幽夢影 / 巻下・鏡をして知有らしめば必ず撲破に遭はん
媸顏陋質,不與鏡爲仇者,亦以鏡爲無知之死物耳。使鏡而有知,必遭撲破矣。
新字:媸顔陋質,不与鏡為仇者,亦以鏡為無知之死物耳。使鏡而有知,必遭撲破矣。
書き下し
媸顏陋質の、鏡と仇を爲さざる者は、亦鏡を以て無知の死物と爲すのみ。鏡をして知有らしめば、必ず撲破に遭はん。
現代語訳
器量のよくない人が鏡を恨まないのは、鏡を心を持たない無生物だと思っているからにすぎません。もし鏡に心があったなら、きっとたたき割られてしまうでしょう。
解説
ありのままを映す鏡を題材に、人が真実を告げる者をどう扱うかを皮肉った一則です。媸顔陋質は、みにくい顔立ちや見劣りする姿のことです。鏡は見たとおりを映すだけなので、人はそれを恨もうとは思いません。ところが、同じことを心を持つ者が口にすれば、たちまち憎まれてしまうというのです。ここには、正直な忠告をする人が疎まれやすいという、人間の性質への鋭い観察があります。友人の張竹坡は「鏡に心があるなら、みにくいものを美しく映してやるだろう」と、やさしい答えを返しています。耳の痛い指摘をしてくれる人を、鏡を割るように遠ざけていないか、自分を振り返りたくなります。
この章句が説くこと
直言諫言鏡謙虚自省
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