講孟余話 / 盡心下 第三十一章
大氏此人小用スレハ小誉アリ、小害アリ、大用スレハ大誉アリ、大害アリ、其器量又大小数等アリ、然トモ其以不言餂之コトハ則一也、以言餂之者モ亦三数等アリ、便侫ハ論スルニ足ラス、又利口喋々、才能ヲ示サント欲スル者アリ、是曹参長釈之ノ取ラサル所、其薄情惡ムヘシ、又侃々諤々鯁直ヲ耀サント欲スル者アリ、是或ハ可ニシテ未タ全ク可ナラス、畢竟国ノ爲ニスルノ志、身ノ爲ニスルノ私ニ勝チ得ス、抑余カ如キ、正直国ヲ憂フルヲ以テ自ラ任ス、一二ノ同志、亦或ハ其眞心能然ルヲ許スモノアリ、然トモ自ラ反省スルニ、遂ニ以言餂之ノ私心未タ全ク銷尽セス、豈甚タ慙ツヘキノ甚シキニ非ズヤ、凡ソ穿窬ハ其惡顕明、人得テ之ヲ咎メ、官得テ之ヲ罪ス、餂之ハ其情隱微、人皆之ヲ喜ヒ、官皆之ヲ愛ス、然ラハ則チ餂之ノ愧耻タル、士自ラ是ヲ知ルニ非スンハ、義氣マサニ天地間ニ滅絕セントス、是吾黨ノ任ナリ
新字:大氏此人小用スレハ小誉アリ、小害アリ、大用スレハ大誉アリ、大害アリ、其器量又大小数等アリ、然トモ其以不言餂之コトハ則一也、以言餂之者モ亦三数等アリ、便侫ハ論スルニ足ラス、又利口喋々、才能ヲ示サント欲スル者アリ、是曹参長釈之ノ取ラサル所、其薄情悪ムヘシ、又侃々諤々鯁直ヲ耀サント欲スル者アリ、是或ハ可ニシテ未タ全ク可ナラス、畢竟国ノ為ニスルノ志、身ノ為ニスルノ私ニ勝チ得ス、抑余カ如キ、正直国ヲ憂フルヲ以テ自ラ任ス、一二ノ同志、亦或ハ其真心能然ルヲ許スモノアリ、然トモ自ラ反省スルニ、遂ニ以言餂之ノ私心未タ全ク銷尽セス、豈甚タ慚ツヘキノ甚シキニ非ズヤ、凡ソ穿窬ハ其悪顕明、人得テ之ヲ咎メ、官得テ之ヲ罪ス、餂之ハ其情隠微、人皆之ヲ喜ヒ、官皆之ヲ愛ス、然ラハ則チ餂之ノ愧耻タル、士自ラ是ヲ知ルニ非スンハ、義気マサニ天地間ニ滅絶セントス、是吾党ノ任ナリ
書き下し
大氐此の人、小用すれば小誉あり、小害あり、大用すれば大誉あり、大害あり。其の器量又大小数等あり。然れども其の言はざるを以て之れを餂ることは則ち一なり。言を以て之れを餂る者も亦三数等あり。便佞は論ずるに足らず。又利口喋々、才能を示さんと欲する者あり、是れ曹参・張釈之の取らざる所、其の薄情悪むべし。又侃々諤々、鯁直を耀かさんと欲する者あり、是れ或は可にして未だ全く可ならず、畢竟国の為にするの志、身の為にするの私に勝ち得ず。抑々余が如き、正直国を憂ふるを以て自ら任ず。一二の同志、亦或は其の真心能く然るを許すものあり。然れども自ら反省するに、遂に言を以て之れを餂るの私心未だ全く銷尽せず、豈に甚だ慙づべきの甚しきに非ずや。凡そ穿窬は其の悪顕明、人得て之れを咎め、官得て之れを罪す。之れを餂るは其の情隠微、人皆之れを喜び、官皆之れを愛す。然らば則ち之れを餂るの愧恥たる、士自ら是れを知るに非ずんば、義気将に天地の間に滅絶せんとす。是れ吾が党の任なり。
現代語訳
おおよそ、この種の人は小さく用いれば小さな誉れと小さな害があり、大きく用いれば大きな誉れと大きな害がある。その器量にもまた大小いくつかの段階がある。しかし、黙ることによって釣るという点では同じである。言葉で釣る者にもまた三つほどの段階がある。口先でへつらう者は論じるまでもない。また、べらべらとよくしゃべって才能を見せようとする者がいる。これは曹参や張釈之が取らなかったもので、その薄情さは憎むべきである。また、遠慮なく直言して剛直さを見せつけようとする者がいる。これは場合によってはよいが、まだ完全によいとは言えない。結局、国のためにという志が、自分のためにという私心に勝ちきれていないのである。そもそも私などは、正直に国を憂えることを自分の任としている。一人二人の同志は、その真心がそうであると認めてくれることもある。しかし自ら反省すると、言葉で釣ろうとする私心がまだすっかり消えてはいない。何と恥ずべきことではないか。そもそも盗みはその悪が明らかなので、人はこれをとがめ、役所はこれを罰する。人の歓心を釣ることは、その心が隠れて見えにくいので、人はみなこれを喜び、役所はみなこれを愛する。だから、歓心を釣ることを恥とする心は、士が自分で気づかなければ、正義の気風は天地の間から消え去ってしまうだろう。これこそわれわれの務めである。
解説
