告志篇 / 奢侈を改める目的と許される楽しみ
風俗を正しく武備を整んが爲に、宴會淫樂等の奢侈を止め、綿服等の質素を命じたるも、畢竟面々の爲を存候故致世話候を、左は不思して、宴會を禁ずれば茶會をせんといひ、麁服を達すれば我等はむさき事好む樣にいひて、我等が前、又客抔有之節は求て麁服を用ゐ、扨己が他出の節は美服を用ゐ、夫も士を飾る事かと思へば、服のみ美にして槍も不立、少しく勝手直りたると思ふ時は、武備の心懸はせずして制禁の塲に赴き、又は湯治等にかこつけ、無用に金銀を費して樂み候樣なる惡風なきにしもあらず、人々文武の道をも心懸、不虞の手當も整たる上の身の程々により、酒も茶も保養にいたし候は禁ぜざれども、何事も時の下知に遵ひ、男だての樣に思ふは如何なる心ぞや、それ樂みといふも、人にはなくて不叶事なれば、一槩に辛苦艱難のみな□しめて、毫髮も樂はなさせまじきといふにはあらず、されば、面々さへ厚存入、勝手も直り、武備も整たる上には、何程も相應の樂あるべきなり、孔子の飯蔬食飮水、樂亦在其中、とのたまひ、
新字:風俗を正しく武備を整んが為に、宴会淫楽等の奢侈を止め、綿服等の質素を命じたるも、畢竟面々の為を存候故致世話候を、左は不思して、宴会を禁ずれば茶会をせんといひ、麁服を達すれば我等はむさき事好む様にいひて、我等が前、又客抔有之節は求て麁服を用ゐ、扨己が他出の節は美服を用ゐ、夫も士を飾る事かと思へば、服のみ美にして槍も不立、少しく勝手直りたると思ふ時は、武備の心懸はせずして制禁の塲に赴き、又は湯治等にかこつけ、無用に金銀を費して楽み候様なる悪風なきにしもあらず、人々文武の道をも心懸、不虞の手当も整たる上の身の程々により、酒も茶も保養にいたし候は禁ぜざれども、何事も時の下知に遵ひ、男だての様に思ふは如何なる心ぞや、それ楽みといふも、人にはなくて不叶事なれば、一槩に辛苦艱難のみな□しめて、毫髪も楽はなさせまじきといふにはあらず、されば、面々さへ厚存入、勝手も直り、武備も整たる上には、何程も相応の楽あるべきなり、孔子の飯蔬食飲水、楽亦在其中、とのたまひ、
書き下し
風俗を正しく武備を整んが爲に、宴會淫樂等の奢侈を止め、綿服等の質素を命じたるも、畢竟面々の爲を存候故致世話候を、左は不思して、宴會を禁ずれば茶會をせんといひ、麁服を達すれば我等はむさき事好む樣にいひて、我等が前、又客抔有之節は求て麁服を用ゐ、扨己が他出の節は美服を用ゐ、夫も士を飾る事かと思へば、服のみ美にして槍も不立、少しく勝手直りたると思ふ時は、武備の心懸はせずして制禁の塲に赴き、又は湯治等にかこつけ、無用に金銀を費して樂み候樣なる惡風なきにしもあらず、人々文武の道をも心懸、不虞の手當も整たる上の身の程々により、酒も茶も保養にいたし候は禁ぜざれども、何事も時の下知に遵ひ、男だての樣に思ふは如何なる心ぞや、それ樂みといふも、人にはなくて不叶事なれば、一槩に辛苦艱難のみな□しめて、毫髮も樂はなさせまじきといふにはあらず、されば、面々さへ厚存入、勝手も直り、武備も整たる上には、何程も相應の樂あるべきなり、孔子の飯蔬食飮水、樂亦在其中、とのたまひ、
現代語訳
風俗を正しくし武備を整えるために、宴会や淫楽などの奢侈をやめさせ、綿服などの質素を命じたのも、結局は各自のためを思って世話をしたのに、そうとは思わず、宴会を禁じれば茶会をしようと言い、粗服を通達すれば私が汚いことを好むかのように言って、私の前や客などがある時は求めて粗服を用い、さて自分が他出する時は美服を用いる、それも士を飾ることかと思えば、服だけが美しくて槍も立てず、少し暮らし向きが立ち直ったと思う時は、武備の心がけはせずに禁制の場に赴き、あるいは湯治などにかこつけて、無用に金銀を費やして楽しむような悪い風潮がないでもありません。人々が文武の道を心がけ、不意の備えも整ったうえで、身の程に応じて酒も茶も保養にするのは禁じませんが、何事も時の指図に従い、男伊達のように思うのはどういう心でしょうか。そもそも楽しみというものも、人にはなくてはならないものですから、一律に辛苦艱難ばかりを(底本で判読できない字)しめ、少しも楽をさせまいというのではありません。ですから、各自さえ十分に心得、暮らし向きも立ち直り、武備も整ったうえは、どれほどでも相応の楽しみがあってよいのです。