ざれば、自ら命令を下して人を治むる事あたはず、君子を取立て、官祿をあたへ、其地の人民を預け給ふなり。然れば、凡國土人民を司どり治むる人は、各其主君より命を受れども、其實は天より立て給へる代官なり。故に天職といふ。君子と稱するは、國に君として民を子とすといふ義なり。

新字:一天地は万物の父母なり。其徳広大にして限りなく、万物を生育してやむ事なし。人は殊に天地の正気をうけて生れ、仁義の性をそなへたれば、万物の霊にして、貴き賤しき、みな天地の御子なり。なかについて、国土を治め給ふ君子は、天より専らこの人を厚くかしづきて、人民のつかさとし、下を治めしめ給ふ。そのゆゑは、天地は人を生じ出し、養ひ恵むを以て心とし給へども、天もの言ざれば、自ら命令を下して人を治むる事あたはず、君子を取立て、官禄をあたへ、其地の人民を預け給ふなり。然れば、凡国土人民を司どり治むる人は、各其主君より命を受れども、其実は天より立て給へる代官なり。故に天職といふ。君子と称するは、国に君として民を子とすといふ義なり。

書き下し

一天地は万物の父母なり。其徳広大にして限りなく、万物を生育してやむ事なし。人は殊に天地の正気をうけて生れ、仁義の性をそなへたれば、万物の霊にして、貴き賤しき、みな天地の御子なり。なかについて、国土を治め給ふ君子は、天より専らこの人を厚くかしづきて、人民のつかさとし、下を治めしめ給ふ。そのゆゑは、天地は人を生じ出し、養ひ恵むを以て心とし給へども、天もの言ざれば、自ら命令を下して人を治むる事あたはず、君子を取立て、官禄をあたへ、其地の人民を預け給ふなり。然れば、凡国土人民を司どり治むる人は、各其主君より命を受れども、其実は天より立て給へる代官なり。故に天職といふ。君子と称するは、国に君として民を子とすといふ義なり。

現代語訳

天地は万物の父母です。その徳は広大で限りがなく、万物を生み育ててやむことがありません。人はとりわけ天地の正しい気を受けて生まれ、仁義の性質を備えているので、万物の霊長であり、身分の貴い者も賤しい者も、みな天地の御子です。なかでも国土を治められる君子は、天がもっぱらこの人を厚くいつくしんで、人民の長とし、下を治めさせられるのです。そのわけは、天地は人を生み出し、養い恵むことを心とされていますが、天はものを言わないので、自ら命令を下して人を治めることはできません。そこで君子を取り立てて官位と禄を与え、その地の人民を預けられるのです。ですから、およそ国土や人民をつかさどって治める人は、それぞれ主君から命を受けてはいても、その実は天が立てられた代官です。それで天職というのです。君子と称するのは、国の君として民を子とするという意味です。

解説

君子訓の冒頭で、益軒は治める者の立場を根本から定義しています。人は皆天地の子であり、君主はその天から民を預かった「代官」にすぎない、という考え方です。天はものを言わないという表現は、論語陽貨篇の「天何をか言うや」に通じます。領主が自分の力で民を支配しているのではなく、預かっているのだという自覚を求めているわけです。経営者や管理職にとっても、部下や顧客を「預かっている」と考えれば、権限の使い方は自然と慎重になります。立場を任された責任を考えさせる一節です。

この章句が説くこと

天職君子天地民責任

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