この章句が説くこと
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史記 孝文本紀上曰く、「列侯の高帝に従ひて蜀・漢中に入りし者六十八人皆封を益すこと各々三百戸、故の吏二千石以上の高帝に従ひし潁川の守尊等十人には食邑六百戸、淮陽の守申徒嘉等十人には五百戸、衛尉定等十人には四百戸。淮南王の舅父趙兼を封じて周陽侯と為し、斉王の舅父駟鈞を清郭侯と為す。」と。秋、故の常山の丞相蔡兼を封じて樊侯と為す。人或いは右丞相に説きて曰く、「君本諸呂を誅し、代王を迎ふ、今又其の功を矜り、上賞を受け、尊位に処る、禍且に身に及ばんとす。」と。右丞相勃乃ち病を謝して免じ罷む、左丞相平専ら丞相と為る。二年十月、丞相平卒す、復た絳侯勃を以て丞相と為す。上曰く、「朕聞く古者諸侯国を建つること千余(歳)、各々其の地を守り、時を以て入貢し、民労苦せず、上下驩欣し、遺徳有る靡しと。今列侯多く長安に居り、邑遠く、吏卒の給輸費苦しみ、而して列侯も亦其の民を教馴するに由無し。其れ列侯をして国に之かしめ、吏と為り及び詔して止むる所の者は、太子を遣はせ。」と。十一月晦、日之を食する有り。十二月望、日又食す。上曰く、「朕之を聞く、天蒸民を生じ、之が為に君を置きて以て之を養治せしむ。人主不徳にして、政を布くこと均しからずんば、則ち天之に示すに菑(わざはひ)を以てし、以て治まらざるを誡むと。乃ち十一月晦、日之を食する有り、適(せ)めて天に見はる、菑孰れか焉より大ならん。朕宗廟を保つことを獲、微眇の身を以て兆民君王の上に託す、天下の治乱は、朕一人に在り、唯だ二三の執政は猶ほ吾が股肱のごときなり。朕下は群生を理育する能はず、上は以て三光の明を累す、其の不徳大なり。令至らば、其れ悉く朕の過失、及び知見思の及ばざる所を思ひて、匄(こ)ひて以て朕に告げよ。及び賢良方正にして能く直言極諫する者を挙げて、以て朕の逮ばざるを匡せ。
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『幽夢影』巻下・鏡をして知有らしめば必ず撲破に遭はん媸顏陋質の、鏡と仇を爲さざる者は、亦鏡を以て無知の死物と爲すのみ。鏡をして知有らしめば、必ず撲破に遭はん。
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史記 汲鄭列伝黯人と為り性倨にして、礼少なく、面折し、人の過ちを容るること能はず。己に合ふ者は善く之を待ち、己に合はざる者は見るに忍ぶこと能はず、士も亦此を以て附かず。然れども学を好み、游侠し、気節に任じ、内行修絜にして、直諫を好み、数々主の顔色を犯し、常に傅柏・袁盎の人と為りを慕ふなり。灌夫・鄭当時及び宗正劉棄に善し。亦数々直諫するを以て、久しく位に居るを得ず。是の時に当たり、太后の弟武安侯蚡丞相為り、中二千石来たりて拝謁するに、蚡礼を為さず。然れども黯蚡に見ゆるに未だ嘗て拝せず、常に之に揖す。天子方に文学儒者を招く、上曰く吾云云せんと欲すと、黯対へて曰く、「陛下内に欲多くして外に仁義を施す、柰何ぞ唐虞の治に效はんと欲するや」と。上黙然として、怒り、色を変じて朝を罷む。公卿皆黯の為に懼る。上退き、左右に謂ひて曰く、「甚しいかな、汲黯の戇なるや」と。群臣或いは黯を数む、黯曰く、「天子公卿輔弼の臣を置くは、寧ろ従諛承意して、主を不義に陥れしめんや。且つ已に其の位に在り、縦ひ身を愛すとも、朝廷を辱むることを柰何せん」と。黯病多く、病且に三月に満たんとし、上常に告を賜ふこと数々なるも、終に愈えず。最後に病む、荘助為に告を請ふ。
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言志四録・言志晩録 第百四十八条 和悦して争ふ官長を視ること猶ほ父兄のごとくし、宜しく敬順を主とすべし。吾が議若し合はざること有らば、則ち宜しく姑く前言を置き、替へて他に商思すべし。竟に不可なること有らば、則ち苟くも従ふべきに非ず。必ず当に和悦して争ふべし。敢へて易慢の心を生ぜず。
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