国語 / 晋語七
十二年,公伐鄭,軍于蕭魚。鄭伯嘉來納女、工、妾三十人,女樂二八,歌鍾二肆,及寶鎛,輅車十五乘。公錫魏絳女樂一八、歌鍾一肆,曰:「子教寡人和諸戎、狄而正諸華,於今八年,七合諸侯,寡人無不得志,請與子共樂之。」魏絳辭曰:「夫和戎、狄,君之幸也。八年之中,七合諸侯,君之靈也。二三子之勞也,臣焉得之?」公曰:「微子,寡人無以待戎,無以濟河,二三子何勞焉!子其受之。」君子曰:「能志善也。」
新字:十二年,公伐鄭,軍于蕭魚。鄭伯嘉来納女、工、妾三十人,女楽二八,歌鍾二肆,及宝鎛,輅車十五乗。公錫魏絳女楽一八、歌鍾一肆,曰:「子教寡人和諸戎、狄而正諸華,於今八年,七合諸侯,寡人無不得志,請与子共楽之。」魏絳辞曰:「夫和戎、狄,君之幸也。八年之中,七合諸侯,君之霊也。二三子之労也,臣焉得之?」公曰:「微子,寡人無以待戎,無以済河,二三子何労焉!子其受之。」君子曰:「能志善也。」
書き下し
十二年、公鄭を伐ち、蕭魚(しょうぎょ)に軍す。鄭伯嘉(か)来たりて女・工・妾三十人、女楽二八(にはち)、歌鍾(かしょう)二肆(にし)、及び宝鎛(ほうはく)、輅車(ろしゃ)十五乗を納る。公魏絳に女楽一八・歌鍾一肆を錫(たま)いて、曰く、「子寡人に教えて戎・狄を和して諸華を正さしむ。今に於いて八年、七たび諸侯を合し、寡人志を得ざること無し。請う子と共に之を楽しまん」と。魏絳辞して曰く、「夫れ戎・狄を和するは、君の幸いなり。八年の中、七たび諸侯を合するは、君の霊なり。二三子の労なり。臣焉(いずく)んぞ之を得ん」と。公曰く、「子微(な)かりせば、寡人以て戎を待つ無く、以て河を済(わた)る無し。二三子何の労かあらん。子其れ之を受けよ」と。君子曰く、「能く善を志(しる)すなり」と。
現代語訳
悼公の十二年、悼公は鄭を攻め、蕭魚に陣を構えた。鄭の君嘉(簡公)がやって来て、女官・楽工・侍女三十人、女楽(歌舞の女性)八人ずつ二列、編鐘(音階をそろえて吊るした鐘)二組、さらに宝物の大鐘、飾りつきの車十五両を献上した。悼公は魏絳に女楽八人一列と編鐘一組を与えて言った。「そなたはわたしに教えて、戎や狄と和睦させ、中原の諸国を正させてくれた。以来八年、七度諸侯を会合させ、わたしは思いどおりにならないことがなかった。どうかそなたとともにこの楽しみを分かち合いたい。」魏絳は辞退して言った。「戎や狄と和睦できたのは、君の幸いです。八年のうちに七度諸侯を会合させたのは、君の威霊のたまものです。諸大夫の労苦によるものです。わたしがどうしてこれをいただけましょう。」悼公は言った。「そなたがいなければ、わたしは戎に対処することもできず、黄河を渡って鄭を攻めることもできなかった。諸大夫に何の労があったというのか。どうか受け取ってくれ。」君子はこれを評して言った。「悼公は善い行いをよく覚えている。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公十一年 安きに居りて危きを思う晉侯樂の半ばを以って魏絳に賜ひて曰く、「子寡人に教へて、戎狄を和し、以って諸華を正す。八年の中、九たび諸侯を合す。樂の和するが如く、諧はざる所無し。請ふ子と之を樂しまん」と。辭して曰く、「夫れ戎狄を和するは、國の福なり。八年の中、九たび諸侯を合し、諸侯に慝無きは、君の靈なり、二三子の勞なり。臣何の力か之れ有らん。抑臣願はくは君其の樂に安んじて其の終はりを思はんことを。……夫れ樂は以って德を安んじ、義は以って之に處り、禮は以って之を行ひ、信は以って之を守り、仁は以って之を厲(はげ)ます。而る後に以って邦國を殿(しづ)め、福祿を同じくし、遠人を來す可し。所謂樂なり。書に曰く、『安きに居りて危きを思ふ。思へば則ち備へ有り、備へ有れば患ひ無し』と。敢へて此を以って規とせん」と。
