国語 / 晋語九
梗陽人有獄,將不勝,請納賂於魏獻子,獻子將許之。閻沒謂叔寬曰:「與子諫乎!吾主以不賄聞於諸侯,今以梗陽之賄殃之,不可。」二人朝,而不退。獻子將食,問誰於庭,曰:「閻明、叔褒在。」召之,使佐食。比已食,三歎。既飽,獻子問焉,曰:「人有言曰:唯食可以忘憂。吾子一食之閒而三歎,何也?」同辭對曰:「吾小人也,貪。饋之始至,懼其不足,故歎。中食而自咎也,曰:豈主之食而有不足?是以再歎。主之既已食,願以小人之腹,為君子之心,屬饜而已,是以三歎。」獻子曰:「善。」乃辭梗陽人。
新字:梗陽人有獄,将不勝,請納賂於魏献子,献子将許之。閻没謂叔寛曰:「与子諫乎!吾主以不賄聞於諸侯,今以梗陽之賄殃之,不可。」二人朝,而不退。献子将食,問誰於庭,曰:「閻明、叔褒在。」召之,使佐食。比已食,三嘆。既飽,献子問焉,曰:「人有言曰:唯食可以忘憂。吾子一食之閒而三嘆,何也?」同辞対曰:「吾小人也,貪。饋之始至,懼其不足,故嘆。中食而自咎也,曰:豈主之食而有不足?是以再嘆。主之既已食,願以小人之腹,為君子之心,属饜而已,是以三嘆。」献子曰:「善。」乃辞梗陽人。
書き下し
梗陽(こうよう)の人に獄有り。将に勝たざらんとす。賂(まいない)を魏献子(ぎけんし)に納れんと請う。献子将に之を許さんとす。閻没(えんぼつ)、叔寛(しゅくかん)に謂いて曰く、「子と与(とも)に諫めんか。吾が主は賄せざるを以て諸侯に聞こゆ。今梗陽の賄を以て之を殃(そこな)うは、不可なり」と。二人朝して退かず。献子将に食せんとし、誰か庭に於けると問う。曰く、「閻明・叔褒(しゅくほう)在り」と。之を召して食を佐(すす)めしむ。食し已(おわ)るに比(およ)びて、三たび歎ず。既に飽き、献子焉(これ)に問いて曰く、「人言える有り、曰く、唯だ食のみ以て憂いを忘るべし、と。吾子一食の間にして三たび歎ずるは何ぞや」と。辞を同じうして対えて曰く、「吾は小人なり、貪る。饋(き)の始めて至るや、其の足らざるを懼る。故に歎ず。中食にして自ら咎めて曰く、豈に主の食にして足らざること有らんや、と。是を以て再び歎ず。主の既已に食するや、願わくは小人の腹を以て君子の心と為し、饜(あ)くに属(いた)りて已(や)まんことを。是を以て三たび歎ず」と。献子曰く、「善し」と。乃ち梗陽の人を辞す。
現代語訳
梗陽(魏氏の邑)の者に訴訟があり、負けそうになった。そこで魏献子(晋の正卿、魏舒)に賄賂を贈りたいと願い出て、献子はそれを受け入れようとした。閻没が叔寛に言った。「一緒に諫めようではないか。われらの主君は賄賂を取らないことで諸侯に知られている。いま梗陽の賄賂でその名を損なうのはよくない。」二人は朝廷に出たまま退出しなかった。献子が食事をとろうとして、庭に誰がいるかと尋ねると、「閻明(閻没)と叔褒(叔寛)がおります」とのことだった。献子は二人を呼んで、食事の相伴をさせた。食べ終わるまでに、二人は三度ため息をついた。食べ終えると、献子は尋ねた。「世に、ただ食事だけは憂いを忘れさせる、という言葉がある。あなた方は一度の食事の間に三度もため息をついたが、どういうわけか。」二人は口をそろえて答えた。「私どもは小人で、欲が深いのです。料理が運ばれてきたときは、足りないのではないかと心配して、ため息をつきました。食事の半ばで、主君の食事なのに足りないはずがあろうかと自分を責めて、二度目のため息をつきました。主君が食べ終えられたのを見て、この小人の腹を君子の心として、ほどよく満ちたところでやめていただきたいと願い、三度目のため息をついたのです。」献子は「よくわかった」と言い、梗陽の者の申し出を断った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公二十八年 小人の腹を以て君子の心と為す冬、梗陽の人獄有り。