価原 / 『価原』得やすく足りやすい物こそ宝
王者ノ村トスル所ハ水火木金土穀ナリ城郭橋梁屋壁舟車耒耜釜甑刀劍陶瓦百ノ器械烹熟煨炙衣服飮食何レカ五行ノ外ニ出ル是天下ノ至寶ニシテ得ヤスク塞ヤスク足リ易キ者ニシテ必得難キ者ニアラズ得難キ寶ハ寶ニアラズタトヒ連城ノ壁十二乘ヲ照ストモ燈火ノ千家萬家ニ滿テ照スノ功ニ比スレバ對用スベキニアラズ此故ニ得難キノ寶ハ得ズシテモスム者ナリ得ヤスキノ寶ハ民生須臾モ離ルベカラザル者也ムカシ人質撲ニシテ奢靡文飾ニ走ラザリシ世ハ是ニテ用足リタリ世移リ俗變ジテ次第ニ移リ飾ル世ニナリテ得易ク塞易キ者ノ財タルヲ忘レ謾ニ得難ク給難キ者ヲ求メテ至寶ト思ヘリ其至寶ハ無用ノ者ニシテ王者ノ寶ハ有用ノ者也
新字:王者ノ村トスル所ハ水火木金土穀ナリ城郭橋梁屋壁舟車耒耜釜甑刀剣陶瓦百ノ器械烹熟煨炙衣服飲食何レカ五行ノ外ニ出ル是天下ノ至宝ニシテ得ヤスク塞ヤスク足リ易キ者ニシテ必得難キ者ニアラズ得難キ宝ハ宝ニアラズタトヒ連城ノ壁十二乗ヲ照ストモ灯火ノ千家万家ニ満テ照スノ功ニ比スレバ対用スベキニアラズ此故ニ得難キノ宝ハ得ズシテモスム者ナリ得ヤスキノ宝ハ民生須臾モ離ルベカラザル者也ムカシ人質撲ニシテ奢靡文飾ニ走ラザリシ世ハ是ニテ用足リタリ世移リ俗変ジテ次第ニ移リ飾ル世ニナリテ得易ク塞易キ者ノ財タルヲ忘レ謾ニ得難ク給難キ者ヲ求メテ至宝ト思ヘリ其至宝ハ無用ノ者ニシテ王者ノ宝ハ有用ノ者也
書き下し
王者の材とする所は、水・火・木・金・土・穀なり。城郭・橋梁・屋壁・舟車・耒耜・釜甑・刀剣・陶瓦、百の器械、烹熟・煨炙・衣服・飲食、何れか五行の外に出ずる。これ天下の至宝にして、得やすく、塞やすく、足り易き者にして、必ずしも得難き者にあらず。得難き宝は宝にあらず。たとい連城の璧、十二乗を照らすとも、灯火の千家万家に満ちて照らすの功に比すれば、対用すべきにあらず。この故に、得難きの宝は、得ずしても済む者なり。得やすきの宝は、民生須臾も離るべからざる者なり。昔、人質朴にして奢靡文飾に走らざりし世は、これにて用足りたり。世移り俗変じて、次第に移り飾る世になりて、得易く塞易き者の財たるを忘れ、漫りに得難く給し難き者を求めて至宝と思えり。その至宝は無用の者にして、王者の宝は有用の者なり。
現代語訳
王者が材料とするのは、水・火・木・金・土・穀である。城郭、橋や梁、家の壁、舟や車、鋤や鍬、釜や甑、刀剣、陶器や瓦、あらゆる道具、煮たり焼いたりする調理、衣服、飲食、どれ一つとして五行の外に出るものはない。これこそ天下の最上の宝であって、手に入れやすく、ふさがりにくく、十分に足りやすいものであり、決して手に入れにくいものではない。手に入れにくい宝は宝ではない。たとえ連城の璧が十二台の車を照らすほどの輝きであっても、灯火が千軒万軒の家に満ちて照らす働きに比べれば、並べて用いるものではない。だから、手に入れにくい宝は、なくても済むものである。手に入れやすい宝は、民の暮らしが一瞬たりとも離れてはならないものである。昔、人の気質が飾り気なく素朴で、ぜいたくや飾りに走らなかった世は、これで用が足りていた。世が移り風俗が変わり、次第に見栄えを飾る世になると、手に入れやすく不足しにくいものこそが財であることを忘れ、むやみに手に入れにくく供給しにくいものを求めて、それを最上の宝と思うようになった。その最上の宝は役に立たないものであり、王者の宝は役に立つものである。
解説

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価原・『価原』東坡の言と鉄を至宝とする理由一通りに考うれば、金銀少なければ世の中貧しく、金銀多ければ世の中ゆたかなる者かと思えども、然らず。ここにて得と天下の至宝は六府に過ぎざる事を察すべし。東坡いえる如く、「天をして珠を雨らしむとも、寒き者は以て襦と為すことを得ず。天をして玉を雨らしむとも、飢えたる者は以て粟と為すことを得ず」にて、金銀・瑠璃・硨磲・瑪瑙・琥珀など云いて、世には賞玩すれども、民用に何の益もなければ、王者これを宝とせず。この故に、古の王者は五官とて、水・火・木・金・土に各々その長を置きて治められしなり。金とは五金の総名なり。分かちて云えば金・銀・銅・鉛・鉄、合わせて云えば皆金なり。五金の内にては鉄を至宝とす。銅これに次ぐ、鉛これに次ぐ。如何となれば、鉄はその価廉にしてその用広し。民生一日も無くんば有るべからず。銅は器物の用あり、鉛は軍中の用あり。金銀は有れば有る処の用あれども、無くても先ず済む者なり。さる程に、余の金はこの方には遅く見え得れども、鉄は神代の昔より有りしと見えたり。
