講孟余話 / 盡心上 第十三章
余曾テ聞クコトアリ、英雲公ノ世、十ヶ年半知ノ御馳走ナレ共、其間御惠銀トテハ只一度百石百目ヲ賜ルノミ、近來ハ半知ヨリ輕キ御馳走ノ時モ、每度御惠銀ヲ賜ハルコトアリ、全体御惠ハ一時ノ驩虞ノミニテ、諸士中大ニ悅ヘトモ、百石ノ士百目ノ銀ヲ賜ル共、或ハ酒食ニ費へ、或ハ衣服家宅ニ費へ、惣テ奢侈ヲ導クノミニテ、其武前ノ有用トナル、誠ニ希幾ナルノミ、夫ヨリハ御惠銀ヲ停メラレ、数十年ノ後、一石二石ナリ共、本石ヲ賜ル方甚タ便トス、然ラ時ハ一時ノ悅ハナケレ共、廻リ廻リテ士家ノ強ミトナル、是皡々ノ政ニ近カシ、士林民間皆同シ事ナリ、或ハ云ク、民間抔ハ殊ニ御惠ミモ惠トナラス、仕方惡ケレハ却テ民間ヲ煩クスルニ至ル者ナリト、果シテ然ラハ亦驩虞ニモ非ルナリ、
新字:余曽テ聞クコトアリ、英雲公ノ世、十ヶ年半知ノ御馳走ナレ共、其間御恵銀トテハ只一度百石百目ヲ賜ルノミ、近来ハ半知ヨリ軽キ御馳走ノ時モ、毎度御恵銀ヲ賜ハルコトアリ、全体御恵ハ一時ノ驩虞ノミニテ、諸士中大ニ悦ヘトモ、百石ノ士百目ノ銀ヲ賜ル共、或ハ酒食ニ費へ、或ハ衣服家宅ニ費へ、惣テ奢侈ヲ導クノミニテ、其武前ノ有用トナル、誠ニ希幾ナルノミ、夫ヨリハ御恵銀ヲ停メラレ、数十年ノ後、一石二石ナリ共、本石ヲ賜ル方甚タ便トス、然ラ時ハ一時ノ悦ハナケレ共、廻リ廻リテ士家ノ強ミトナル、是皡々ノ政ニ近カシ、士林民間皆同シ事ナリ、或ハ云ク、民間抔ハ殊ニ御恵ミモ恵トナラス、仕方悪ケレハ却テ民間ヲ煩クスルニ至ル者ナリト、果シテ然ラハ亦驩虞ニモ非ルナリ、
書き下し
余曾て聞くことあり。英雲公の世、十ヶ年半知の御馳走なれども、其の間御恵銀とては只一度百石百目を賜ふのみ。近来は半知より軽き御馳走の時も、毎度御恵銀を賜はることあり。全体御恵は一時の驩虞のみにて、諸士中大いに悦べども、百石の士百目の銀を賜ふとも、或いは酒食に費え、或いは衣服家宅に費え、惣て奢侈を導くのみにて、其の武備の有用となる、誠に希幾なるのみ。夫れよりは御恵銀を停められ、数十年の後、一石二石なりとも、本石を賜ふ方甚だ便とす。然る時は一時の悦びはなけれども、廻り廻りて士家の強みとなる。是れ皞々の政に近し。士林・民間皆同じ事なり。或いは云く、民間などは殊に御恵みも恵とならず、仕方悪しければ却つて民間を煩はしくするに至る者なりと。果して然らば亦驩虞にも非ざるなり。
現代語訳
私はかつてこんなことを聞いた。英雲公の時代、藩士の俸禄を十年間半分にして藩に差し出させたが、その間、お恵みの銀としてはただ一度、百石につき銀百匁を下されただけであった。近ごろは半分より軽い差し出しの時でも、そのたびにお恵みの銀を下されることがある。そもそもお恵みは一時の喜びにすぎず、藩士たちは大いに喜ぶが、百石の士が銀百匁をもらっても、あるいは酒食に費やし、あるいは衣服や家に費やし、すべてぜいたくを導くだけで、それが武備の役に立つことは、まことにまれである。それよりはお恵みの銀をやめて、数十年後に一石でも二石でも本来の俸禄を増して下される方が、はるかに役に立つ。そうすれば一時の喜びはないが、めぐりめぐって武士の家の強みとなる。これが皞々の政治に近い。武士の世界も民間もみな同じことである。ある人は「民間などでは特にお恵みも恵みにならず、やり方が悪ければかえって民間を煩わせることになる」と言う。もしそうなら、それは驩虞(一時の喜び)でさえないのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 循吏列伝楚の民の俗庳車を好む、王以為へらく庳車は馬に便ならずと、令を下して之を高くせしめんと欲す。相曰く、「令数々下れば、民従ふ所を知らず、不可なり。王必ず車を高くせんと欲せば、臣請ふ閭里に教へて其の梱を高くせしめん。車に乗る者は皆君子なり、君子は数々車を下ること能はず」と。王之を許す。居ること半歳にして、民悉く自ら其の車を高くす。此れ教へずして民其の化に従ひ、近き者は視て之に效ひ、遠き者は四面より望みて之に法るなり。
