呻吟語 / 内篇・談道・大擔當と大快樂
仁以為己任,死而後已,此是大擔當;老者衣帛食肉,黎民不饑不寒,此是大快樂。
新字:仁以為己任,死而後已,此是大担当;老者衣帛食肉,黎民不饑不寒,此是大快楽。
書き下し
仁以て己が任と為し、死して後已む、此れは是れ大擔當なり。老者は帛を衣て肉を食らひ、黎民は饑ゑず寒からず、此れは是れ大快樂なり。
現代語訳
仁を自分の任務とし、死んで初めて終わる。これが大きな引き受けです。年寄りが絹を着て肉を食べ、民が飢えず凍えない。これが大きな喜びです。
解説
論語と孟子から一句ずつ引いて、引き受けと喜びの最大の形を並べます。目を引くのは喜びのほうの中身で、抽象的な理想ではなく、年寄りが絹を着て肉を食べ、民が飢えないという具体的な生活の光景です。大きな志を語る人ほど、その志が実現した場面を描けません。呂坤は担う重さと同じ精度で、報われた光景を描いてみせています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
仁責任快楽民志
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『新論』長計夫れ太陽の余光の被る所は、則ち仁人の博愛の曁ぶ所なり。四海万国と雖も、亦人類に非ざるは莫し。而るに妖教の滋蔓して、天倫を棼乱し、人紀を泯滅し、元元をして蠱惑沈溺し、相率ゐて禽獣と為り鬼蜮と為らしむ、豈に仁人の視るに忍びん所ならんや。故に覆幬外無く、夏を以て夷を変じ、天人をして胡羯の誣罔を免れしむる者は、固より仁人の志にして、文を揆り武を奮ひ、光四表に被りて、以て耿光を覲し大烈を揚ぐる者は、仁人の業なり。(古は声教四海に訖るは、神禹の功にして、匹夫匹婦の堯舜の沢を被るに与らざる者有らば、己推して之を溝中に内るるが若しとするは、伊尹の志なり。故に洚水堯の為に至らずして、堯以て余を警むと為すは、堯の仁なり。平城の患は漢武の為に之を遺さずして、漢武以て高帝我に遺すと為すは、漢武の義なり。此の類を挙ぐれば、古人の自ら任ずる所見るべし。)
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『君子訓』巻之中一文王は、民を視ること傷むが如しとて、民を治めて既に安けれども、猶も傷み苦める事あらんかと憂ひ給ふ。是仁者のこころ、国家を治むる第一の用心なり。左伝にも、国の興るは民を視ること傷むが如し、其亡ぶるは民をみる事土芥の如しといへり。是国の治乱興亡の分るる所なり。
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『大和俗訓』巻之三・心術上一民の司となる人、我一人のたのしみを好むべからず。民と共に楽しむべし。是まことの楽なり。天下の人は、たかきもひききも、皆我が兄弟の理ありて、本は一体なることを知り、我が心を以て人の心をおしはかり、聊人のうれひ苦む事をなすべからず。貧窮にしてうゑこごゆるもの、病者、かたはなる者、世をわたりかねて憂ひくるしめる鰥寡孤独の類をば、我が力を以て救ふべし。鰥寡孤独とは、老いて妻なきを鰥と云ひ、老いて夫なきを寡といひ、いとけなうして父なきを孤と云ひ、老いて子なきを独と云ふ。此四の者は、世の中の困窮せる民にて、人のめぐみを受くべきたよりな飢ゑこごえする人なり、いとあはれむべし。いにしへの聖人の政は、まづかやうのふびんなる民は、早くめぐみ給ふ。
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『君子訓』巻之上一孟子曰く、親を親しみて民を仁し、民を仁して物を愛すと言へり。君子の道は、仁を専らとして、人を慈しみ、物を憐むなり。其内に天然の次第あり。まづ親を親むとは、父母兄弟親類縁者を厚くするをいへり。次には民を仁す。民を仁すとは、臣下万民を広く慈しみ、各其所を得せしむるをいふ。もし一人も其所を得ざれば、仁するにあらず。其余は物を愛するにあり。物を愛すとは、禽獣虫魚艸木をみだりに殺さず、みだりに伐らざるをいふ。其内、親疎貴賤有情無情大小の次第によりて、仁を施すに厚薄の替りあれば、かく三の品をわけ、教を立て給へり。すべて言へば、親しむも愛するも、皆仁なり。一仁政を行はんとならば、まづ倹約を守るべし。倹約は奢縦ならざるなり。衣服居宅、よろづ内の事につきて、華美を好まず、みだりに費さざる是なり。
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