明君家訓 / 第20条三
さて申候、やうは、士たるもの、家に衣食をつくりなば、それを業とする人の、いかゞしてその利を得て、すぎはひとせんやといへり、その身魯國の執權をも仕けるが、惣じて祿を食むものは下民と利を爭ことをかたくいましめけるとなり、今某が家臣の面々、日來それ〱に相應の祿をあたへ置候て、國中の百姓町人等、かりそめにも慮外いたさゞるやうに申付候、しかるうへは、利欲のこゝろざしを捨て、廉耻の行をはげまし、百姓町人に對して、いさゝかはづかしきふるまひなく、公儀休がむかしをしたはるべく候、猶更くはしく穿鑿いたし候はゞ、惣じて利欲と申ときは、金銀にかぎらず、所詮をのれが手よりもとむるは皆利欲にて候、たとへば同樣の事をとり行ひ候ても、私の手よりを以てすると、おほやけの義理を見て行ふとは、一念の上にては毫釐のたがひにて候へども、畢竟君子、小人、王覇、治亂のさかひもこれよりわかれ候へば、末は千里の謬にも成申候、去によつて義利の辨とて、先賢もくはしく議論をあらはし、これを簡要の事に沙汰しおかれ候、をの〱其書をよみて其義をさとり、ゆだんなく工夫いたさるべく候、事ながく候間今度爰に令省略候、
新字:さて申候、やうは、士たるもの、家に衣食をつくりなば、それを業とする人の、いかゞしてその利を得て、すぎはひとせんやといへり、その身魯国の執権をも仕けるが、惣じて禄を食むものは下民と利を争ことをかたくいましめけるとなり、今某が家臣の面々、日来それ〱に相応の禄をあたへ置候て、国中の百姓町人等、かりそめにも慮外いたさゞるやうに申付候、しかるうへは、利欲のこゝろざしを捨て、廉耻の行をはげまし、百姓町人に対して、いさゝかはづかしきふるまひなく、公儀休がむかしをしたはるべく候、猶更くはしく穿鑿いたし候はゞ、惣じて利欲と申ときは、金銀にかぎらず、所詮をのれが手よりもとむるは皆利欲にて候、たとへば同様の事をとり行ひ候ても、私の手よりを以てすると、おほやけの義理を見て行ふとは、一念の上にては毫釐のたがひにて候へども、畢竟君子、小人、王覇、治乱のさかひもこれよりわかれ候へば、末は千里の謬にも成申候、去によつて義利の弁とて、先賢もくはしく議論をあらはし、これを簡要の事に沙汰しおかれ候、をの〱其書をよみて其義をさとり、ゆだんなく工夫いたさるべく候、事ながく候間今度爰に令省略候、
書き下し
さて申候、やうは、士たるもの、家に衣食をつくりなば、それを業とする人の、いかゞしてその利を得て、すぎはひとせんやといへり、その身魯國の執權をも仕けるが、惣じて祿を食むものは下民と利を爭ことをかたくいましめけるとなり、今某が家臣の面々、日來それ〱に相應の祿をあたへ置候て、國中の百姓町人等、かりそめにも慮外いたさゞるやうに申付候、しかるうへは、利欲のこゝろざしを捨て、廉耻の行をはげまし、百姓町人に對して、いさゝかはづかしきふるまひなく、公儀休がむかしをしたはるべく候、猶更くはしく穿鑿いたし候はゞ、惣じて利欲と申ときは、金銀にかぎらず、所詮をのれが手よりもとむるは皆利欲にて候、たとへば同樣の事をとり行ひ候ても、私の手よりを以てすると、おほやけの義理を見て行ふとは、一念の上にては毫釐のたがひにて候へども、畢竟君子、小人、王覇、治亂のさかひもこれよりわかれ候へば、末は千里の謬にも成申候、去によつて義利の辨とて、先賢もくはしく議論をあらはし、これを簡要の事に沙汰しおかれ候、をの〱其書をよみて其義をさとり、ゆだんなく工夫いたさるべく候、事ながく候間今度爰に令省略候、
現代語訳
さて、そのわけを言うと、士たる者が、自分の家で衣食を作ってしまったなら、それを業とする人が、どうしてその利を得て暮らしを立てられようかと。その身は魯国の執権をも勤めたが、総じて禄を食む者は、下々の民と利を争うことを固く戒めた、ということである。いま私が、家臣の面々にふだんそれぞれ相応の禄を与え置き、国中の百姓や町人たちが、かりそめにも無礼を働くことのないよう申し付けている。そうである以上は、利欲の志を捨て、廉恥の行いに励み、百姓や町人に対して、少しも恥ずかしいふるまいがないよう、公儀休の昔を慕うべきである。なお更に詳しく詮索すれば、総じて利欲というのは、金銀に限らず、つまるところ、自分の手から求めるものはみな利欲である。たとえば同様の事を取り行うにしても、私の手からするのと、公の義理を見て行うのとでは、一念の上では毫厘の違いであるが、結局、君子と小人、王道と覇道、治と乱の境も、ここから分かれるので、末は千里の誤りにもなる。そのために義利の弁といって、先賢も詳しく議論を著し、これを大切なことと取り沙汰されている。各々その書を読んでその意味を悟り、油断なく工夫されるように。事が長くなるので、今回はここで省略する。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『明君家訓』第20条(二)或は馬を好み、或は道具を數寄候體にもてなし、時の利を心がけ候ものは、さながらとり賣伯樂の仕かたにて、これはとかふの僉議に及ばず候、又其程にこそなく候へども、大樣をのれが勝手をもつぱらにして、人にそこなひ有事をしらず、諸事につきて身がちにふるまふものをほく候、かやうの人つねに利害をのみ簡辨いたし候ゆへ、義理の方にはかならずうときものにて候、利にても害にても、そこに心をおかずして、一筋にこゝろざすまゝにおこなひ申にてこそ義理は立申候、されば義理にさときものは利欲にうとく、利欲にさときものは義理にうとく、義理にさときを以て士とし、利欲にさときをもて町人とす、士として利欲にさときは、一向うけられぬ事にて候、さてこそ義理にうとかるべきとをしはかり候、もとより利欲の事をいろはせずして、いさぎよく振舞せんためにこそ、君よりもつねの祿を給はるにてはなく候や、さらば又名字を捨て弓箭を折て、秤錘を腰にもせず、其儘士のさまにて有ながら、町人の行は心得がたく候、むかし公儀休と申もの魯につかへしとき、其家の榮園にあるあふひをくひて、むまく覺ければ、即時にうへしあふひをぬきてすて候、又家にて織し布のよきを見て、はたをりし女を追出し、其機を燔申候、
