呻吟語 / 内篇・談道・大擔當と大快樂
仁以為己任,死而後已,此是大擔當;老者衣帛食肉,黎民不饑不寒,此是大快樂。
新字:仁以為己任,死而後已,此是大担当;老者衣帛食肉,黎民不饑不寒,此是大快楽。
書き下し
仁以て己が任と為し、死して後已む、此れは是れ大擔當なり。老者は帛を衣て肉を食らひ、黎民は饑ゑず寒からず、此れは是れ大快樂なり。
現代語訳
仁を自分の任務とし、死んで初めて終わる。これが大きな引き受けです。年寄りが絹を着て肉を食べ、民が飢えず凍えない。これが大きな喜びです。
解説
論語と孟子から一句ずつ引いて、引き受けと喜びの最大の形を並べます。目を引くのは喜びのほうの中身で、抽象的な理想ではなく、年寄りが絹を着て肉を食べ、民が飢えないという具体的な生活の光景です。大きな志を語る人ほど、その志が実現した場面を描けません。呂坤は担う重さと同じ精度で、報われた光景を描いてみせています。
この章句が説くこと
仁責任快楽民志
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