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国語・晋語七五年、無終子(むしゅうし)嘉父(かほ)、孟楽(もうらく)をして魏荘子に因(よ)りて虎豹の皮を納れ、以て諸戎を和せしめんとす。公曰く、「戎・狄は親無くして得るを好む。之を伐つに若かず」と。魏絳曰く、「師を戎に労して、諸華を失わば、功有りと雖も、猶獣を得て人を失うがごときなり。安(いずく)んぞ之を用いん。且つ夫れ戎・狄は荐(せん)処(しょ)し、貨を貴びて土を易(かろ)んず。之に貨を予えて其の土を獲るは、其の利一なり。辺鄙の耕農儆(いまし)めざるは、其の利二なり。戎・狄晋に事えて、四隣震動せざる莫きは、其の利三なり。君其れ之を図れ」と。公説(よろこ)ぶ。故に魏絳をして諸戎を撫せしむ。是に於いてか遂に伯(は)たり。
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国語・晋語七始めて諸侯を虚朾(きょてい)に合して以て宋を救い、張老をして君の誉れを四方に延(の)べしめ、且つ道(みち)し逆(さか)らう者を観しむ。呂宣子卒す。公趙文子(ちょうぶんし)の文にして、能く大事を恤(うれ)うるを以て、新軍に佐たらしむ。三年、公始めて諸侯を合す。四年、諸侯雞丘(けいきゅう)に会し、是(ここ)に於いてか命を布き、援を結び、好を修め、盟を申(かさ)ねて還る。令狐文子卒す。公魏絳の犯さざるを以て、新軍に佐たらしむ。張老をして司馬たらしめ、范献子(はんけんし)をして候奄(こうえん)たらしむ。公の誉れ戎に達す。五年、諸戎来たりて服せんことを請う。魏荘子をして之に盟わしむ。是に於いてか始めて復た霸たり。 四年、諸侯に雞丘に会す。魏絳中軍の司馬たり。公子揚干(ようかん)行(こう)を曲梁(きょくりょう)に乱す。魏絳其の僕を斬る。公羊舌赤(ようぜつせき)に謂いて曰く、「寡人諸侯を属(あつ)むるに、魏絳寡人の弟を戮(はずかし)む。我が為に失うこと勿かれ」と。赤対えて曰く、「臣聞く、絳の志は、事有れば難を避けず、罪有れば刑を避けず、と。其れ将に来たりて辞せんとす」と。言終わりて、魏絳至る。僕人に書を授けて剣に伏せんとす。士魴(しほう)・張老交々(こもごも)之を止む。僕人公に授く。公書を読むに曰く、「臣揚干に誅(ちゅう)す、其の死を忘れず。日(さき)に君使うに乏しく、臣をして中軍の司馬に狃(な)れしむ。臣聞く、師衆は順を以て武と為し、軍事は死有りて犯す無きを敬と為す、と。君諸侯を合す、臣敢えて敬せざらんや。君説(よろこ)ばずんば、請う之に死せん」と。公跣(はだし)にして出でて、曰く、「寡人の言は、兄弟の礼なり。子の誅は、軍旅の事なり。請う寡人の過ちを重ぬること無かれ」と。役より反(かえ)り、之と礼食し、之をして新軍に佐たらしむ。
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国語・晋語七悼公張老をして卿たらしめんとす。辞して曰く、「臣は魏絳に如かず。夫れ絳の智は能く大官を治め、其の仁は以て公室を利して忘れざるべく、其の勇は刑に疚(や)ましからず、其の学は其の先人の職を廃せず。若し卿位に在らば、外内必ず平らかならん。且つ雞丘の会に、其の官犯さずして辞順(したが)えり。賞せざるべからざるなり」と。公之に五たび命ず。固く辞す。乃ち司馬たらしむ。魏絳をして新軍に佐たらしむ。
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『春秋左氏伝』襄公四年 和戎の五利少康を立つ。少康、澆を過に滅ぼし、后杼、豷を戈に滅ぼす。有窮、是に由りて遂に亡ぶ。人を失ふが故なり。昔、周の辛甲の大史たるや、百官に命じ、官ごとに王の闕を箴(いまし)めしむ。虞人の箴に於て曰く、『芒芒たる禹の跡、畫して九州と爲し、九道を經啟す。民に寢廟有り、獸に茂草有り。各〻攸(ところ)を處(しめ)る有り、德用(もつ)て擾れず。帝夷羿に在りては、原獸に冒(むさぼ)り、其の國の恤(うれ)ひを忘れて、其の麀牡(ゆうぼ)を思ふ。武は重ぬべからず、用て夏家を恢(ひろ)めず。獸臣原を司る、取りて僕夫に告ぐ』と。虞箴是くの如し。