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「離婁の明、公輸子の巧も、規矩を以てせざれば、方員を成すこと能わず。師曠の聰も、六律を以てせざれば、五音を正すこと能わず。堯舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治すること能わず。今、仁心仁聞有りて、而も民其の澤を被らず、後世に法る可からざる者は、先王の道を行わざればなり。故に曰く、『徒善は以て政を為すに足らず、徒法は以て自ら行わるること能わず。』詩に云う、『愆らず忘れず、舊章に率い由る。』先王の法に遵いて過つ者は、未だ之れ有らざるなり。聖人既に目の力を竭くし、之に繼に規矩準繩を以てす。以て方員平直を為すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に耳力を竭くし、之に繼ぐに六律を以てす。五音を正すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に心思を竭くし、之に繼ぐに人に忍びざるの政をを以てす。而うして仁天下を覆う。故に曰く、『高きを為すには、必ず丘陵に因り、下きを為すには、必ず川澤に因る。』政を為すに、先王の道に因らずんば、智と謂う可けんや。是を以て惟だ仁者のみ宜しく高位に在るべし。不仁にして高位に在るは、是れ其の惡を衆に播するなり。上に道揆無く、下に法守無く、朝は道を信ぜず、工は度を信ぜず、君子は義を犯し、小人は刑を犯して、國の存する所の者は幸いなり。故に曰く、『城郭完からず、兵甲多からざるは、國の災いに非ざるなり。田野辟けず、貨財聚まらざるは、國の害に非ざるなり。』上、禮無く、下、學無ければ、賊民興り、喪ぶること日無けん。詩に曰く、『天の方に蹶(くつがえす)えさんとする、然く泄泄すること無かれ。』泄泄とは、猶ほ沓沓のごときなり。君に事えて義無く、進退禮無く、言えば則ち先王の道を非る者は、猶ほ沓沓のごときなり。故に曰く、『難きを君に責む、之を恭と謂う。善を陳べ邪を閉づる、之を敬と謂う。吾が君能わずとす、之を賊と謂う。』」
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李衛公問対・卷上制有るの兵は、能無きの将なるも、敗る可からざるなり。制無きの兵は、能有るの将なるも、勝つ可からざるなり。
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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『韓非子』定法第四十三君術無ければ則ち上に弊われ、臣法無ければ則ち下に亂る。此れ一も無かる可からず、皆な帝王の具なり。
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孫子・勢篇勢に任ずる者は、其の人を戦わしむるや、木石を転ずるが如し。木石の性は、安ければ則ち静かに、危ければ則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行く。
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