酔古堂剣掃 / 集豪・英雄は漁樵耕牧に混ず
旨言不顯,經濟多托之工瞽芻蕘;高蹤不落,英雄常混之漁樵耕牧。
新字:旨言不顕,経済多托之工瞽芻蕘;高蹤不落,英雄常混之漁樵耕牧。
書き下し
旨言は顯れず、經濟は多く之を工瞽芻蕘に托す。高蹤は落ちず、英雄は常に之を漁樵耕牧に混ず。
現代語訳
すぐれた言葉は目立つところには現れず、世を治める知恵は多くの場合、職人や盲目の楽師、草刈りや木こりに託されています。高い志の足跡は俗に落ちることがなく、英雄はいつも漁師や木こり、農夫や牧人の中に紛れています。
解説
すぐれた知恵や人物は、身分の高いところよりも、むしろ市井の人々の間に潜んでいると説く一則です。工瞽は職人と盲目の楽師で、古くは彼らが諫めの言葉を歌い伝える役を担いました。芻蕘は草刈りと木こりで、『詩経』に芻蕘に詢ると言うように、身分の低い者の意見のたとえです。後半は、英雄が漁師や農夫に身をやつして世に隠れていることを言います。肩書きで人を判断すると、本当に大切な知恵を聞き逃します。現場で黙々と働く人の一言にこそ、耳を傾ける値打ちがあります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
謙虚隠逸治政英雄人材
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