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講孟余話 / 盡心上 第十三章

覇者之民、驩虞如也、王者之民、皡々如也、政ヲ爲ス者、先ツ驩虞ト皡々トノ別ヲ知ルヘシ、王者ノ政ハ孟子ノ每々說カルヽ通リ、五畝ノ宅百畝ノ田等ヲ以テ民ノ產ヲ制シ、仰事俯畜ノ差障リナキ樣ニ致置クノミニテ、賑恤等ハ第二義ニ屬ス、賑恤ハ一時民間大ニ驩虞スレ共、畢竟末ヲ治ムルノ論ニテ、非常ノ金穀手ニ入レハ、民心何トナク緩ミ、一時ニ遣ヒ捨、跡ニテハ却テ難澁スル者也、程子ノ所謂有所造爲而然、豈能久也ト云フ者、最モ深ク味フヘシ、民產ヲ制スル如キハ、目前ハ民間甚タ悅フニハアラ子共、永久ヘ掛テ自ラ窮民無告ノ者モナク、大平ヲ樂ムコトヲ得ル也、

新字:覇者之民、驩虞如也、王者之民、皡々如也、政ヲ為ス者、先ツ驩虞ト皡々トノ別ヲ知ルヘシ、王者ノ政ハ孟子ノ毎々説カルヽ通リ、五畝ノ宅百畝ノ田等ヲ以テ民ノ産ヲ制シ、仰事俯畜ノ差障リナキ様ニ致置クノミニテ、賑恤等ハ第二義ニ属ス、賑恤ハ一時民間大ニ驩虞スレ共、畢竟末ヲ治ムルノ論ニテ、非常ノ金穀手ニ入レハ、民心何トナク緩ミ、一時ニ遣ヒ捨、跡ニテハ却テ難渋スル者也、程子ノ所謂有所造為而然、豈能久也ト云フ者、最モ深ク味フヘシ、民産ヲ制スル如キハ、目前ハ民間甚タ悦フニハアラ子共、永久ヘ掛テ自ラ窮民無告ノ者モナク、大平ヲ楽ムコトヲ得ル也、

書き下し

「覇者の民は、驩虞如たり。王者の民は、皞々如たり」。政を為す者、先づ驩虞と皞々との別を知るべし。王者の政は孟子の毎々説かるる通り、五畝の宅・百畝の田等を以て民の産を制し、仰ぎて事へ俯して畜ふの差障りなき様に致し置くのみにて、賑恤等は第二義に属す。賑恤は一時民間大いに驩虞すれども、畢竟末を治むるの論にて、非常の金穀手に入れば、民心何となく緩み、一時に遣ひ捨て、跡にては却つて難渋する者なり。程子の所謂「造為する所有りて然り、豈に能く久しからんや」と云ふ者、最も深く味ふべし。民産を制する如きは、目前は民間甚だ悦ぶにはあらねども、永久へ掛けて自ら窮民無告の者もなく、太平を楽しむことを得るなり。

現代語訳

「覇者の民は喜びはしゃいでいるが、王者の民はゆったりと満ち足りている」。政治を行う者は、まず驩虞(一時的に喜ぶ)と皞々(ゆったり満ち足りる)の区別を知るべきである。王者の政治は、孟子がいつも説かれるとおり、五畝の宅地、百畝の田などで民の生業を定め、上は親に仕え下は妻子を養うのに差し支えのないようにしておくだけであって、施しや救済などは二の次である。施しは一時、民間を大いに喜ばせるが、結局は末を治める議論であって、思いがけない金や穀物が手に入れば、民の心は何となくゆるみ、一度に使い捨てて、あとでかえって困窮するものである。程子のいう「作為によってそうなったものが、どうして長続きしようか」という言葉を、最も深く味わうべきである。民の生業を定めることは、目の前では民間がそれほど喜ぶわけではないが、長い目で見れば、おのずと困窮して訴えるところもない者がいなくなり、太平を楽しむことができるのである。

解説

孟子は、覇者の民は「驩虞如」として一時の喜びにはしゃぎ、王者の民は「皞々如」としてゆったり満ち足りていると対比しました。松陰はこれを、施しや救済で一時喜ばせる政治と、生業の基盤を整えて自然に暮らしが立つようにする政治の違いだと読みます。臨時の金品はすぐ使い果たされ、かえって困窮を招くが、生業を定める政治は目立たなくても長く民を安らかにする、というのです。目先の喜ばれる施策より、地味でも長く効く仕組みを整えよという指摘は、経営や政策の場でもそのまま通用する考え方です。

この章句が説くこと

王道覇道仕組み救済民政

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