墨子 / 耕柱
治徒娛、縣子碩問於子墨子曰:「為義孰為大務?」子墨子曰:「譬若築牆然,能築者築,能實壤者實壤,能掀者掀然後牆成也。為義猶是也,能談辯者談辯,能説書者説書,能従事者従事,然後義事成也。」
新字:治徒娯、県子碩問於子墨子曰:「為義孰為大務?」子墨子曰:「譬若築牆然,能築者築,能実壤者実壤,能掀者掀然後牆成也。為義猶是也,能談弁者談弁,能説書者説書,能従事者従事,然後義事成也。」
書き下し
治徒娛・縣子碩、子墨子に問いて曰く、「義を為すに孰れをか大務と為す」と。子墨子曰く、「譬えば牆を築くが若く然り。能く築く者は築き、能く壤を實つる者は壤を實て、能く掀ぐる者は掀げ、然る後に牆成る。義を為すも猶お是のごときなり。能く談辯する者は談辯し、能く書を説く者は書を説き、能く事に従う者は事に従い、然る後に義事成る」と。
現代語訳
治徒娯と県子碩が墨子に尋ねた。「義を行うのに、何を最も大切な務めとしますか」。墨子が言った。「たとえば塀を築くようなものだ。突き固められる者は突き固め、土を入れられる者は土を入れ、担ぎ上げられる者は担ぎ上げる。そうして塀ができる。義を行うのも同じだ。議論のできる者は議論し、書を説ける者は説き、実務のできる者は実務に当たる。そうして義の仕事が成る」。
解説
何が最も大事かと問われて、墨子は一つを選びません。塀を築く仕事を三つの役に分け、それぞれが自分の得意で当たれと答えます。義という一つの目標に、複数の職能で寄っていくという考え方です。墨家は実際に、弁論の徒・文献の徒・技術の徒に分かれた集団でした。この一段は、その分業の宣言でもあります。同じ目標を持てば、違う仕事をしていても味方だということです。
この章句が説くこと
分業得意目標協働義
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福沢諭吉小品集・学問の独立・第18段人間社会の事は千緒万端にして、ただ政治のみをもって組織すべきものに非ず。人の働もまた、千緒万端に分別してこれに応ぜざるべからず。すなわち人事の分業分任なり。すでにこれを分てこれに任ずるときは、おのおの長ずるところあるべきは自然の理にして、農商の事に長ずるものあり、工芸技術に長ずるものあり、あるいは学問に長じ、あるいは政治に長ずる等、相互に争うべからざるものあるがゆえに、この事に長ずるものは、この事の長者としてこれを貴び、その業に長ずる者は、その業の長者としてこれに最上の栄誉をあたうるもまた、自然の理において許すべきものなり。たとえば大関が相撲最上の長者なれば、九段は碁将棋最上の長者にして、その長者たるや、一等官が政事の長者たるに異ならざるなり。 されば、生れながらにして学に志し、畢生の精神を自身の研究と他人の教導とに用いて、その一方に長ずる者は、学問社会の長者にして、これまた一等官が政事の長者たるに異ならざるや、もとより明白なり。而してその相撲の大関または碁将棋の九段なる者が、太政大臣と同一様の栄誉を得ざるは何ぞや。相撲と碁将棋とは、その事柄において、これを政事に比して軽重の別あるがゆえに、その軽重の差にしたがいて、双方の長と長と比肩するを得ざるものなりといえども、今一国文明の進歩を目的に定めて、政事と学事と相互に比較したらば、いずれを重しとし、いずれを軽しとするは、判断においてはなはだ難き事ならん。 学者をして学問の貴きを説かしめたらば、政事の如きは小児の戯にして論ずるに足らざるものなりといい、政事家もまた学問を蔑視して、実用に足らざる老朽の空論なりとすることならんといえども、これはいわゆる双方の偏頗論にして、公平にいえば、政事も学問もともに人事の至要にして、双方ともに一日も空しゅうすべからず。政事は実際の衝にあたって大切なり。学問は永遠の大計を期して大切なり。政事は目下の安寧を保護して学者の業を安からしめ、学問は人を教育して政事家をも陶冶し出だす。双方ともに毫も軽重あることなしとの裁判にて、双方に不平なかるべし。
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