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国語 / 晋語七

悼公與司馬侯升臺而望曰:「樂夫!」對曰:「臨下之樂則樂矣,德義之樂則未也。」公曰:「何謂德義?」對曰:「諸侯之為,日在君側,以其善行,以其惡戒,可謂德義矣。」公曰:「孰能?」對曰:「羊舌肸習於春秋。」乃召叔向使傅太子彪。

新字:悼公与司馬侯升台而望曰:「楽夫!」対曰:「臨下之楽則楽矣,徳義之楽則未也。」公曰:「何謂徳義?」対曰:「諸侯之為,日在君側,以其善行,以其悪戒,可謂徳義矣。」公曰:「孰能?」対曰:「羊舌肸習於春秋。」乃召叔向使傅太子彪。

書き下し

悼公司馬侯(しばこう)と台に升(のぼ)りて望みて曰く、「楽しいかな」と。対えて曰く、「下に臨むの楽しみは則ち楽し。徳義の楽しみは則ち未だし」と。公曰く、「何をか徳義と謂う」と。対えて曰く、「諸侯の為(しわざ)、日に君の側に在り、其の善を以て行い、其の悪を以て戒む、徳義と謂うべし」と。公曰く、「孰か能くする」と。対えて曰く、「羊舌肸(ようぜつきつ)春秋に習えり」と。乃ち叔向(しゅくきょう)を召して太子彪(ひょう)に傅(ふ)たらしむ。

現代語訳

悼公は司馬侯(女叔斉、晋の大夫)とともに高台に登り、遠くを眺めて言った。「楽しいことだ。」司馬侯は答えた。「高いところから下を見下ろす楽しみは、たしかに楽しいものです。しかし徳義の楽しみには、まだ及びません。」悼公が「徳義とは何のことか」と尋ねると、司馬侯は答えた。「諸侯の行いが、日々君のおそばにあって、その善い行いを手本として行い、その悪い行いを戒めとする。これを徳義と申せましょう。」悼公が「それができるのは誰か」と尋ねると、司馬侯は答えた。「羊舌肸(叔向)が春秋(各国の出来事を年ごとに記した史書)に通じております。」そこで悼公は叔向を召して、太子彪(のちの平公)の傅(守り役・教育係)とした。

解説

晋語七の最後の章で、悼公が高台からの眺めを楽しんだとき、司馬侯が「徳義の楽しみ」を説き、叔向を太子の傅に推した場面である。司馬侯の言う徳義の楽しみとは、諸侯の行いを日々かたわらに置き、善は手本とし悪は戒めとすることで、つまり歴史を鏡として持つことである。そこで春秋に通じた叔向が挙げられる。韋昭注は、春秋とは人事の善悪を記して天時で目録を立てたもので周の史官の法であり、この時まだ孔子は春秋を作っていない、と断っている。叔向はこののち太子彪すなわち平公の傅となり、晋語八では平公の代の晋を支える知恵袋として何度も登場する。組織の長にとって、他者の成功と失敗の記録を身近に置き、それを読める人をそばに置くことが、高い地位の本当の楽しみだと司馬侯は言うのである。

この章句が説くこと

国語晋語徳義歴史叔向

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