講孟余話 / 盡心下 第二十八章
諸侯之寶三、土地人民政事、寶珠玉者、殃必及身、寶ノ字、說文ニ从宀武延切玉缶貝声トアリ、玉ハ珠玉ノ總称也、缶ハ瓦器ニテ酒ヲ盛ル所以、又以テ之ヲ皷シ樂ヲ節スヘシ、盖シ古以テ器皿ノ惣称トスル也、貝ハ古ハ貝ヲ貨トス、秦ニ至リ貝ヲ廃シ錢ヲ行フ、然レハ貨幣ノ惣称也、詩ニ貝錦アリ、書ニ織貝アレハ、又錦帛ノ別称ニモ當ツヘシ、宀ハ家宅宮室ノ惣称ニシテ、玉缶貝ヲ弆藏スル所也、宜ナル哉世人ノ珠玉器皿貨幣錦帛宮室ヲ以テ宝トスルヤ、然トモ此貪ヲ貪リ、莫大ノ禍殃ヲ買フ者、比々皆是也、然レハ所謂宝ハ禍殃ヲ買フノ資ニシテ、眞宝トナスヘカラス、况ヤ諸侯ノ身ニ於テ、是ヲ以テ宝トスルヲヤ、
新字:諸侯之宝三、土地人民政事、宝珠玉者、殃必及身、宝ノ字、説文ニ从宀武延切玉缶貝声トアリ、玉ハ珠玉ノ総称也、缶ハ瓦器ニテ酒ヲ盛ル所以、又以テ之ヲ鼓シ楽ヲ節スヘシ、盖シ古以テ器皿ノ惣称トスル也、貝ハ古ハ貝ヲ貨トス、秦ニ至リ貝ヲ廃シ銭ヲ行フ、然レハ貨幣ノ惣称也、詩ニ貝錦アリ、書ニ織貝アレハ、又錦帛ノ別称ニモ当ツヘシ、宀ハ家宅宮室ノ惣称ニシテ、玉缶貝ヲ弆蔵スル所也、宜ナル哉世人ノ珠玉器皿貨幣錦帛宮室ヲ以テ宝トスルヤ、然トモ此貪ヲ貪リ、莫大ノ禍殃ヲ買フ者、比々皆是也、然レハ所謂宝ハ禍殃ヲ買フノ資ニシテ、真宝トナスヘカラス、況ヤ諸侯ノ身ニ於テ、是ヲ以テ宝トスルヲヤ、
書き下し
「諸侯の宝三つ、土地・人民・政事。珠玉を宝とする者は、殃必ず身に及ぶ」。宝の字、説文に「宀(武延の切)・玉・缶に従ひ、貝の声」とあり。玉は珠玉の総称なり。缶は瓦器にて酒を盛る所以、又以て之れを鼓し楽を節すべし。蓋し古以て器皿の総称とするなり。貝は古は貝を貨とす、秦に至り貝を廃し銭を行ふ。然れば貨幣の総称なり。詩に貝錦あり、書に織貝あれば、又錦帛の別称にも当つべし。宀は家宅宮室の総称にして、玉・缶・貝を弆蔵する所なり。宜なるかな世人の珠玉・器皿・貨幣・錦帛・宮室を以て宝とするや。然れども此の貪を貪り、莫大の禍殃を買ふ者、比々皆是れなり。然れば所謂宝は禍殃を買ふの資にして、真宝となすべからず。況んや諸侯の身に於て、是れを以て宝とするをや。
現代語訳
「諸侯の宝は三つ、土地と人民と政事である。珠玉を宝とする者には、必ず災いが身に及ぶ」。宝の字は、『説文解字』に「宀(音は武延の反切)・玉・缶から成り、貝が音を表す」とある。玉は珠玉の総称である。缶は素焼きの器で酒を盛るもの、また打ち鳴らして楽の拍子をとることもできる。思うに昔は器物の総称だったのだろう。貝は、昔は貝を貨幣とし、秦になって貝をやめて銭を用いた。だから貨幣の総称である。『詩経』に「貝錦」、『書経』に「織貝」とあるから、錦や絹織物の別名にもあてられる。宀は家や宮殿の総称で、玉・缶・貝をしまっておく所である。なるほど世の人が珠玉・器物・貨幣・錦・宮殿を宝とするのも無理はない。しかし、これをむさぼって莫大な災いを買い込む者は、どこにでもいる。してみれば、いわゆる宝は災いを買う元手であって、本当の宝とすべきではない。まして諸侯の身でこれを宝とするなど、なおさらである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『講孟余話』盡心下 第二十八章六韜に「大農・大工・大匠、之れを三宝と謂ふ」、易に「聖人の大宝を位と曰ふ」、詩に「稼穡惟れ宝」、書に「宝とする所は惟れ賢」、大学に「惟だ善以て宝と為す」、又「親を仁しむを以て宝と為す」と云ふ。皆其の意の属する所深けれども、各々其の一偏を説くのみにて、孟子の此の章の明備なる如き者なし。蓋し土地は人民・政事の基なり。若し土地なくんば、人民ありと云へども居るべき所なし、何ぞ況んや政事を施す所あらんや。已に土地ありて人民なくんば、漠々たる沙磧、何の用かあらん。土地人民ありと雖も、政事なくんば、草木榛々、鹿豕狉々、何ぞ其の人倫あるを見ん。故に三者一も闕くことあらば、宀・玉・缶・貝ありと云ふとも、安んぞ能く是れを宝とせんや。若し三者兼ね備はらば、宀・玉・缶・貝亦何を求めてか得ざらん。然れども諸侯に在りては、土地人民已に其の固有の物たり、政事は今日の勤むべき所、三者相比するは豈に不倫に非ずや。云く否、政事は固より今日の勤むべき所と云へども、亦祖宗より創業垂統する所なり。土地人民も同じく祖宗より伝ふる所なれば、子孫として保守護持することは、三者同じきことなり。六国地を割きて秦に賂ふが如き、三者を守ること能はざるの甚しきなり。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「諸侯の寶は三あり。土地・人民・政事なり。珠玉を寶とする者は、殃必ず身に及ぶ。」
