講孟余話 / 盡心下 第七章・第八章
人ノ父ヲ殺セハ、人我カ父ヲ殺、人ノ兄ヲ殺セハ、人我兄ヲ殺ス、人ノ父ヲ敬スレハ、人我父ヲ敬ス、人ノ兄ヲ敬スレハ、人我カ兄ヲ敬ス、天下ノ理勢明白的切斯ノ如シ、釋氏三世ノ因果應報ヲ說ク、尙浮泛ニ失ス余孟子ヲ読ヲ受テヨリ二十年、此章ノ如キハ從來看テ尋常ノ說話トス、癸丑ノ歲江戶ニアリ、米虜ノ変ヲ目擊シ、大ニ此章ニ感慨スルコトアリ、相模ノ浦賀ハ江戶最要ノ海關ニシテ、二百年來關或ハ下田ニ置キ、或ハ浦賀ニ置ク、時々沿革アリトキク、天下諸國ノ船舶運漕ノ者其嚴法ヲ畏憚セサルハナシ、今乃チ虜舶ノ出入ニ至テハ、其法甚タ寬縱ニシテ絕テ譏察セス、絕テ征稅セス、盜ヲ揖シ門ニ入レ、賊ヲ延キ堂ニ登スト同シ、然ラハ則チ向キノ嚴法ハ適ニ暴ヲ爲ス所以ニシテ、今ノ寬法ハ又暴ヲ禦ク所以ニ非ルナリ、孟子曾テ云フ、爲貧者辞尊居卑、辞富居貧、悪平宜乎、抱關擊柝、万章下篇第五章ト、浦賀抱關ノ吏ハ卑カ貧カ、固ヨリ貧ノ爲ニスルニテ、国ノ爲メニモ非ズ、民ノ爲ニモ非サルカ、最モ心得難キ事共ナリ、
新字:人ノ父ヲ殺セハ、人我カ父ヲ殺、人ノ兄ヲ殺セハ、人我兄ヲ殺ス、人ノ父ヲ敬スレハ、人我父ヲ敬ス、人ノ兄ヲ敬スレハ、人我カ兄ヲ敬ス、天下ノ理勢明白的切斯ノ如シ、釈氏三世ノ因果応報ヲ説ク、尚浮泛ニ失ス余孟子ヲ読ヲ受テヨリ二十年、此章ノ如キハ従来看テ尋常ノ説話トス、癸丑ノ歳江戸ニアリ、米虜ノ変ヲ目撃シ、大ニ此章ニ感慨スルコトアリ、相模ノ浦賀ハ江戸最要ノ海関ニシテ、二百年来関或ハ下田ニ置キ、或ハ浦賀ニ置ク、時々沿革アリトキク、天下諸国ノ船舶運漕ノ者其厳法ヲ畏憚セサルハナシ、今乃チ虜舶ノ出入ニ至テハ、其法甚タ寛縦ニシテ絶テ譏察セス、絶テ征税セス、盗ヲ揖シ門ニ入レ、賊ヲ延キ堂ニ登スト同シ、然ラハ則チ向キノ厳法ハ適ニ暴ヲ為ス所以ニシテ、今ノ寛法ハ又暴ヲ禦ク所以ニ非ルナリ、孟子曽テ云フ、為貧者辞尊居卑、辞富居貧、悪平宜乎、抱関撃柝、万章下篇第五章ト、浦賀抱関ノ吏ハ卑カ貧カ、固ヨリ貧ノ為ニスルニテ、国ノ為メニモ非ズ、民ノ為ニモ非サルカ、最モ心得難キ事共ナリ、
書き下し
人の父を殺せば、人我が父を殺し、人の兄を殺せば、人我が兄を殺す。人の父を敬すれば、人我が父を敬し、人の兄を敬すれば、人我が兄を敬す。天下の理勢明白的切斯くの如し。釈氏三世の因果応報を説く、尚浮泛に失す。余孟子を読むことを受けてより二十年、此の章の如きは従来看て尋常の説話とす。癸丑の歳江戸にあり、米虜の変を目撃し、大いに此の章に感慨することあり。相模の浦賀は江戸最要の海関にして、二百年来関を或いは下田に置き、或いは浦賀に置く、時々沿革ありと聞く。天下諸国の船舶運漕の者、其の厳法を畏憚せざるはなし。今乃ち虜舶の出入に至りては、其の法甚だ寛縦にして絶えて譏察せず、絶えて征税せず。盗を揖して門に入れ、賊を延きて堂に登すと同じ。然らば則ち向きの厳法は適に暴を為す所以にして、今の寛法は又暴を禦ぐ所以に非ざるなり。孟子曾て云ふ、「貧の為にする者は、尊を辞して卑に居り、富を辞して貧に居る。悪にか宜しき、関を抱き柝を撃つ」萬章下篇第五章と。浦賀抱関の吏は卑か貧か、固より貧の為にするにて、国の為めにも非ず、民の為にも非ざるか。最も心得難き事どもなり。
現代語訳
(第七章)人の父を殺せば、人は自分の父を殺す。人の兄を殺せば、人は自分の兄を殺す。人の父を敬えば、人は自分の父を敬い、人の兄を敬えば、人は自分の兄を敬う。天下の道理と成り行きは、これほど明白で切実である。仏教は過去・現在・未来の三世にわたる因果応報を説くが、それでもまだ漠然としすぎている。(第八章)私は孟子の読み方を教わってから二十年になるが、この章などはこれまで当たり前の話として読んでいた。癸丑(嘉永六年)の年に江戸にいて、アメリカの夷狄の来航という変事を目の当たりにし、この章に大いに感慨を覚えた。相模の浦賀は江戸の最も重要な海の関所で、二百年来、関所を下田に置いたり浦賀に置いたり、時々移り変わりがあったと聞く。天下諸国の船で荷を運ぶ者は、その厳しい掟を恐れはばからない者はなかった。ところが今、外国船の出入りとなると、その掟はたいへんゆるく、まったく取り調べもせず、まったく税も取らない。盗人に会釈して門に招き入れ、賊を引き入れて座敷に上げるのと同じである。それならば、これまでの厳しい掟はまさに暴虐をなすためのものであり、今のゆるい掟もまた暴虐を防ぐためのものではない。孟子はかつて「貧しさのために仕える者は、高い地位を辞して低い地位におり、多い俸禄を辞して少ない俸禄に甘んじる。何がふさわしいかといえば、関所の番や夜回りの拍子木打ちである」萬章下篇第五章と言った。浦賀の関所の役人は、地位が低いのか、貧しいのか。もとより貧しさのために勤めているのであって、国のためでも民のためでもないのか。最も納得しがたいことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』非命上是の故に古の聖王、憲を發し令を出だし、設けて以て賞罰と為して以て賢を勸む。是を以て入りては則ち親戚に孝慈、出でては則ち鄉里に弟長、坐處に度有り、出入に節有り、男女に辯有り。是の故に官府を治めしむれば則ち盜竊せず、城を守れば則ち崩叛せず、君に難有れば則ち死し、出亡すれば則ち送る。此れ上の賞する所にして、百姓の譽むる所なり。有命を執る者の言に曰く、「上の賞する所は、命、固より且に賞せんとす、賢なるが故に賞するに非ざるなり。上の罰する所は、命、固より且に罰せんとす、暴なるが故に罰するに非ざるなり」と。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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