甲陽軍鑑 / 品第十三
又宗雲が子孫は居ながら繁昌すると宗雲申しをかるゝを、本間江州·井又左近太夫兩人能く聞き届くる、さる程に本間·井又北條家のこと見てみ届けきいて届け、一ッ書にしてもつて右の本間·井又は、北條家にて少しの作り惡をいたし出入四年にして小田原をのき、上野平井へ參り長尾いけん入道方へ書き付けを渡す、其ケ條は兩上杉家の大身·中身衆九人の外悉く九十人にあまり、北條へたよること一ツ、宗雲いひをかるゝ上杉家破るゝの時刻見はからうこと二ツ、氏康始め家老各侍ども行儀作法能きこと三ツ、
新字:又宗雲が子孫は居ながら繁昌すると宗雲申しをかるゝを、本間江州·井又左近太夫両人能く聞き届くる、さる程に本間·井又北条家のこと見てみ届けきいて届け、一ッ書にしてもつて右の本間·井又は、北条家にて少しの作り悪をいたし出入四年にして小田原をのき、上野平井へ参り長尾いけん入道方へ書き付けを渡す、其ケ条は両上杉家の大身·中身衆九人の外悉く九十人にあまり、北条へたよること一ツ、宗雲いひをかるゝ上杉家破るゝの時刻見はからうこと二ツ、氏康始め家老各侍ども行儀作法能きこと三ツ、
書き下し
又宗雲が子孫は居ながら繁昌すると宗雲申しをかるゝを、本間江州·井又左近太夫両人能く聞き届くる、さる程に本間·井又北条家のこと見てみ届けきいて届け、一ッ書にしてもつて右の本間·井又は、北条家にて少しの作り悪をいたし出入四年にして小田原をのき、上野平井へ参り長尾いけん入道方へ書き付けを渡す、其ケ条は両上杉家の大身·中身衆九人の外悉く九十人にあまり、北条へたよること一ツ、宗雲いひをかるゝ上杉家破るゝの時刻見はからうこと二ツ、氏康始め家老各侍ども行儀作法能きこと三ツ、
現代語訳
ことに両上杉の仲さえ悪ければ、宗雲の子孫は居ながらにして繁昌すると宗雲が言い置かれたのを、本間江州・井又左近太夫の両人はよく聞き届けた。そうして本間・井又は北条家のことを見て見届け、聞いて聞き届け、一つ書にして、右の本間・井又は北条家で少しの作り悪事をして、出入り四年で小田原を退き、上野平井へ参って長尾いげん入道方へ書き付けを渡す。その箇条は、両上杉家の大身・中身衆は九人のほかことごとく九十人に余りが北条へ寄っていること、一つ。宗雲が言い置かれた、上杉家の破れる時刻を見計らうこと、二つ。氏康をはじめ家老・各侍どもの行儀作法がよいこと、三つ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚同下子墨子言いて曰く、「知者の事は、必ず國家百姓の治まる所以の者を計りて之を為し、必ず國家百姓の亂るる所以の者を計りて之を辟く。然らば國家百姓の治まる所以の者を計るに何ぞや。上の政を為すや、下の情を得れば則ち治まり、下の情を得ざれば則ち亂る。何を以て其の然るを知るや。上の政を為すや、下の情を得れば、則ち是れ民の善非に明らかなり。茍くも民の善非に明らかなるが若くんば、則ち善人を得て之を賞し、暴人を得て之を罰するなり。善人賞せられて暴人罰せらるれば、則ち國必ず治まる。上の政を為すや、下の情を得ざれば、則ち是れ民の善非に明らかならず。若し茍くも民の善非に明らかならずんば、則ち是れ善人を得て之を賞せず、暴人を得て之を罰せず。善人賞せられずして暴人罰せられず、政を為すこと此くの若くんば、國衆必ず亂る。故に賞は下の情を得ざれば、而ち察せざる可からざる者なり」と。
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『墨子』尚同中故に古者、聖王は唯だ壹に尚同を以て正長と為す。是れ上下、請謁して通を為す。上に隠事遺利有れば、下、得て之を利し、下に蓄怨積害有れば、上、得て之を除く。是を以て數千萬里の外に善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、鄉里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を賞す。數千萬里の外に不善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、郷里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を罰す。是を以て天下の人を舉げて皆な恐懼振動惕慄して、敢えて淫暴を為さず、曰く、「天子の視聴や神なり」と。先王の言に曰く、「神に非ざるなり。夫れ唯だ能く人の耳目をして己が視聴を助けしめ、人の吻をして己が言談を助けしめ、人の心をして己が思慮を助けしめ、人の股肱をして己が動作を助けしむればなり」と。之を視聴するを助くる者衆ければ、則ち其の聞見する所の者は逺し。之を言談するを助くる者衆ければ、則ち其の徳音の撫循する所の者は博し。之を思慮するを助くる者衆ければ、則ち其の謀慮は速やかに得らる。之を動作するを助くる者衆ければ、則ち其の事を舉ぐること速やかに成る。
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孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
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孫子・用間篇相守ること数年、以て一日の勝を争う。而るに爵禄百金を愛しみて、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。人の将に非ざるなり、主の佐に非ざるなり、勝の主に非ざるなり。
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孫子・用間篇先知は、鬼神に取るべからず、事に象るべからず、度に験すべからず、必ず人に取り、敵の情を知る者なり。
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『墨子』尚同下是の故に古の聖王の天下を治むるや、千里の外に賢人有り、其の鄉里の人、皆な未だ之を均しく聞き見ざるに、聖王、得て之を賞す。千里の外に暴人有り、其の鄉里、未だ之を均しく見ざるに、聖王、得て之を罰す。故に唯だ聖王を以て耳聡く目明らかなりと為す毋からんや。豈に能く一たび視て千里の外を通見せんや、一たび聴きて千里の外を通聞せんや。聖王は往きて視るにあらざるなり、就きて聴くにあらざるなり。然れども天下の冦亂盜賊を為す者をして、天下を周流するも足を重ぬる所無からしむるは、何ぞや。其の尚同を以て政を為すこと善ければなり。
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