懲りざるべけんや」と。是に於て晉侯田を好む。故に魏絳之に及ぶ。公曰く、「然らば則ち戎に和するに如くは莫きか」と。對へて曰く、「戎に和するに五利有り。戎狄は荐居(せんきょ)し、貨を貴びて土を易(かろ)んず。土賈(か)ふべし。一なり。邊鄙聳(おそ)れず、民其の野に狎れ、穡人(しょくじん)功を成す。二なり。戎狄晉に事へ、四鄰振動し、諸侯威懷す。三なり。德を以て戎を綏んじ、師徒動かず、甲兵頓(つか)れず。四なり。后羿に鑒みて、德度を用ゐ、遠きは至り邇(ちか)きは安んず。五なり。君其れ之を圖れ」と。公說(よろこ)び、魏絳をして諸戎と盟はしむ。民事を脩め、田するに時を以てす。冬、十月、邾人・莒人、鄫を伐つ。臧紇、鄫を救ひ、邾を侵し、狐駘(こたい)に敗る。國人の喪を逆ふる者、皆髽(ざ)す。魯、是に於てか始めて髽す。國人之を誦して曰く、「臧の狐裘、我を狐駘に敗る。我が君は小子、朱儒是れ使ふ。朱儒よ朱儒よ、我をして邾に敗らしむ」と。
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国語・晋語七二月乙酉(いつゆう)、公即位す。呂宣子(りょせんし)をして下軍に将たらしめて、曰く、「邲(ひつ)の役に、呂錡(りょき)智荘子(ちそうし)を上軍に佐(たす)け、楚の公子穀臣(こくしん)と連尹(れんいん)襄老(じょうろう)とを獲て、以て子羽(しう)を免れしむ。鄢(えん)の役に、親(みずか)ら楚王を射て楚の師を敗り、以て晋国を定めて後無し。其の子孫崇(たっと)ばざるべからざるなり」と。彘恭子をして新軍に将たらしめて、曰く、「武子の季、文子の母弟なり。武子法を宣べて以て晋国を定め、今に至るまで是れ用う。文子身を勤めて以て諸侯を定め、今に至るまで是れ頼る。夫れ二子の徳、其れ忘るべけんや」と。故に彘季(ていき)を以て其の宗を屏(まも)らしむ。令狐文子(れいこぶんし)をして之を佐けしめて、曰く、「昔潞(ろ)に克つの役に、秦来たりて晋の功を敗らんことを図る。魏顆(ぎか)其の身を以て秦の師を輔氏(ほし)に卻(しりぞ)け退け、親ら杜回(とかい)を止む。其の勲景鍾(けいしょう)に銘せらる。今に至るまで育(そだ)たず、其の子興さざるべからざるなり」と。 君士貞子(していし)の志を帥(したが)え聞を博くして教えに宣恵なるを知るや、太傅たらしむ。右行辛(うこうしん)の能く数を以て物を宣べ功を定むるを知るや、元司空たらしむ。欒糾(らんきゅう)の能く御して以て政に和するを知るや、戎御(じゅうぎょ)たらしむ。荀賓(じゅんひん)の力有りて暴ならざるを知るや、戎右(じゅうゆう)たらしむ。 欒伯(らんぱく)公族大夫を請う。公曰く、「荀家(じゅんか)は惇恵(とんけい)、荀会(じゅんかい)は文敏、黶(えん)や果敢、無忌(むき)は鎮静なり。茲(こ)の四人の者をして之を為さしめん。夫れ膏粱(こうりょう)の性は正し難し。故に惇恵なる者をして之を教えしめ、文敏なる者をして之を導かしめ、果敢なる者をして之を諗(いさ)めしめ、鎮静なる者をして之を修めしむ。惇恵なる者之を教うれば、則ち遍くして倦まず。文敏なる者之を導けば、則ち婉にして入る。果敢なる者之を諗むれば、則ち過ち隠れず。鎮静なる者之を修むれば、則ち壹(いつ)なり」と。茲の四人の者をして公族大夫たらしむ。 公祁奚(きけい)の果にして淫せざるを知るや、元尉たらしむ。羊舌職(ようぜつしょく)の聡敏にして粛給なるを知るや、之を佐けしむ。魏絳(ぎこう)の勇にして乱れざるを知るや、元司馬たらしむ。張老(ちょうろう)の智にして詐らざるを知るや、元候たらしむ。鐸遏寇(たくあつこう)の恭敬にして信彊なるを知るや、輿尉(よい)たらしむ。籍偃(せきえん)の惇にして旧職に帥(したが)い恭給なるを知るや、輿司馬たらしむ。程鄭(ていてい)の端にして淫せず、且つ諫を好みて隠さざるを知るや、賛僕(さんぼく)たらしむ。
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