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『君子訓』巻之下一君子は国土の利を取り尽さずして民に与へ、運上課役をかけて民を苦めず。然れども民の利を恣にする事を禁ず。且仕へて君の禄を得る者は、商をなし利を求むべからず。故に古語にも、大を受くる者は小を取らずといへり。天道の物を生ずる、二ながら全き事なし、牙ある獣には角なし、角ある獣には上歯なし、翼あるものには手なし、花よきものは実あしし、実よきものは花あしし。士として君の禄を得る者、民と利を争ひ、民の財を奪ふは、天道に背けり。
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『明君家訓』第19条家中の士勝手つゞき申やうに、諸事分限相應にいたし、所納の分量をつもり候て、金銀のつかひやうを加減いたし尤にて候、若又親族等に貧窮成ものの候か、又は他人にても存寄の者の内に、迷惑いたすもの候て難見捨候故、さやうの儀にて自分の勝手あしく成候は、結句奇特に存候、左樣のところ不届にて、勝手よく候ても、士の本意にて無之候、右のをもむきにて勝手不調候はゞ、樣子うけたまはりとゞけ、いく度も續樣にいたすべく候、其外不慮の不仕合にて勝手損申は、これまた各別にて候、其時に當て相談いたすべく候、此心得は頭分の者よく〱承知仕、自然右兩樣にて勝手めいわくいたし候もの有之候はゞ、早速申きかすべく候、延引仕候はゞ可爲不届候、
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『明君家訓』第20条(一)古より四民とて、天下の人を士農工商の四色にわかちおき、それ〱に主どる所の職をつけ申事にて候、しかるに、農は耕作をつとめて米穀を出し、工はあるひは梓匠となりて室屋をかまへ、あるひは陶冶となりて器物をつくり、商は賣買をいとなみて有無を通じ、此三民にて天下の用をたし申候、扱、義理と申もの一つをば、士の職と定申事にて候、此義理と申もの、色もなく臭もなきものに候ゆへ、彼三民の所作とは事かはり候て、急度つかさどる人を定申さず候ても、其分の樣に候へ共、此義理の筋目、天下にほろび候ては人に廉恥の心なく成、互に相欺き、たがひに相掠め、をのづから畏憚る所もなく、終には子も父を父とせず、臣も君を君とせず、大亂にも及び申事にて候、それゆへ士と申ものをたてゝ、義理をまもらせ、彼三民の上に置申候、平生手をあそばしめてをりながら、百姓町人を思ふさまにをしさげ候へども、かれらもおそれうやまひ申事は、士は職とする所のたかきゆへにて候、しかるところに、當代士として飽迄利欲にふけり、深く金銀をむさぼり、町人等に對し權柄を以て物をしかすむるともがら有之候、
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『初学訓』巻之二一人に義理あり、利養あり。義理は、天道にしたがひて、仁義の心をたもち、五倫の道を行ふをいふ。利養は、四民ともに各其家業をつとめ、衣食居所を求むる営をなして、身を養ふをいふ。義理は心を養ひ、財利は身を養ふ。凡そ、人の日夜営むべきこと、此二の外にこれなし。然るに、義理の心を養ふは、至りておもく、利養の身を養ふは、義理にくらぶれば甚だかろし。此二の軽重を知りて、義をたつとび、利を賤むべし。義を貴び、利をいやしむは、君子の心なり。利を貴び、義を忘るるは、小人の心なり。君子小人の別は、義と利との間にあり。一およそ、人の好むこと多しといへども、其大なること三あり。一には、富貴を好む。二には、長生を好む。三には、義理をこのむ。此三の内、軽重あり。富貴をこのむより長生をこのむは重く、長生を好むより義理を好むはおもし。人の好む所、軽重おのづから此の如くなるのみならず、好むべき道理の軽重も、亦おのづからかくの如し。
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『慎思録』巻之六近世の俗儒、名を好み異を立つるを以て心と為す者は、義利公私の弁を知らず、徒に利を言はざるを以て高しと為す。故に大学の所謂国は利を以て利と為さず、義を以て利と為すの言を疑ひて、以て利を言ふの事にして、君子の言に非ずと為す。知らず、利は是れ身を養ひ民を養ひ、国家に無かるべからざるの事、即ち是れ義の和なることを。故に君子も亦利を欲せざるに非ず。蓋し義有りて利自ら来たれば、則ち義に於いて害無し。只義を舎てて利を取り、利の為に義を行ふ者は、不可なり。苟も義を以て主と為せば、則ち利も亦義なり。利を以て主と為せば、則ち義も亦利なり。公私の間に在るのみ。蓋し利は人に施すべくして、己に専らにすべからず。夫子罕に利を言ふは、利を言はざるに非ざるなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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