孫子 / 勢篇
任勢者,其戰人也,如轉木石。木石之性,安則靜,危則動,方則止,圓則行。
新字:任勢者,其戦人也,如転木石。木石之性,安則静,危則動,方則止,円則行。
書き下し
勢に任ずる者は、其の人を戦わしむるや、木石を転ずるが如し。木石の性は、安ければ則ち静かに、危ければ則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行く。
現代語訳
勢いに任せる者が兵を戦わせるさまは、木や石を転がすようである。木や石の性質は、平らなところでは静かに止まり、傾いたところでは動き出す。角ばっていれば止まり、丸ければ転がっていく。
解説
前段の「勢に求めて人を責めず」を受けて、その中身を具体化した一段である。木石は自分の意志で動かない。動くかどうかは、置かれた場所の傾きと、自身の形で決まる。つまり人を動かしたければ、傾きを作り、角を落とすほうが早い。やる気を説く前に、動かざるを得ない状況と、動きやすい形を用意する。評価制度、締切、担当の割り振り、情報の見え方——これらは全部この傾きに当たる。人を責める前に見るべき場所が、はっきり示されている。
この章句が説くこと
任勢仕組み環境設計動機づけ傾き
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