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒世間一切ノ珠玉珍宝物具皆此ニ準スル。此モ先祖ヨリ持チ来タ宝器ノアルヲ。棄ヨト云デハナイ。アルニ随テソノ守リアルヘキコトシヤ。上テ云ハハ。卞和氏カ璞ヲ得テ刖レタ類。此名玉ノ出ルハ世ノ福分ナレドモ。初テ得ル人ハ。其道ナケレバ其身ニ灾アルト云コトシヤ。大抵ハ得ガタキ宝ヲ貴ハヌト云ガヨキ教シヤ。中テ云ヘハ。虞公ガ垂棘ノ玉屈産ノ乗ヲ貪テ其国ヲ亡シタ類。故ナクシテ宝物ノ来ルトキハ。其心ノ用ヒヤウノ有ベキコトジヤ。下テ云ヘハ。金銀財宝諸ノ珍好ノ物ユヱ身ヲ亡ス者多キシヤ。古往今来ミナカウシヤ。鳥獣モ虎カ皮ユヱ殺サルル。象カ牙ユヱ身ヲ亡ス。鸚鵡カ人語ヲヨクマナフ故ニ樊籠ニ入レラル。翡翠ノ羽カ美好ナル故殺サルル。皆不祥ノ器シヤ。此モ虎皮象牙ノ文。鸚鵡カ能言。翡翠カ羽ノ美ナルヲ咎ムルデハナイ。此類ヲ推シテ。人道ヲ慎ミ。天道ニ順ズベキコトシヤ。
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『墨子』耕柱子墨子曰く、「和氏の璧、隋侯の珠、三棘六異、此れ諸侯の所謂る良寳なり。以て國家を富まし、人民を衆くし、刑政を治め、社稷を安んず可きか。曰く、不可なり。所謂る良寶を貴ぶ者は、其の以て利す可きが為なり。而して和氏の璧、隋侯の珠、三棘六異は、以て人を利す可からず。是れ天下の良寶に非ざるなり。今、義を用いて政を國家に為さば、人民必ず衆く、刑政必ず治まり、社稷必ず安からん。良寶を貴ぶ所以の者は、以て民を利す可ければなり。而して義は以て人を利す可し。故に曰く、義は天下の良寶なり」と。
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『講孟余話』離婁上 第十四章「善く戦ふ者は上刑に服し、諸侯を連ぬる者は之れに次ぎ、草萊を辟き土地に任ずる者は之れに次ぐ」。善く戦ふ者の三言を聞きて、人皆驚愕せざるはなし。今や国家多事、夷寇陸梁す。善く戦ふ者ありて寇を平らげ、諸侯を連ぬる者ありて列藩心を協へ力を合はせ、草萊を辟き土地に任ずる者ありて国用を足すに非ずんば、何を以て時艱を済はんや。是れ人々の驚愕する所なり。然れども是れ深く孟子の意を察せざる者と云ふべし。孟子の意は、仁政を行はずして此の三者を主とするの非を云ふなり。今の時に方りて、親を親しみ、賢を賢とし、民を愛し、士を養ふの政を行はずして、此の三者を主とせば、其の極如何ぞや。是れ孟子の悪む所なり。故に云ふ「上刑に服す」と。第十五章。
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『講孟余話』離婁上 第九章但し「心を得」「民を得」「天下を得」の「得」の字の意味を善く味ふべし。得とは吾が物とし吾が自由になる心なり。天下を得れば天下は吾が物にて吾が自由になるなり。民を得れば民は吾が物にて吾が自由になるなり。心を得れば心は吾が物にて吾が自由になるなり。故に民を得、心を得るは、孫子の所謂「民をして上と意を同じうせしむ」の義なり。民心が上の思ふ如くなることなり。上方に夷狄を悪みて是れを征伐せんと思へば、民心も亦斯くの如し。上方に城郭を築き艦砲を造り寇賊に備へんとすれば、民心も亦斯くの如し。若し上の思ふ所少しにても民心の違戾することあれば、得と云ふべからず。得の字の意味かくの如し。書を読むは意味を知ることを要す。
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