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国語 / 晋語九

趙簡子問於壯馳茲曰:「東方之士孰為愈?」壯馳茲拜曰:「敢賀!」簡子曰:「未應吾問,何賀?」對曰:「臣聞之:國家之將興也,君子自以為不足;其亡也,若有餘。今主任晉國之政而問及小人,又求賢人,吾是以賀。」

新字:趙簡子問於壮馳茲曰:「東方之士孰為愈?」壮馳茲拝曰:「敢賀!」簡子曰:「未応吾問,何賀?」対曰:「臣聞之:国家之将興也,君子自以為不足;其亡也,若有余。今主任晋国之政而問及小人,又求賢人,吾是以賀。」

書き下し

趙簡子、壮馳茲(そうちし)に問いて曰く、「東方の士、孰(たれ)か愈(まさ)れりと為す」と。壮馳茲拝して曰く、「敢えて賀す」と。簡子曰く、「未だ吾が問いに応ぜずして、何をか賀す」と。対えて曰く、「臣之を聞く、国家の将に興らんとするや、君子自ら以て足らずと為す。其の亡びんとするや、余り有るが若し、と。今主晋国の政に任じて、問い小人に及び、又賢人を求む。吾是を以て賀す」と。

現代語訳

趙簡子が壮馳茲(晋の大夫、呉の出身か)に尋ねた。「東方の士のうちで、誰がいちばん優れているか。」壮馳茲は拝礼して言った。「お祝い申し上げます。」簡子は言った。「まだ私の問いに答えていないのに、何を祝うのか。」壮馳茲は答えた。「私はこう聞いております。国家が興ろうとするときは、上に立つ君子は自分にはまだ足りないと思う。国が滅びようとするときは、足りて余りあるかのように思う、と。いま、あなたは晋の国の政治を担う身でありながら、私のような小人にまで問いかけ、そのうえ賢人を求めておられます。だからお祝い申し上げたのです。」

解説

晋の政を握る趙簡子が、壮馳茲に東方の賢士は誰かと問うたところ、壮馳茲が答えより先に祝いを述べた章である。韋昭は壮馳茲を晋の大夫で、おそらく呉の人とし、「愈」を賢と解する。壮馳茲の祝いの理由は、国が興るときには君子は自分を足りないと思い、滅びるときには余りあると思う、という古語にある。国政を握る者が身分の低い者にまで問い、なお賢人を求めているのは、自分に足りないものがあると知っている証であり、それこそ興隆の兆しだというのである。簡子の問いの中身より、問うという姿勢そのものを評価したところに、この答えの鋭さがある。地位が上がるほど、人に問うことも、足りなさを認めることも難しくなる。自分から問いかけ続けているかどうかが、組織の行く末を映すことを教えている。

この章句が説くこと

国語晋語謙虚賢興亡

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