孔子は「粗食を食べ水を飲み、楽しみはまたその中にある」とおっしゃり、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『告志篇』・士に似合う楽しみを楽しむ孟子の仰不愧於天、俯不怍於人、といへる如きは、聖賢の樂にて中々に及びかぬる事なれども、文武の藝能を始め、勇しき樂も亦やさしき樂も、其程々に隨て有之事と存候、譬へば書籍に耽りて古人を友とし、詩歌を詠じて朋友と親しみ、或は弓銃を携へて山野に遊獵し、鞍馬に跨りて海邊に逍遙し、一瓢を華前に酌て雅興を催し、橫笛を月下に吹て幽懷を寄るの類、凡これに類したる樂は眞に武士の樂にて、人々の才藝をも長じ、身體をも習はし、養生にも成事なれば、人々の好みのまゝなるべし、浮薄の風俗に染みて實學をも講ぜず、奢侈の爲に勝手をすり切て、馬をも不持、懦弱にて、風雨寒暑を恐れ、武藝をも勸めず、文官無風流にて詩歌の興をもしらず、武士の樂はいか程もあれども、己の勝手にて樂まず、美酒、佳肴、唄、三絃等の淫樂をのみ樂みと思ふは、士に似合ぬ心なるべし、かくの如き懦弱なる樂は、たとひ此上武備整たる上にても、我等はゆるし不申間、ゆめ〱くれ〱右樣の念をたち、武士の業を勸、武士の樂を樂む樣に致度事に候、
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『告志篇』・入るを量って出ずるを制し質素を守る大臣小臣ともに、入を積りて出す事を加減いたし不申候ては、勝手の取直しも不相成、萬一の手當も行屆申間敷候間、常ゝの事は如何にも省器いたし、家の大小も分限相應を考へ、造作等手輕にこし候儀は無之事と存候、まして江戸の小屋は勿論に候、其外衣服飮食等成だけ質素を守り可申候、申迄は無之候へども、朝夕食する所の米穀は、粒々民の辛苦にして、人々祖先の勤勞等を以、先君より賜りたる所なれば、食する每に此所を不忘、一拜して箸を取ても可然程の事なり、然るに其本を打忘れ、佳肴なければ食はれぬ抔いふ樣のあさましき事に成により、豐年は勝手にならぬといふに至るは何とも聞えぬ事なり、若凶年にて民間より米穀も生ぜず、倉廩より扶持も不渡候はゞ、如何いたし可申や、金銀珠玉は飢て食ふべからず、又飽煖は淫欲を生じ、飢寒は善心を發といへり、凡家中の者、多分勝手をすり切、武備をも失ひたること、皆其本を忘れて奢侈に長じ、武士一統上品になりたるゆゑと存候、今其一事をいはんに、むかしは二百石三百石取者も心懸宜しく馬を持候處、今は馬を持といへば口取中間にのみまかせ、自身は牽さへ不致、鞍鐙も華美に無之てはならぬ樣に心得るは、皆其本を忘れて上品になりたる故なり、昔の如く自ら馬をもかりふせ起しをするより、何事も自身又は子弟にて世話いたし候はんには、持れぬ事はあるまじく、却て扱にもなれ宜敷事と存候、昔に比すれば、今は諸色も格別に高くなりたれば、猶更自身にて世話不致しては不叶事なり、譬へば三百石にて家內大勢の者を察し候はゞ、同祿にて人別少き者は馬も持るゝ筈なるに、馬も不持勝手もよからざるは如何なる故ぞや、心すべし、
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『告志篇』・武具は実用を旨とし偏って集めない武器を好候迄、甲冑を好て多く集め候人もあり、又は刀劒を好て多く集め候人も有之、何れも惡からぬ事にて候得ども、全備いたし候上にて、其餘は好み候品を多く集め候は格別、只一方のみ多く集め候は、好事の患なきにしもあらず、されば小臣は勿論、大臣迄も、槍刀は至極の名作を好にも不及、折ず曲らざる業物を心掛、物具も美麗を不好、鍛のよきを心掛、馬も毛色抔を不好、いき足のよきを飼立、其外皆實用一通にて可然なり、かく手輕く心懸候ても、其々取揃、今出陣するにも指支無之樣いたし候は、當世にては、容易なるまじきなれば、人々油斷なき樣にと存候、
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『告志篇』・上下が一致して善政を行う乍不及國家を安定し、士民を撫育し、本に報い恩を酬い申度、日夜心をつくし候事に候へば、各も我等の心を推察いたし、面々の身分を考へ、夫ゝ本を思ひ恩を酬い候樣心懸可申候、人々形こそ生れ付たる事なれ、心は愚なるより賢きにもうつさばうつるべし、顏淵も舜何人也予何人也有爲者亦若是といひ、孟子も性善を說ときは言必堯舜を稱せり、されば某は古の明君賢將を慕ひ、各は古の忠臣義士を學び、在世にはともに他國の手本にもなり、後代にはよきためしにもひかれ、父母の名迄も顯す樣にと眞實に心懸度事に候、縱ひ我等計左樣存候迚も各其心得無之ては、善政は行はれざる事と存候、兎角善政は上下一致して行ふ心にあらざれば行はれざる事に候間、何とぞ某とゝもに一致して、風俗を一新し、國家を中興し、某は各のたすけを得て、天朝、公邊の御恩を報い、各に於ては克く其持前を以て、不肖の我等へ精忠を盡し 我等をして天朝、公邊の御恩にそむかしめざる樣心懸候はゞ、某と各の忠孝此上あるまじく候、生れながら飽までに食ひ煖に衣て今日迄枕を高く安樂に暮し候は、誰が恩にあるべきや、能ゝ此所を辨へ、一日たりともいたづらに日を不送樣致度候、