魏戊斷ずる能はず、獄を以って上る。其の大宗、賂ふに女樂を以ってす。魏子將に之を受けんとす。魏戊、閻沒(えんぼつ)・女寬(じょかん)に謂ひて曰く、「主は賄せざるを以って諸侯に聞こゆ。若し梗陽の人を受けば、賄焉より甚だしきは莫し。吾子必ず諫めよ」と。皆許諾す。朝より退きて庭に待つ。饋(き)入りて之を召す。置くに比(およ)びて三たび歎ず。既に食して坐せしむ。魏子曰く、「吾諸を伯叔に聞く、諺に曰く、『唯だ食のみ憂ひを忘る』と。吾子食を置くの間に三たび歎ずるは、何ぞや」と。辭を同じくして對へて曰く、「或ひと二小人に酒を賜ひ、夕食せず。饋の始めて至るや、其の足らざらんことを恐る。是を以って歎ず。中ば置くに自ら咎めて曰く、『豈に將軍之に食ましむるに、而も足らざる有らんや』と。是を以って再び歎ず。饋の畢(を)はるに及び、願はくは小人の腹を以って、君子の心と為し、屬厭(しょくえん)するのみならんことを」と。獻子、梗陽の人を辭す。
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『春秋左氏伝』桓公二年 国家の敗は官の邪に由る夏四月、郜の大鼎を宋に取る。戊申、大廟に納る。禮に非ざるなり。臧哀伯諫めて曰く、「人に君たる者は、將に德を昭らかにし違を塞ぎ、以って百官に臨照せんとす。猶ほ或いは之を失はんことを懼る、故に令德を昭らかにして以って子孫に示す。是を以って清廟は茅屋、大路は越席、大羹は致へず、粢食は鑿かず、其の儉を昭らかにするなり。袞・冕・黻・珽、帶・裳・幅・舄、衡・紞・紘・綖、其の度を昭らかにするなり。藻・率・鞞・鞛、鞶・厲・游・纓、其の數を昭らかにするなり。火・龍・黼・黻、其の文を昭らかにするなり。五色比象、其の物を昭らかにするなり。錫・鸞・和・鈴、其の聲を昭らかにするなり。三辰の旂旗、其の明を昭らかにするなり。夫れ德は、儉にして度有り、登降數有り。文・物以って之を紀し、聲・明以って之を發し、以って百官に臨照す。百官是に於いて戒懼して、敢へて紀律を易へず。今德を滅して違を立て、其の賂器を大廟に寘きて、以って明らかに百官に示す。百官之に象らば、其れ又何をか誅せん。國家の敗るるは、官の邪に由るなり。官の德を失ふは、寵賂章らかなればなり。郜鼎廟に在り、章らかなること孰れか甚だしからん。武王商に克ち、九鼎を雒邑に遷す。義士猶ほ或いは之を非る。而るを況や將に違亂の賂器を大廟に昭らかにせんとするをや。其れ之を若何せん」と。公聽かず。周の內史之を聞きて曰く、「臧孫達其れ魯に後有らんか。君違へるに、之を諫むるに德を以ってするを忘れず」と。
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『春秋左氏伝』僖公二年 仮道伐虢二年春、諸侯楚丘に城きて衛を封ず。書せざるは、會する所後るればなり。晉の荀息屈產の乘と、垂棘の璧とを以って、道を虞に假りて以って虢を伐たんことを請ふ。公曰く、「是れ吾が寶なり」と。對へて曰く、「若し道を虞に得ば、猶ほ外府のごとし」と。公曰く、「宮之奇焉に存す」と。對へて曰く、「宮之奇の人と爲りや、懦にして強諫すること能はず。且つ少くして君に長じ、君之に暱す。諫むと雖も、將に聽かざらんとす」と。乃ち荀息をして道を虞に假らしむ。曰く、「冀不道を爲し、顛軨より入りて、鄍の三門を伐つ。冀の既に病めるは、則ち亦た唯だ君の故なり。今虢不道を爲し、逆旅に保りて、以って敝邑の南鄙を侵す。敢へて道を假りて以って罪を虢に請はんことを請ふ」と。虞公之を許し、且つ先づ虢を伐たんことを請ふ。宮之奇諫むれども、聽かず。遂に師を起こす。夏、晉の里克・荀息師を帥ゐて虞の師に會して虢を伐ち、下陽を滅ぼす。先づ虞を書するは、賄の故なり。秋、貫に盟ふ、江・黃を服するなり。齊の寺人貂始めて師を多魚に漏らす。虢公戎を桑田に敗る。晉の卜偃曰く、「虢必ず亡びん。下陽を亡ひて懼れず、而して又功有り。是れ天之が鑒を奪ひて、其の疾を益すなり。必ず晉を易りて其の民を撫せざらん。以って五稔す可からず」と。冬、楚人鄭を伐ち、鬬章鄭の聃伯を囚ふ。