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価原・『価原』六府三事と天下の至宝は何か禹謨に「徳は惟れ善政、政は民を養うに在り。水・火・木・金・土・穀惟れ修め、徳を正し用を利し生を厚くすること惟れ和す」と云えり。水・火・木・金・土・穀、これを六府と云う。正徳・利用・厚生、これを三事と云う。後世の治、千術万法有りといえども、この六府三事に出でず。禹謨に水火木金土穀といえるを、その後は穀を土に合して五行とも五材ともいえり。天下の至宝という者は、この六府なり。禹謨の後、洪範にこれを五行と謂いて、箕子の述ぶる所、始めて禹謨に違いて、後世五行家の禍胎とはなれり。已に尚書に出でたれば、後世の人これを左右に動かすことならで、その後の歴々方も色々の曲説を設けて調停せり。されど天地の条理を取りて禹謨と相照らしてこれを観れば、箕子の誤伝掩うべからず。古の聖人と云う者は、天下を有する人なり。これを王者と云う。
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価原・『価原』至宝を守り遊手を本業へ戻す心然ればこの至宝を少しにても天地の間に生殖し、少しにても天地の間に存し、民生生生の用を助くるほど、天に事うる務めはあらじ。ただ勢い偏にして、郡県に来歳凶饑の備えなく、都会には遊手貪り費やすの煩いありて、これを傷むの人に乏し。故に民の風に梳り雨に沐い、星に耕し露に耘りし膏血を、文彩・刻鏤・音声・技巧の用に貪り尽くし、その生ずる者をして悶でしめ、その費やす者をして播さしむ。意ある者、あに薬目して憂えざるべけんや。もしこれを憂うる人あらば、一郡一県を治めんにも、何とぞ人を一人にても農に返し、一人にても遊手を本業に本づかしめ、財貨他より入るの路を開き、器械他に求めざるべきこそ肝要なれ。一国を治むる人は、他国をもって壑とせざることを得ず。白圭と禹と、勢い同じからざることあり。
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価原・『価原』欲に限りがあり財には限りがある事、両ながら全うし難ければ、廉恥の風荒めば、人、賄賂を好む。礼譲の教え至らざれば、人、争奪を好む。制度立つことなければ、華奢、等を踰ゆ。今、その好むを好むに任せ、踰ゆるを踰ゆるに任せ、限りなき人の欲を、極まり有る財宝にて償わんことを求めば、天下の大山高岳をして尽く金を出ださしむるとも、米粟布帛の至宝を生ずる者をしてその業を棄てしめ、衣食器械にもならざる物に人巧を費やさしむるに過ぎず。これをもって今たとい金銀をして天下の米粟布帛のごとく多からしむとも、世ただ債数の多くなるまでにて、至宝の生路は日々に薄く、人の賑わうことは有るまじきなり。
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価原・『価原』金銀の美と国外への流出金銀もと美物、国家を有つ人は布粟金銀府庫に満ち、下をして兼併偏重の勢いなからしめば、用を通ずる能、まことに諸貨の及ぶところにあらず。軍中の捷利、民間の必用、国を有つ者の欠ぐべき者にあらず。それ金の山にある、土石の精英にして至って得難し。至美至重にして万国みな望みをこれに属す。しかればこれを得んもの、土石のごとく思わんこと、下、人巧の労疲を察せず、上、造化の精英を貪り、国を有つ者は国を傾け、家を有つ者は家を破る。かつ各国その境界あり、界を出る者は再び帰らず。最も憚らざるべけんや。
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価原・『価原』遊手が民の膏血を費やす都会都会はかく財宝に富める地なり。遊手ども日日夜夜に集まり会い、文彩・刻鏤・音声・技巧、人の目を奪い心を蕩かすことを巧み衒いて、良民力を尽くして生じ出す者を費やし、人の嚢中の物を釣り出す。ここにおいて釣る者と釣らるる者と、同じく民の膏血を貪り費やす。然れば、金あれば成らざることなしと金を悦ぶ心は、吾儕小人一身を安んずるの計にして、天下国家を有する人の悦びとすることにあらず。金銀の通用は、天地よりして観る時は、左の物を右に移し右の物を左に移すに過ぎずして、布粟器械、昨日まで無きものの今日は天地の間に出来て、造化の功を賛け、飢渇を癒やし、寒暑を禦ぐの功に、何ぞ比ぶべき。