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『明訓一班抄抄録』・奢侈を禁ずべき事・嗜みと奢りを取り違えない總じて萬事を細かにして心底に納め能に吟味して其成敗を成べし、物每短慮にする事なかれ、天下國々島々迄兼て能聞て其善惡を正すべし、重々言ひ聞する如く跡先の考へなく奢強き者あらば是を取ひしぐなり、是天下を治る第一の法なり、同上意に、武道不案內の者は諸侍の嗜と奢とを取違る物ぞ、嗜と言は近藤などが如く似合ざる事致し朝夕のいとなみかすかに身の苦しみ大形ならずして身體より過分に人馬を持尤武具馬具さらびやかにし常日家職を忘れず是非を能正し誰が前にても理は理非は非と言者なり、是等を奢と言は不案內なり、是を侍は本意たしなみと言ぞ、奢と言は家職を失ひ武家に公家を學び出家町人武家を學び我家職を非に見る者を侈者と言ぞ、天子の御務には正月朔日朝拜より月次の御祭事有、是天子の御家職なり、關白は天下を預り政道正敷人民憂なく治るを職とす、此文道なり、將軍は天下の惡逆を討て有道を助るを職とす、是武道なり、是上代の法ぞ、然るに中頃より奢強くして政を取失ひ人民安からず、云々、」同上意に、天下の大寶と言は日本は能大將有時は縱ひ異國より日本を攻るとも武勇をふるひたやすく退治するは天下の大寶なり、既に日本より異國を責つれば又異國より日本責まじきと思ふは愚なり、又家の大寶は諸侍武道を忘れず節を正敷忠臣深くして追從輕薄の風俗なきは國家の榮え行べき前表にて家の大寶なり、又汝が心得には埋れ居たる身箇樣に取立し上は其報恩に只自分の侈り絕べきと思へ、返す〱邪なき樣に愼み一言をも能々考へていへ、汝が一言の善惡は將軍の善惡ぞ、我見捨ざる者に奢者有り、我色々異見をすれども聞かず、此上は多分無か自分滅すべきとおもふぞ不便なる事なり、汝必侈る心少しにても有ば大不忠と心得身を引下げ諸人に親敷して忠信を至らせ、云々、扨又大賀如き侈りし者をば早く亡すべし、
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『明訓一班抄抄録』・治に亂を忘るべからざる事・質素と備えを世評に惑わされず守る別て婦女子町人は見通しもなく當座自分の勝手にさへ成らば能と心得て、質素儉約を惡口するも、眼前の事なれば、質素の政を設るからは、かばかりの誹にまよふ事は有まじきこと也、然れども婦女子は勿論、武士にも惡口する者多ければ、かくては取締は下々の難儀になる事よとおもひあやまりて、長き內には怠り出る者也、是其本をしらずして末のさたにて取行故也、婦女子町人悅とも、非常の節何の用にか立可申哉、且又町人どもも奢侈美麗になれば、夫丈けの掛直をして、買方の武士までの迷惑と成べき也、されば取締は骨も折、人にも惡まるれど、畢竟は天下の御爲を思ふ故也、左もなく奢侈をも禁ぜず、武士其家職に怠りても沙汰もせぬ時は、柔弱の士婦人町人等役人を譽れば、主君たる人も能役人と思ひ誤りて召遣ふ樣に成行者なり、自然の事あらば天下國家の安危に拘るべし、和漢其例少なからず、されば公邊は勿論、國主領主大將たらん人々は、其身一生は勿論、子孫にまでも、本文の御示敵を守り、質素儉約を旨とし、武備を勵まし、公邊にては、神君より傳へ給へる天下を末永く保ち給ふのみならず、後世迄も三代將軍有德公の如く名譽を殘し給ふ樣心を用ひ給ひ、國主領主は今非道の事有しとも、公邊御羽翼と成て、海外の夷狄も日本の勇武を恐るゝ程に仕向け給はん事、本朝への大忠、祖宗への大孝にて、國主始め天下への大忠、先祖への大孝といふべし、一日是をあたゝめて十日是をこどやかすにやあらん、五年七年質素儉約、武備の御世話有たりとも、萬一是をゆるむる時は、奢侈の風たちまち萌すべし、武藝三日休みてだに心にまかせざるものなり、されば前文の明訓終身怠り給はず、永世へ名譽を殘し給ふ樣に、伏て願ふ所なり、出家の僞言を誠とする事なかれ、出家も悟を開きたる者は自分僞言とはしれども、元より人を欺く職業なれば、欺くもことはり也、

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