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『不動智神妙録』諫言 其四 身を正す取ると捨つるとは義を以てすると云へり、唯今寵臣たるにより、諸大名より賄を厚くし、欲に義を忘れ候事、努々不可有候、貴殿乱舞を好み、自身の能に奢り、諸大名衆へ押て参られ、能を勧められ候事、偏に病と存じ候なり、上の唱は猿楽の様に申し候由、また挨拶のよき大名衆をば、御前に於てもつよく御取成しなさるゝ由、重ねて能く能く御思案可然歟、歌に「心こそ心迷はす心なれ心に心心ゆるすな」
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『春秋左氏伝』昭公元年 皿蟲を蠱と為す風淫すれば末疾、雨淫すれば腹疾、晦淫すれば惑疾、明淫すれば心疾。女は陽物にして晦時なり。淫すれば則ち内熱惑蠱の疾を生ず。今君節せず時ならず、能く此に及ぶこと無からんや」と。出でて趙孟に告ぐ。趙孟曰く、「誰か良臣に當たる」と。對へて曰く、「主是れを謂ふなり。主晉國に相たること、今に於いて八年、晉國亂無く、諸侯闕くる無し。良と謂ふ可し。和之を聞く、國の大臣は、其の寵祿を榮とし、其の大節を任ず。菑禍興る有りて改むる無くんば、必ず其の咎を受く。今君淫に至りて以って疾を生じ、將に社稷を圖恤すること能はざらんとす。禍孰(いづ)れか焉より大ならん。主禦ぐこと能はず。吾是を以って云ふなり」と。趙孟曰く、「何をか蠱と謂ふ」と。對へて曰く、「淫溺惑亂の生ずる所なり。文に於いて、皿蟲を蠱と為す。穀の飛ぶも亦た蠱と為す。周易に在りては、女男を惑はし、風山を落とす、之を蠱と謂ふ。皆同物なり」と。趙孟曰く、「良醫なり」と。厚く其の禮して之を歸す。
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史記 越王句践世家種還りて、以て句践に報ず。句践、妻子を殺し、宝器を燔き、戦ひに触れて以て死せんと欲す。種、句践を止めて曰く、「夫れ呉の太宰嚭は貪なり、誘ふに利を以てすべし。請ふ閒行して之に言はん」と。是に於て句践、美女宝器を以て種をして閒に呉の太宰嚭に献ぜしむ。嚭受けて、乃ち大夫種を呉王に見えしむ。種頓首して言ひて曰く、「願はくは大王、句践の罪を赦し、尽く其の宝器を入れん。不幸にして赦さずんば、句践将に尽く其の妻子を殺し、其の宝器を燔き、悉く五千人もて戦ひに触れんとす。必ず当たること有らん」と。嚭因りて呉王に説きて曰く、「越は服するを以て臣と為る。若し将に之を赦さば、此れ国の利なり」と。呉王将に之を許さんとす。子胥進み諫めて曰く、「今越を滅ぼさずんば、後必ず之を悔いん。句践は賢君、種・蠡は良臣なり。若し国に反らば、将に乱を為さんとす」と。呉王聴かず、卒に越を赦し、兵を罷めて帰る。句践の会稽に困しむや、喟然として嘆じて曰く、「吾終に此に於てせんか」と。種曰く、「湯は夏台に系がれ、文王は羑里に囚はれ、晋の重耳は翟に奔り、斉の小白は莒に奔るも、其の卒に王霸たり。是に由りて之を観れば、何ぞ遽かに福と為らざらんや」と。
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